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何様



朝井リョウ著


あの有名な「何者」とは違う目線で
日本の文化でもある就活を見つめた本

皮肉ってるようで尊重してるようで
でもどこか泣ける


みんな何かになりたくて
良い大学に入ったり
いい会社に入ったり
はたまた聞こえの良い職業に就いたり
いやそれ以前に
「むしゃくしゃしてやった、と言ってみたかった」の
正美のように
親にいい顔をしてみたりする

それでも随分自分を取り繕って
夢見た自分になりきってその場所に踏み込んだはずが
結局自分にはなんの名前もついてなくて
自分は特別な何かになれる気がしてたのに
こんなはずじゃなかった、って頭を抱えるんだろうな


なんとなく学生と社会人って劇的に違って見えて
自分の手でぐいぐい水をかいて進んでるように見えて
というか社会が子どもにそういう風に見せてるんだろうけど
自分もいつか社会に出たら
あんな風に自分が主人公になって
道路の真ん中にピンと立てるんだって夢見る

でもやっぱり自分はいつまでも脇役で
卒業したからって銀杏が弾けるように
新しい自分になんてならない


朝井リョウは相変わらず本当に分かりやすい文の書き方で
でもその分かりやすさだからこそ
こういう大きなテーマを優しく、でも尖って
書けるんだろうなと思う


これを少し捻って書く作家さんだと
もっともっときな臭くなる気がする

おどろおどろしいというか
若造の読む作品じゃねえと
突っぱねられちゃうんだろうな


これは一応短編小説になってるんだけど
なぜか短編小説には感じられない一貫性がある

何者に出てきた登場人物なんかも
それとなく出てきたりもするから
何者を読んだ人はちょっと「お」って思ったりする


どれを読んでも心が痛くて
ほんの自分のすぐ近くで起きた物語のようで
小説というより日記、エッセイみたいだった


全部上手いなあ、って始終感激してたんだけど
特に「逆算」の話が結構好き


主人公の同期である架純の結婚式の
余興についての話を中心に
物事をすぐ逆算してはその「きっかけ」を考えて
自分の時系列と比較する主人公の癖について
ばーっと話が絡まりながら広がっていくんだけど
そこに話の冒頭から最後まで
会社のパスワードの有効期限があと60日になったことが
一貫して書かれてて
一見最初は意味がないように見えたけど
実は時が刻々と進んでて主人公の焦りなんかとも
リンクしてる

小説って時の流れを書くのが意外と難しくて
どうしても主人公の心の声をナレーションにすると
何月何日なんて勿論心で申告しないし
読み手にはなかなか伝わりづらい

湊かなえとかは割と温度感のない話を書くから
日記みたいにそれぞれの話の頭に
あえて「〇月〇日。〇時〇分。」って日記調にして書いたりするけど
これもなかなかできることじゃない


今回は時間軸が結構大事な肝になる話だった上に
逆算っていうテーマだったから
パスワードの期限のカウントダウンで
それを示したんだろうなあ、すごい

さっき軽く触れた
「むしゃくしゃしてやった、と言ってみたかった」も
すごく好きだったなあ



「両親にあんなに迷惑をかけていたのに、
今は栄子のほうが、母や父の心の中身を理解している気がする。
学生のころから、妹みたいに間違わないように、
両親を悲しませないように、
子どもとして正しくあるために頑張ってきた私は、
子どもを育てるという役割を脱いだ、
ひとりの人間としての両親が
一体何を欲しているのか、正直、よくわからない。」

「学校の先生も、教科書も、両親も、
子どものころは子どもに対して、
いい子であれ、人に迷惑をかけるな、
間違ったことをするなと教える。
だけど大人になった途端、
一度くらい本気で喧嘩したほうが人と人は
深く分かり合えるとか、
人に迷惑をかけてきたからこそ
伝えられる何かがあるだなんて言い始める。
正しいだけではつまらないなんて、言い始める。」

この文章を引用してるだけで
ちょっと辛くなってくる程度には心に来る

ここの文章を引用してればもう他に書くことはないけど
当たり前に自分の根底に根付いちゃってたものを
「?」のハンコを押し直してくれるのは書籍の醍醐味だし
この本もしっかりその役目を果たしてくれました


次は村田沙耶香の「コンビニ人間」ですかね



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