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対談は人なり・高橋悠治、坂本龍一『長電話』(坂本図書、2024年)

先日、東京の郊外にある巨大書店に行く機会があった。前々から一度行ってみたい本屋さんだったので、最初はテンションが上がったのだが、書店の中を歩き回っているうち、書店にときめかない自分がいることに気づいた。これだけ本が揃っているのに、なぜか本を手に取る気にならないのである。書店に入ると必ず何か買ってしまう私が、どうして買う気が起こらないのか、いろいろと理由を考えると、本の選書とか並べ方が、なんとなく僕の好みに合わなかったのである。郊外型の巨大書店ということもあり、ターゲットは子ども連れの家族を想定しているからかもしれない。本当に本が好きな人が、わざわざここに足を運ぶだろうか、と考えた場合に、それに見合った選書がされているか、はなはだ心許ないと感じてしまったのである。
それから何日か経って、散歩がてら、近くにある小さな独立系書店に立ち寄ったら、入口にいきなり私が「買いたい!」と思う本が平積みされていた。
高橋悠治さんと坂本龍一さんの『長電話』が復刊されている!
懐かしい!懐かしすぎる!
音楽家の高橋悠治さんと坂本龍一さんが、南の島のホテルの部屋で、ひたすら長電話をしてとりとめのない雑談をする、というただそれだけの本で、初版は1984年。私が15歳のときに買った本である。
当時の発行元は「本本堂」という、坂本龍一さんが作った出版社というのか、レコードでいうところのレーベルみたいなものだろうか?「本本堂」って、いいネーミングだなといまでも思う。ちなみにいまでも傑作な本だなあと思うのは、『週刊本 本本堂未刊行図書目録』(朝日出版社、1984年)で、装丁だけを作った本の目録が延々と並んでいる。中身を読んでみたいという衝動に駆られるが、いかんせん本の装丁だけなのでどの本も未だ刊行されていない。
…で、40年経って、『長電話』が坂本図書という発行元から復刊された。「坂本図書」は「本本堂」を引き継いだのだろうか。
それはともかく、この本は「対談」ではなく「長電話」なのである。ちなみにホテルの部屋同士で電話をかけると内線扱いになるから電話料金はかからないのだろうか。それにしてもうまく考えたものである。
考えてもみたまえ。40年前ですぞ。当然、PodcastもZoomもない時代に、電話を使った雑談というのは、当時としては斬新だったんじゃなかろうか。いまはPodcastで雑談番組が大流行だが、その元祖といえるものが、この『長電話』なのである。お互いのプライベートのことには極力ふれず、ただひたすら音楽について話したいことを話すというスタンスも、いまの雑談番組に通じているではないか。ちなみにこのとき坂本龍一さんは32歳である。
この本ですごいなあと思った点をほかにもあげると、まず、まえがきとあとがきがない。ふつうこの種の対談本だと、対談した2人によるまえがきやあとがきが付くものだが、この本はいきなり電話による対談から始まる。これが潔い。私はまえがきとあとがきのない本を作るのが夢なのだが、40年前にとっくに実践されていた。
とりとめのない雑談なので、章見出しなどもない。ただわかっているのは、この対談が1983年の12月15日から17日にかけての2泊3日、4回に分けて長電話が行われたという事実のみである。
さらにすごいのは、おそらく無編集で作られているということである。2人の会話を読むと、途中で咳をしたりする音や、グラスを叩いている音や、「フッフッ」といった些細な笑い声まで活字で拾っている。喋ったそのままの言葉を加工せずに残している。それが臨場感となり、いわば電話を盗聴しているような気分になる。
40年前のことなんてわからないよ、と若い人は言うだろう。しかしこの本には、付箋代わりのようなインデックスが頭注にあり、脈絡もなく出てきた言葉には脚注でその意味を説明している。それらをたよりにすれば、いまでも十分に読めるのだ。
かくして私は、小さな独立系書店の入口に入るや否や、すっかり購買モードに入り、そこから先は…。
こんど実家に帰ったら、1984年初版の本本堂版とくらべてみよう。





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