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『異世界大阿闍梨(だいあじゃり)~転生密教僧、衆生を真言で救済す~』あらすじ&1話

~あらすじ~
密教の大阿闍梨<だいあじゃり>として活動している、
僧の明然<みょうねん>。
彼は仏の力を借りることで妖を退治していた。
しかし明然が努力しても世は変わらない。

引退を考えていた明然だったが、
ある日「まだお前を必要とする世界がある」という仏の声が聞こえ、
意識を失う。

明然が目覚めると、そこは魔物や魔法が存在する異世界。
しかも何故か明然の体は、10代の黒髪ロング美少女になっていた。
そんな状態でも動じない明然は、
この世界が人間と魔王の戦いで混乱していると知る。
転生したことを己の使命と考えた明然は、仏の力で衆生を救うと決意。

魔法を超越する「真言<マントラ>」を駆使して無双を開始する――!

 ■霧深い高野山(らしき山峰)

■同・林

人気のない山道でバットを振っている、小学校高学年らしき少年。
少年の頭に浮かぶ、母親の回想。

母親M「あの辺りで遊んではダメよ。あそこは偉い大阿闍梨(だいあじゃり)様の修行場所なんだから」

少年「大阿闍梨様ってなんだよ……ただの 坊さんだろ。俺の稽古場は俺が決めるっつーの」

無心にバットを振り続ける少年。
その後ろ、藪がごそごそと蠢いている。

気づかない少年――藪の中から、黒く大きなかたまりが。
体が影に重なり、振り返る少年。

少年「!」

そこにいたのは、飢えた巨大な熊(ツキノワグマ)。
グオオオオ、と凶暴な咆哮。

少年「うわああああああああああああ!?」

逃げようとするも、腰が抜けて座り込んでしまう少年。
振り上げられた熊の手が、目をつぶって
しまう少年の顔に――そのとき。

ぼそりと小さな声「――インダラヤ・ソバカ」

少年達の真横から迸ってくる凄まじい勢いの稲妻、まるで光線のように。
少年が目を開けると、真っ黒になって白目を剥いた熊が。
熊、声もなく鈍重な音を立てて倒れる。
呆然としている少年、ツキノワグマは一応息をしている様子。

少年「今のって……まさか」

がさりと草を踏む音、少年が見ると。
山道を、禿頭に五条袈裟を纏った老僧――明然が歩き去っていく。

明然「自利利他一如(じりりたいちにょ)……自利利他一如……」

少年「あれが、大阿闍梨様……!」

■同・寺院(夜)

金剛峯寺(あくまでモデル)の大門らしき建造物。

N「真言密教――それは弘法大師(こうぼうだいし)空海(くうかい)が興した教え」

壇上伽藍や御影堂らしき、寺院を構成する複数の御堂が並ぶ。

N「真言を唱え、仏と一体になり、真理に至る。その凄まじい法力は国家鎮護にも通じ、人に仇す悪鬼をも調伏(ちょうぷく)した」

敷地を歩く明然、落ち着いたその表情。

N「そして、真理を伝法する僧を『阿闍梨(あじゃり)』と呼ぶ。中でも『大阿闍梨』は長い年月をかけて仏道を極めた、破格の存在である」

何人かの若い弟子(阿闍梨)達が、明然を出迎える。

僧A「おかえりなさいませ、明然大阿闍梨様」

頷く明然だが、どこか虚しそう。


■同・御堂(夜)

大日如来の仏像を前に結跏趺坐で座り、法会定印を組む明然。

その後ろに座る弟子の僧、二人。

僧A「明然様は今日も衆生(しゅじょう)の少年をお救いになられたとか」

僧B「いやはや、大阿闍梨の位だけでなく、自利利他一如――他者の利こそ己の利とする教えを実践し続けるなど、真に徳が高い」

明然「……あの程度、利他行(りたぎょう)の内に入らんよ」

何やら表情に陰がある明然。

僧A「これはまたご謙遜を」

明然「それどころか十住心論(じゅうじゅうしんろん)、異生羝羊心(いしょうていようしん)より秘密荘厳心(ひみつしょうごんしん)の境地も見失いかけておる」

僧A「は……はあ」

僧B(声)「またはじまったか……」

明然「無明(むみょう)たる五濁悪世(ごじょくあくせ)を私は正せなんだ。法会(ほうかい)は末法塗(まっぽうまみ)れの有様よ――私は、無力」

明然は肩を落としているが、弟子達は少々呆れ顔。

僧B「さ、さすが明然様。空海様と同じく即身成仏の理想が高い」

明然「そうではない。空海様はいずれ下生(げしょう)される未来仏(みらいぶつ)、弥勒菩薩(みろくぼさつ)様(と共に五十六億七千万年後の苦海(くかい)忍土(にんど)、一切衆生を扶けよう」

印を解き、決然と振り返る明然。

明然「だが私は現在、今生こそを……!」

僧A「わ、わかりました明然様。しかし明然様も、もうお年。日々の行を続けるのもよいですが、体を休められてくださいませ」

明然「…………」

僧B「我々も戻ります。明日も早いですから、どうかご無理なさらぬよう」

バツが悪そうに堂から出ていく弟子達。

一人、溜め息をつく明然。


■同・廊下(夜)

困り顔で歩いている弟子達。

僧A「やれやれ、昔からのことだが、明然様の衆生救済へのこだわりにも困ったものよ」

僧B「まったくだ。あのかたは、本気で空海様以上の利他にすら至ろうとしていた……畏れ多いことだがな」

廊下の外、夜空には三日月。

僧Aはそれを眺めて。

僧A「世は……もはや変わらぬのに」

僧B「ああ……明然様がいくらもがいても、人と人が相争う世は、ずっと同じだ」


■同・御堂

憂いに満ちた表情で、光明真言を唱える明然。

明然「オン・アボギャ・ベイロシャノウ・マカボダラ・マニ・ハンドマ・ジンバラ・ハラバリタヤ・ウン……」

すると、明然の前で突然光が生じ、大きくなっていく。

明然「……!?」

声「明然大阿闍梨よ――その衆生救済の誓願(せいがん)は変わらぬようだな」

光の中から現れたのは密教の本尊、大日如来の姿。

明然「おお……貴方は大日如来様……!」

T「大日如来……真言密教の最高本尊にして法身。全ての仏は、宇宙の光たる大日如来の影に過ぎないと言われる」

明然「貴方が現れるということは、私にも遷化の時が来たということですな。おうおう、それも良い」

大日如来「待て、明然」

明然「無力な大阿闍梨など、世に必要なし。さあ、いかなる地にも参りましょう。阿鼻(あび)の地獄でも、無間(むげん)の地獄でも」

大日如来「待てって。本尊のトーク聞けって」

明然「無論聞いておりまするが、死に至る私には、いかなる言葉も無用のはず」

大日如来「言葉は大事だぞ。文字も。大事だから真言ってあるんだから」

明然「ふむ……如来の説法は必ず文字による。我らが根本経典である『大日経(だいにちきょう)』も大日如来様が説法なされた、文字による真理をまとめたものでありますからな」

大日如来「でしょ? 今がそれと同じ状態。というかそういう話じゃなくて。まあ死ぬのはある意味本当だけど」

明然「であればいかなる阿鼻の地獄でも、無間の地獄でも」

大日如来「そうじゃないって。輪廻(ループ)してるから、話。――本題に入るが、汝は未だ入滅に早くその力で導くべき世界がある」

明然「導くべき世界……? 大日如来様。私に世を導くのは不可能です。今生で、私は衆生の痛苦を少しも癒せなんだ」

大日如来「…………」

明然「私の自利利他一如では何も果たせなかったのです。気づくのが遅すぎましたな」

大日如来「まだ早い、って言ったら?」

明然「…………?」

大日如来「本当はもっともっと衆生を救いたいのだろう? 自利利他オタなんだから。諦めたらそこで仏(ほとけ)終了ですよ」

明然「……大日如来様、貴方は私に何をしろと言われるのですか」

大日如来「それはすぐにわかる――転生せよ、明然」

明然「転生……」

大日如来「そうだ。三千大千世界の中に、お前が導くべき迷いに満ちた世がある。彼の世はお前を待ちわびているぞ」

明然「私を待つ、世……!」

明然の目に、希望の光が灯る。

明然「……わかりました、大日如来様。本当に私などでよろしいのであれば」

大日如来「よし。言質は取ったぞ」

明然の体が、黄金の光に包まれる。
動じず、瞼を閉じる明然。

大日如来「往け、明然。その新しく美しい生の中でも、私は汝と共にあろう」

光の中、粒子として消える明然。

明然(声)「美しい生……?」


■異世界の草原

強い日差し、近くには泉がある。小鳥のさえずりに耳をくすぐられ目を覚ます明然、まだその顔は見えない。

明然「ここは……」

服装は袈裟のまま(如来のアレンジで可愛いデザイン?)だが明らかに肌が若い。

明然「ここが、大日如来様の言う世か……」

禿頭のはずの明然の頭、艶やかな長い黒髪が、そよ風にはらりと舞う。

明然「私に……髪!?」

ハッとして泉を覗く明然。
袈裟を押し上げて谷間が見えるほど豊満な胸、細い腰、白い肌――その顔は10代の少女ほど若く美しい。

明然「お……女の体ッ……!? これはなんの冗談……」

凛と立つ明然。
よく周囲を眺めると、広い草原の向こうには、日本とは思えぬ高い山々、太陽と、異様に巨大な月。

すると明然の耳元をビュン、と一陣の風が吹き抜ける。はらりと舞う、明然の髪。

声「美味そうな体してるじゃねーか、そこの人間!」

ハッと見る明然。
視線の先、腕が大きな鳥の翼となっているハーピーのアエロが空中を舞っている。

アエロ「私の名はアエロ! その肉、ついばませていただくぜぇぇぇぇぇぇ!」

明然「現れたか妖よ……その姿、増上慢(ぞうじょうまん)の炎に心身を焼かれた魔縁、すなわち天狗の類か!!」

アエロ「てん……ぐ? なんだそりゃ。私はハーピーの女だぞ」

明然「ハーピー……? はて?」

アエロ「まさか、本当に知らねぇのか? おいおい、ハーピーのアエロと聞けばこの辺りの人間は震えあがるんだぜ」

明然「ふむ。つまりは衆生を苦しめる仏敵には違いないというわけだな。そういうことならばこの大阿闍梨明然、容赦せん!」

アエロ「よくわからんが……威勢だけはいいなァ。まあ、強気な女を食うのは嫌いじゃねぇ」

明然「食えるものなら食ってみよ。この明然、たとえ食われても腹の中で下りてみせよう」

アエロ「ケケ、食いやすそうな柔肌だがなあ」

翼を羽ばたかせ、強風を起こすアエロ。明然、風に耐えながら。

アエロ「へぇ? そのほっそい体で、よく私の羽ばたきの中を立ってられるねぇ!」

明然「これもこの世界での試練ですね、大日如来様。思えば密法の教えは、愛欲をただの煩悩として遠ざけない。人に在る欲、これを悟りとして昇華する――煩悩即菩提(ぼんのうそくぼだい)!」

アエロ「だが、これならどーだい!」

さらに大きく羽ばたくアエロ、すさまじい強風が明然の体を吹き飛ばしそうになるも、明然は笑顔。

明然「そう、金剛界曼荼羅(こんごうかいまんだら)における理趣会(りしゅえ)の理。女の体の欲を知り、なれば自ずから煩悩の真理を知ってでも衆生を導けと」

明然の背後などにイメージ――
金剛界曼荼羅の右上、理趣会(煩悩を否定しない教えの表現とされる)。

アエロ「これにも耐えやがるのか……!?」

明然「『理趣経(りしゅきょう)』十七清浄句(じゅうななせいせいく)が伝えし真理を四度加行(しどけぎょう)を修めた私が、特に私も未経験な一切自在主淸淨句是菩薩位の灌頂(かんじょう)を――」

アエロ「何を言ってやがんだよ、さっきからよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

キレるアエロ、その体から竜巻が巻き起こる。

明然「感謝します、大日如来。そして、試してみましょう」

合掌する明然。

明然「この体にて、我が法力を――」

明然、九方向から集まる光を纏いながら、印を次々と組んでいく。

明然「(独股印)臨」

明然「(大金剛輪印)兵」

明然「(外獅子印)闘」

明然「(内獅子印)者」

明然「(外縛印)皆」

明然「(内縛印)陣」

明然「(智拳印)烈」

明然「(日輪印)在」

明然「(宝瓶印)前!!」 

アエロ「!!」

瞬間、明然を中心に、竜巻を飲み込むほど巨大な衝撃波が発生。
周囲の様々なものを吹き飛ばす。

T「九字護身法……九つの印と九つの呪によって、除災戦勝を得る術法」

明然「……!?」

アエロの風も、アエロ自身も後方に吹っ飛ばされ地面に落下。

明然「法力が以前より……前の体より遥かに増している? この新しい肉体故か、それとも」

アエロ「(苦悶の表情)な……なんだその魔法は……!? 私が食ってきた奴らにも、そんな魔法を使うヤツはいなかったぞ……!!」

明然「ほう……まだ立ち上がるか。見上げた食欲、まさに魔縁よ。しかしその諸悪行が衆生を苦しめるのも、今日までのこと」

明然、合掌してまぶたを閉じ集中。

明然「我昔より造る所の諸の悪行は皆無始(みなむし)の貪瞋痴(とんじんち)に由る、身語意(しんごい)より生ずる所なり」

本能的に怯えるアエロ。

アエロ「まずい……さっきみたいな魔法をまた唱えられたら――殺られるッ!!」

アエロ、全身に力を込め、一気に上昇。
太陽に隠れるほど天高く明然を見下ろす。

明然「一切我今(いっさいわれいま)、皆(みな)――」

アエロ「(急降下)心臓ぶち抜いてやるぜぇ、魔法使いぃぃぃぃぃ!!」

明然「――懺悔(さんげ)したてまつる」

カッと目を見開く明然。
その両手は帝釈天(たいしゃくてん)印を結んでいる。

明然「帝釈天様、ご加護を! オン・インダラヤ・ソバカ!!」

明然の背後に一瞬、巨大な帝釈天の姿が。

T「帝釈天……仏法を守護する天部の一つで、インドにおける雷神インドラ。雷霆を操り、仏敵を滅ぼす武勇の神」

刹那、印を組んだ明然の手元から、光線が如く凄まじい稲妻が生じる。
稲妻は一瞬でアエロの翼に命中。

アエロ「ギャアアアアァァァァ!!」

羽根が黒焦げになったアエロが、地面に激突する。

明然「帝釈天様の魔を断つ雷――妖にその光を避ける術はなし。そして」

ギリギリ生き伸び、ピクピクと翼を震わせているアエロ。

明然「拙僧は魔法使いにあらず。未熟な真言坊主にございます」

  ×    ×    ×

夜。

岩場で焚火をしながら、巨大な月を見上げる明然。
その傍らには、翼を包帯で覆われたアエロが眠っている。

明然「なんと奇妙な月灯りか……本当に私の知る世ではないのだな。この空、月光菩薩様はどう思われるのやら……」

爆ぜる焚火の炎。
ビクっと驚いたアエロが、目を覚ます。

アエロ「ふわわわっ!?」

明然「起きましたか。ええと、アエロ、と名乗っていましたね?」

アエロ「な、なんだ!? お前、俺を食うつもりか!」

明然「食べませんよ。私はこう見えても坊主、不殺生は十善戒(じゅうぜんかい)の基本です」

アエロ「じゅうぜんかい……? あのすっげー魔法といい、わけわかんねーことばっか言いやがって……」

明然「ふむ……予想はしていましたが、この世界には私の知る仏道の概念が無く、妖も知られていないと」

アエロ「あー……?」

明然「私は、こことは異なる世界から転生してきたのです」

アエロ「な……何言って……」

明然「元いた世界では、私は宇宙の真理である『仏』を信奉し、僧に伝法灌頂(でんぽうかんじょう)を授ける『大阿闍梨』でした」

アエロ「……こっちの世界の神と、大神官みてーなもんか?」

明然「おお、理解が早いではありませんか。頭のいい子です」

明然、柔和な笑顔でアエロの頭を撫でる。

アエロ「な。撫でんなっ……別の世界とか信じられねーけど、さっきのとんでもねー魔法見たら……信じるしかねーよ」

明然「あれは魔法ではなく真言(マントラ)ですよ。仏の言葉を語り、仏と一体になり、その真理と重なる作法です」

アエロ「マントラかー。なるほど、わからん」

明然「ふふ、詳しく知る必要はありませんよ。しかし、また貴方が人を食らうと言うのなら――私も容赦はしません」

ゾッと緊張するアエロ。

明然「救いを求める衆生を、魔道に堕ちた妖から守る――これもまた私の役目です。この世界でもそれは変わりません」

アエロ「……わかったよ……お前がいるとこでもう人は食わな……」

明然「(睨み)……」

アエロ「じょ、冗談だよッ! 人間食うと仏って奴が怒るんだろ? もうあんな怖ぇ目遭いたくねーし……」

明然「よろしい。その羽根は仏のご慈悲により、数日もすれば元に戻るでしょう。これからは慎ましく生きるのですよ」

再び柔和な笑みで、アエロを撫でる明然。
その笑顔の美しさと撫でられる気持ちよさに、恍惚とするアエロ。

アエロ「……いいのかよ。俺はもう何人も食った凶暴な魔物だぞ。そんなのを許すのか……」

合掌し頷く明然。

明然「はい。鬼子母神(きしもじん)様を許した仏に倣いて、貴方を許します」

アエロ「…………」

  ×    ×    ×

朝。小鳥のさえずり、優しい日差し。

焚火を消し、立ち上がる明然。

明然「さて、と……導くべき衆生を探しに行くとするか。『大日経(だいにちきょう)』も『金剛頂経(こんごうちょうきょう)』も無いのは心許ないが――空海様であれば、経典に頼るなと叱るであろうな」

その後ろで、何やらもじもじしているアエロ。

明然「まだいたのですか? 私は貴方のこれからを信じます。気にせずどこへでも入ってよいのですよ」

アエロ「……人間に許されたのは、はじめてだ」

明然「?」

アエロ「人間に撫でられたのも、はじめてだ。……あんたのこと、もっと知りたい。仏の道ってやつのことも……」

呆然としている明然。

アエロ「や、やっぱ変か? 魔物がそんなこと言うなんておかしいよな」

明然「……いいえ。たとえ夜叉であろうとも羅刹であろうとも、帰依を願う者すべてを受け入れるのが仏の教えですから」

アエロ「(パッと明るく)じゃあ!」

明然、合掌して。

明然「その発心(ほっしん)を認め、貴方を私、明然の弟子としましょう」

アエロ「やった~~!」

明然「ただし」

突然厳しい目でアエロを睨む明然。

ビクっと怯えるアエロ。

明然「即身成仏(そくしんじょうぶつ)への道は、決して優しくはありません。三密を覚え命を賭して入我我入(にゅうががにゅう)を目指してもらいます――苦しいですよ」

アエロ「えっ……」

明然「冷たい滝に打たれる。五穀を断ち、激しい飢えでやせ細る。それらに耐えてようやく無分別智(むふんべつち)の境地に至るのです。ふふふ」

愉悦の暗黒微笑を浮かべている明然。

アエロ「……やっぱ、考えさせて」

明然「ふふふふふふふふふふふふふふふふ」

恐怖し、こっそり逃げようとするアエロ。

明然「もう遅い」

明然はアエロの体を、後ろからがっしりとホールドして。

明然「知りませんでしたか? 空海様の言葉にもあります。『大阿闍梨からは逃げられない』」

アエロ「クーカイそれ絶対言ってねーだろッ! やべぇ、俺ついてくヤツ間違ってるッ!!」

明然「さっそくこの世界が楽しくなってきましたよ。『道を学んで利を謀らず』とは申しますが、新しいおもちゃは欲しいですから」

アエロ「今おもちゃって……」

明然「間違えました、愛弟子です。さあ、一緒に光明真言(こうみょうしんごん)を唱えましょう」

T「光明真言……一切の罪障を除滅し、福徳を得られるという大日如来の万能真言」

明然は慈愛を込めてまぶたを閉じ、抱き締めるが、その腕は万力のようにアエロを絞める。

アエロ「う……うげげげ……こいつやべぇ……大阿闍梨、やべぇ……」

アエロ、白目を剥いている。

明然「オン・アボギャ・ベイロシャノウ・マカボダラ・マニ・ハンドマ・ジンバラ・ハラバリタヤ・ウン……新しい弟子……ふふふふふふふ♪」

アエロ「魔王より……やべぇ……」

意識が落ちるアエロ、明然は満ち足りていて幸せそう。

太陽と巨大な月が二人を見下ろしている。

                            続く

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