見出し画像

幼稚園児だってサバイバル!私を喰うつもりなの?!

私には九死に一生を得た恐ろしい経験がある。あんなことがこの令和という時代に再現されたならば、私は昼のワイドショーでお茶の間を騒がすことになっていただろう…。

あれは、まだ私が赤いほっぺをぷくつかせていた幼稚園児の頃の話だ。時代は昭和である。
令和現代において、かの野良犬たるものを見かけることはめったになくなったが、当時、私の住んでいた田舎には、日常生活の中に野良犬たるものが普通にいた。

私の実家は農家である。米の他にも、菊や野菜の栽培なんかも手広くやっていた。
ビニールハウスもあって、その中で何を作っていたのかはよく覚えていないのだが、事件はそこで起こった。
私はビニールハウスのそばで何をしていたのだろうか、とにかく一人遊んでいた。両親はというと、ビニールハウスから100mほど離れた田で農作業に励んでいた。
ビニールハウスの周りには田が一面に広がっており、私と両親の間がたとえ100m離れていようとも、農作業をしながら私の姿を監視することは可能であった。ここは、とても大事なことだからもう一度言う。監視することは可能であった。だが、私の身に何か災いが及んだ時、我が子を助けることは不可能である。

遥か彼方で犬の鳴き声がした。声の重なり具合からして犬は一匹ではない、どうやら複数の犬が吠えている気配であった。私は少し畦道に出て犬の鳴き声がする方を注視した。
当時、私の住んでいた村より500mほど田畑を隔ててとある野蛮な村があった。その村は、野良犬だか飼い犬だか知らんが、とにかく犬で溢れかえっている村であった。そんな犬の要塞とも言える村の方角から、6匹ほどの犬の群集が我が村の方へと勢いよく走って来る景色が幽かに遠くで見えた。幼き私は、それをワンワンのかけっこ程度に面白がって眺めていた。

しかし、事態はいよいよ面白がってもおれなくなった。どうやら、犬の群集はこちらを目指して走ってきている気配だ。田の畦道を右へ左へと折れながら距離を縮めてくる。近づくにつれ段々と吠え方が荒々しくなってきた。私は一抹の不安を感じてビニールハウスの裏に停めておいた三輪車に飛び乗った。両親は100m先。ビニールハウスの影に隠れて、我が子のピンチに気づいてはいない。もはや自分でなんとかしなければどうしたって助からない。今思えば、この時こそ、私という強がりで一匹狼のような人格を形作った原点があったように思われる。

私は全速力で三輪車をこいだ。もう、とにかく一心不乱に自宅を目指して三輪車をこいだ記憶がある。背後から犬吠えが大きくなるにつれ、恐怖も大きくなった。とても怖かった。
三輪車を全力でこいだところで犬の脚の速さには到底敵わない。あっという間に距離は縮まって、もう振り返れば尻でも噛みつかれるのではないかと思うくらいに背後から激しく吠えたてられた。実際もう少し距離はあっただろうが、それくらいの恐怖に迫られていたことは確かなのだ。もう、私は必至だった。

いよいよ家の敷地内に到着するや、私は三輪車を乗り捨てて玄関の中へ転がり込んだ。そしてすぐさま重い玄関の引戸をピシャリと閉めた。
「ワンワン!ワンワン!」犬が玄関に向かって激しく吠えたてた。
私は、震える手と足で四つん這いになりながら座敷に上がると、恐る恐る窓から庭を覗いた。見ると、6匹の野良犬が我が家を包囲するかの如く激しく吠えたて威嚇している風であった。

何で私なの?

この答えは未だに謎である。

昭和というある意味寛容な時代は、幼稚園児にだって情け容赦なくサバイバルであったのだ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?