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「ブランド」は、何によって価値づけられる? 鳴海製陶株式会社 OSORO を題材に

表現活動やものづくりにおける知財・知財権について学ぶ、その1歩手前から考えるフリーペーパー「ちまたのちざい」。特集記事「知財の実践Q&A」では、専門分野の現場で活動する4名の識者に、知財・知財権に関わるようになったきっかけや取り組み、可能性についてお聞きしました。

特集記事では、本当はもっとお聞きしたいことがあっても、紙数の都合上、詳しく触れられないままでいた事柄がありました。

本日お伝えするのは、アートディレクター、デザイナー、MTDO inc. 代表取締役の田子學さんが手がけた、鳴海製陶株式会社によるプロダクト「OSORO」の意匠登録についてです。

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▲見出し画像とも、鳴海製陶株式会社(NARUMI)「OSORO」(2012年)

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鳴海製陶株式会社の展開するプロダクト「OSORO」は日本国内で「グッドデザイン2012 ベスト100」受賞、「JIDA museum selection Vol.14」に選定、ドイツの国際的なデザイン賞「iF PDORUCT DESIGN AWARD 2013」も受賞しています。国内外で高く評価されるOSOROをクリエイティブディレクターとしてトータルにディレクションした田子さんのデザインの特徴として、プロダクトのみならず、先のコミュニケーションまで見据えた設計がなされている点が挙げられます。

そこで注目すべきは、「デザインマネジメント」という考え方。ひとつの商品をデザインする際、どこまでを想像して設計するのか。例えば、なぜその商品を作ることが必要なのか?  どういうチームで作るのか?  消費者にはどうアピールできるのか?  商品が生まれる背景からエンドユーザーの手に届くまでの流れをマネジメントすることで、一貫した価値が提供できる。商品やサービスの開発にはこのデザインマネジメントが必要となってきて、そこには知財戦略も関わってくると田子さんはおっしゃいます。

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企業が自社ブランドのメッセージを消費者に届ける一連の計画の中で、デザインに関する知的財産権である特許権、実用新案権や意匠権等々を有効に使う、つまりコミュニケーションツールとしてこれらの権利を使用することは往々にしてあります。

意匠権や実用新案権などを取得すると、他のブランドとの差別化が図れることはもちろん、その特異性、新規性に対して評価を受けている、というイメージから企業の利益につながることも想像できます。また、言うまでもなくアイデアという無形財産を守るには、知っておくべきひとつの防具と言えるでしょう。

「ちまたのちざい」の特集記事のなかで「商品戦略と意匠戦略は密接に関わって」いると述べるように、田子さんは自身のデザイン活動の中でその効果を期待し、知的財産権をひとつのツールとして利用しているように見受けられます。

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「OSORO」では、現代のママが楽しく使えるような食器を目指し、ボーンチャイナの高質感は保持しつつも電子レンジでも使える日常使いの食器を2年以上かけて開発。コンパクトに重ねることができる他にも、例えば、きれいな盛り付けの状態をキープしたまま冷蔵庫に保存できる、さらに、それを電子レンジで加熱調理し、その器のまま食卓へ出すこともできるという画期的な設計の食器です。

時間のない現代の暮らしに合わせた機能的な使用感とデザイン性を兼ね備えた同ブランドには、その意匠戦略にも独創的なアイデアが隠されていました。なんと、「器をひっくり返し底の部分が見える状態で意匠登録」を行ったそうです。通常なら権利登録しにくい形状であっても、違った角度からだからこそ権利化できたという点が興味深いです。

また田子さんは「ちまたのちざい」のなかで、「本意匠をおさえるのはもちろん、関連意匠まで獲得することで、より守備範囲を広げている」と答えてくださいました。

これはいったいどういうことでしょう?

なんと、「OSORO」の意匠登録に関しては、特許庁の教材にも採用されているそうです! デザイン創作と意匠の関係について知るのに、大変参考になります。

平成28年度 特許庁産業財産権制度問題調査研究「デザインの創作活動の特性に応じた実践的な知的財産権制度の知識修得の在り方に関する調査研究」に基づき作成されたスライド教材
https://www.jpo.go.jp/resources/report/kyozai/document/chizai_kyozai-designer-kihon/part05.pdf

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電子レンジでの加熱調理の後、そのまま食卓へ、さらに保存容器としても使用できる「OSORO」の意匠登録について語るには「器の底の形状」をその特徴として登録申請したことが挙げられます。器を積んだ時にぴったりと重なる精度の高さと見た目の美しさを可能にした、高台が低い底面のデザイン。まさにそこが同ブランドの意匠登録を可能にした所以と言えます。
また、いくつかのバリエーション展開を想定して、基本の形状を「本意匠」登録するとともに、それと似た形状のものは「関連意匠」の申請をし、ブランド内の商品群を総合的に保護しています。意匠権を使用して、ブランド全体を戦略的に守ろうとする意図が、ここから読み取れます。

関連意匠

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▲出典:前述の「デザインの創作活動の特性に応じた実践的な知的財産権制度の知識修得の在り方に関する調査研究」によるスライド教材

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意匠登録にあたって固有の特徴と認められた底面のデザイン、また多様なシーンでの使用を実現したトータルの設計(付属の蓋とジョイントパッキンを含めた構造)については、その使用状態を提示しながら同製品の機能性をアピールしています。この部分については、以下の資料をご覧ください。

本意匠は「使用状態参考図1」「使用状態参考図2」「使用状態参考図3」に示すように、調理時に飲食物を収容するか、蓋にするかを調理内容によって選択可能とするため高台部を低く設けた点、及び飲食用容器として使用する際、高台が低いことで手の保持が不安定にならず、また指先の当たり感触を良好にするため、略円形状の膨出部を容器底面部に設けた点に特徴を有する。(特許庁「意匠登録1460359」文献より抜粋)

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▲出典:特許庁「意匠登録1460359」文献

ここでの意匠登録のポイントは、器底面の高台部分や、付属のジョイントパッキンの特定の部分に対しての「部分意匠」も積極的に活用することで、特にデザインの独創性を強調すべき箇所の模倣を防ぎながら、その特徴に対する評価の高さを印象付けていることです。

部分意匠制度は1999年に導入された比較的新しい制度です。それまでは、そのもの全体にかかる意匠(=全体意匠)のみの登録しか認められていませんでした。そうすると、ある特徴的な部分を真似て、でも、全体としては異なる形状のものを作成する、といった巧妙な模倣が可能でした。そこで、これに対応するべく導入されたのがここでいう部分意匠制度です。

ここまで出てきた意匠の種類を整理すると、まず「全体意匠」「部分意匠」という枠組みがあり、そのそれぞれに対して「本意匠」「関連意匠」の登録ができる、ということがわかります。

部分意匠制度

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▲出典:前述の「デザインの創作活動の特性に応じた実践的な知的財産権制度の知識修得の在り方に関する調査研究」によるスライド教材

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このように見ていくと、田子さんはデザインに関する知財権の知識を駆使し、あらゆる角度から細かい目でブランド全体を保護している、ということがわかります。その独創性を際立たせる「底」があっての「OSORO」。通常の状態ではなく「器をひっくり返し底の部分が見える状態で意匠登録を行った」という理由に納得です。

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私自身、過去に自分の創作したデザインを保護するため意匠登録を行ったことがありますが、意匠権の中身について詳しく勉強することはありませんでした。そのデザインが自分のオリジナルであることの証明になる、そして模倣されないように守ることができる、という程度の認識です。
今回、田子さんのデザインを知財の観点から読み解き、最初はぼんやりとしていた意匠権の輪郭が見えてきたような気がします。デザイナーとしてまずは自分のアイデアを守るために、そしてその先にブランド戦略として知的財産権を活用できるようになれば、と思います。

(文=たんぽぽの家・中野温子)

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本論稿に関する関連情報

*現在OSOROは販売されておりません。
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