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かかしのオーディション後編

★こちらは前編からの続きです。
初めての方は【かかしのオーディション前編】を先にお読み下さることをお勧めします。
ショートストーリーでさくっと読めます。

【フレアスカートの女】

一時間後、目的地の駅に到着した。
彼女は駅舎を出ると、最初の一歩が踏み出せずにいた。刻々と迫るオーディションへの恐怖から硬直しているのではない。彼女はただ方角が分からないのだ。かなりの方向音痴である。
スマホで経路案内の機能を活用しても、矢印が逆方向になったまま進んでしまうことは、彼女のよくあるパターンだ。さすがに、この日ばかりは彼女も慎重になった。

彼女が電車を乗り継いで一時間もかけてやって来たこの街は、大通りに高級ホテルやお洒落な飲食店などが建ち並んでいた。商店街が唯一の観光スポットである彼女の地元とはまるで景色が違っていた。街路樹が、台風の強風を受けてわさわさと枝葉を大きく揺らしている。幸いにも、雨はいつの間にか止んでいて助かったが、彼女は朝から何も食べていないことに気づき、とりあえず駅前のコンビニまで向かった。

ラッキーなことに、彼女が入ったコンビニにはイートインスペースが設けられており申し分なかった。彼女はおにぎり二つと緑茶を一本手に取ると、直ぐにレジを済ませた。
イートインスペースには先客がいた。赤いフレアスカートを履いた女性で、コーヒーカップに両手を添えながら目を閉じていた。
寝ているのか?いや、イヤホンをしているから何やら聴いているのだろう。
それにしても、コンビニでこんなにも姿勢良く鎮座している人を、彼女は生涯において一度も見たことがなかった。

彼女は遠慮がちに一番奥のテーブルに座った。早く食事を済ませてオーディション会場に辿り着かねばならない。受付時刻は13時30分。彼女は勢いよくおにぎりに食らいついた。モグモグとおにぎりを頬張りながらオーディション会場までの道順を確かめた。
時刻は12時40分を過ぎている。彼女は残りのおにぎりを緑茶で流し込んだ。

【ローカルな迷い子】

急いでコンビニを出た彼女は、先ほどスマホで確かめた記憶を頼りに歩き始めた。20分もあれば到着する予定だ。向かい風で歩くスピードが遅くなろうとも受付時刻には間に合うはずだ。
彼女のおぼろげな記憶では、スタバの角を左に曲がって100メートルも歩けば、河川沿いに架かる橋が見えてきて、その橋を渡ればオーディション会場に到着するというものだった。しかし、その目印となるはずのスタバが見当たらない。彼女はいよいよ不安になってきた。迷い子の如く、彼女が挙動不審な様子で辺りを見渡していると、突然誰かが声をかけてきた。

「あんり?(かかしの名前)」

相手は、以前所属していた劇団の友達だった。

「こんなとこで何しとん?」

「えっ、まじで?!うち、今日オーディションやねん。ここに行きたいねんけどな…。」

「あー、ここなら近いで一緒に行ったろか?」

「ほんまに?頼むわ!!!」

結局、彼女は通りを一本間違えていたらしい。方角としてはちゃんと合っていたので軌道修正は容易かった。到着予定より15分もオーバーしてしまったが、偶然出会った親切な友達のお陰もあって10分前にはオーディション会場に到着することができた。
前方に『人魚姫オーディション会場』と書かれた看板が見える。入口付近に人影はない。
勝手に中へ入ってくれと言わんばかりの塩対応だった。

【スワンの館へようこそ】

ここで本当にオーディションが行われるのだろうか?彼女は疑心暗鬼になりながらもそろりそろりと会場に足を踏み入れた。エントランスの片隅には受付らしき長テーブルが設けられており、若い男性が一人でぽつりと立っていた。
彼女が会釈をして近づいていくと、その男性が声をかけてきた。

「本日はオーディションでお越しですか?」

「あ、はい…。」

「お名前にチェックをお願いします。」

「オーディション会場は二階のAルームになります。こちらを胸につけてお進みください。」

彼女は入館許可証を預かると、二階のAルームへと向かった。この建物は思いの外とても広くて迷いそうになった。途中には大、中、小のホールがいくつかあったが、ようやく彼女は目的とする二階のAルーム前までやって来た。
緊張が一気に背筋を伝って脳天へ走り抜けた。手も汗ばんできた…。
怯むな!ここまで来たら、やるしかないんだ!彼女は自分にそう言い聞かせて、いつものように元気良くドアを開けた。

「!」
ここは、宝塚歌劇団ですか?

Aルームでは、もう何分も前から到着してましたと言わんばかりに、熱気を帯びたレオタード姿の女性たちが6人、自由にウォーミングアップをしていた。

「お疲れ様で~す!」

レオタード姿の女性たちが、入口でしばし棒立ちになっている彼女に向かって元気な挨拶をよこしてきた。
「?」
お疲れさまも何も、あんたらとは今しがた目が合ったばかりじゃろ?
彼女は内心そんな感情を抱いてしまったが、辺りをよく見渡してみてようやくその挨拶の理由が分かった。どうやら、彼女は舞台スタッフと間違われているらしかった。舞台では、音響や照明、美術など裏方で舞台を支えるスタッフがいる。この日も、舞台スタッフらしき人たちがホールを頻繁に出入りする姿を見かけていた。スポーツウェアを着た彼女が、舞台スタッフに間違われても不思議ではなかったのだ。

【奇跡の代償】

オーディション開始時刻になったようだ。
彼女が部屋の片隅で小さくラジオ体操のような動きをしていると、5名の審査員らしき人たちが続々とAルームに入って来た。

「それでは、皆さんお集まり下さい!」

「本日は台風にも関わらず、このオーディションにご参加下さり誠にありがとうございます。ここにお集まりいただいた皆さんは、とても幸運です。一次審査で我々は応募総数80名の中から10名の方を選出いたしました。しかし、この台風が少なからず影響しているのかは分かりませんが、今日までに惜しくも3名の方が辞退されまたした…」

レオタード姿で一列に並ぶスワンたちの中で、一人だけ青いスポーツウェアを着た彼女はとにかく目立った。スワンたちの視線が瞬時に自分に向けられているのを痛いほど感じた。

こんなの、まるで醜いアヒルの子じゃないか(😭)!

台風であろうがなかろうが、辞退した3名は本当に勘の鋭い賢者だと彼女は思った。あの課題の難題さは、辞退の選択肢を突きつけたラストチャンスであったに違いないと思った。

何で、エントリーに間に合ってしまった?

何で、一次審査に通過してしまった?

何で、電車に間に合ってしまった?

何で、偶然友達に出会ってしまった?

彼女は、自分の強運を恨んだ。
恨んではみたものの、こうやってのこのこやって来てしまった奇跡をもう笑うしかないのだ。
彼女は開き直った。

【ぶっ飛んでいったアヒルの子】

いよいよオーディションが始まった。
彼女の順番は7番目でラストバッターである。説明では受付順になっているとのことだった。
トップバッターの女性が審査員の前へ進み出ると美しい姿勢でしなやかなお辞儀を披露した。
何と優雅な曲線美なのだろう…。
この気品漂う存在感…。
何処かで見たような気がする…。
そうか!あの時コンビニで出会った赤いフレアスカートの女性だ!
彼女はガッテン納得したが、何で先にコンビニを出た私がラストバッターなんだ?と思った。

オーディションでは、最初に歌唱力が順番に審査された。彼女も強者揃いの中ではあったものの、負けず劣らずといったところだった。
次いで演技力。演技力に於いては、二人一組で人魚姫役とザリガニ役を決め、台本の台詞による掛け合いで演技をするというアドリブ的なものだった。彼女はトップバッターの女性とペアを組むことになった。これは神の悪戯なのか?もう率先してザリガニ役を努めるしかないだろう。彼女は全力でザリガニ役をコミカルに演じきった。
すると、驚くことに、この時の彼女たちの演技が審査員からかなり善い評価をもらえたのだ。彼女自身も決して悪くはない手応えを感じていたし、相手の女性も満足そうな顔をして彼女ににっこり微笑んでくれた。
この演技力の審査はほんとうに楽しかった。
唯一、このオーディションに参加して良かったと思えた一幕だった。

最後にダンスの審査が行われた。
彼女がどうだったかって?
もう聞かんでくれたまえ。筆者のブリキですら未だにその時のエピソードは語ってもらっていないのだから。ただ、彼女が墓場まで持っていこうと心に誓ったパフォーマンスであったということだけは、事実としてここに書き記しておこう。あの『エドはるみ』のステップは、これを機に封印されることとなった。

もちろん、オーディションの結果は不合格。 結局、人魚姫役に抜擢されたのは、赤いフレアスカートの女性であった。彼女はザリガニ役にも選ばれなかったけれど、このオーディションで彼女はとてつもなく黒歴史で、とてつもなく貴重な体験をしたのだ。そして、オーディションに合格できなかったこともまた、彼女にとっては運が良かったとも言えるのだ。その証拠に『人魚姫』のミュージカルは大成功をおさめることができたのだから。


おしまい(*^^*)













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