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ディスカッション 豊田雅子×釜床美也子 (司会:河野直)

01生活文化共通項_編集

豊田雅子氏釜床美也子氏の2名をゲストとして迎えた本レクチャーには、全国各地から約70名の参加者が集まった。参加者にはレクチャーを聞きながら、2者の取組みに「共通すること」を探してもらった。発見した共通項はチャットボックスで投稿してもらい、60余りのキーワードが出揃った(上図参考)。後半は、これらの中から深堀りしていみたい共通項を選定して、ディスカッションを行った。

共通項 1. 素人の参加

河野:「素人の参加」というキーワードが出てきました。お二人のご活動に共通するところかと思いますが、「プロでない人達が協力して建物を創り上げる」ことについて、お二方の考えをお聞きできますか。

豊田:尾道の空き家再生に関わってくださる方の中には、専業ではない人が多いです。今で言う働き方改革的なものなのか、副業をいろいろ持っている人が目立ちます。移住者もそういう方が多いので、空き家再生に関わってもらうことがよくあります。

例えば、移住者の一人にマンガ家の方がいます。「あなごのねどこ」というゲストハウスをつくる際に、マンガ家さん本人も大工仕事ができる器用な人なので、マンガの世界のようなイメージを一緒につくっていきました。今は週三日でゲストハウスの店長もやってもらっていて、イラストレーターもやっていたりといろいろ副業がある方です。

もともとは、再生物件の一つである「三軒家アパートメント」の卓球場を彼がつくったのがきっかけで、「今度ゲストハウスするんだけど手伝ってもらえないか」という話になりました。当時は(尾道の対岸にある)向島の木造の校舎が解体されるタイミングで、その校舎の床板や階段、机から黒板までいろいろな廃材を使わせてもらえることになっていて、それを使ってゲストハウスを作ろうということでした。マンガ家さん自身もつくることが好きな人なので、一緒にやろうということになりました。仕事も一緒につくる感じです。自分がデザインした場所で働く。仕事場をつくるところから一緒にやりましょうと言って誘いました。

河野:一移住者だったマンガ家の方が、デザイナー、現場の職人、そして施設運営者としてひとつの建物に関わっているのが面白いですね。釜床さん、「素人の参加」というキーワードですが、いかがでしょうか。

釜床:愛媛県での茅葺き再生の取り組みの中で、専門家は親方一人だけです。ほかは全員、初めてのところから始めています。最初に集合したときは、どうやら私が先生で何か教えてくれるんじゃないかと思ったそうです。「すいません、私も素人です」ということで、一緒になって学んでいきました。民家の工法のすごいところは、素人がやるもんだという前提でつくられているところです。長い年月をかけてそうした工法になっているので、私自身は未経験でしたが、楽観視していました。

愛媛県での取り組みを始める前にも、学生時代、研究室でカヤ場に行ってカヤを刈っていました。茨城県に住んでいましたが、地元にはまだ茅葺職人さんがいて、屋根屋さんたちの現場に遊び行くと、茅葺の屋根に登らせてもらえることがありました。そうした経験があったので、根拠のない自信ですがありました。断片的にでもそうした経験をもつ素人が集まると、また何か新しいことができるのではないかと思っています。

河野:ありがとうございます。参加者の方から、関連した質問が届いています。素人も参加して、みんなで作業する場合、ディテールの美しさはある程度諦めなければいけないと思いますが、デザインや完成度で気を付けていることはありますか。

豊田:工事に素人も参加することで、完成度はプロのようにきれいにはならないので、素人でもいい感じに見えるやり方を教えてもらって仕上げます。例えば、漆喰もきれいに塗るのはすごく難しいけれど、塗った後に軍手で模様を付けるとか、なにごとも味といいますか、手作り感を大事にしています。だからそこまで完成度は最初から求めずに、職人さんに教えてもらいながら仕上げています。

釜床:最初は素朴な感じで、そんなにきれいな屋根にならなくてもいいかなと思っていたんですが、地元にとってすごく大事な建物なので、きれいに仕上げたい、仕上げなければならないという思いに駆られるようになりました。最近では正面のよく見えるところはうまい人に刈り込んでいただいています。一番前の見栄えのするところは丁寧にやらないと、素人ばかりですということでは許されないものであると思っております。

共通項 2. 建物の公共性

河野:ありがとうございます。次によく出たキーワードとして、「建物の公共性」「個人宅より公共の建物の割合が多い」「地域の大事な建物の存在」などが挙がっています。お二人の活動において「建物の公共性」についてどう捉えているかお聞かせください。

豊田:そうですね。私たちは18軒ほど空き家を再生してきましたが、そのうち6軒ぐらいは人が集まる場所です。マッチング自体は100軒以上あって、個人宅や店舗を営業する方々ももちろんいますが、われわれが再生して活用してるのはコミュニティースペース的なところが多いですね。

釜床:茶堂はそもそも公共の建物なので、公共性は意識していたところがあります。個人宅の母屋などは、その経験が個人のお宅にとどまってしまうので、地域の建物がいいなというのは最初から考えていました。公共の建物だといろいろな人が関わってくれますし。茅葺を1人でつくるのは大変で、苦しみでしかない気がするんです。みんなの建物を対象に選んだことで、みんなが手伝ってくれて、だから楽しかったというのが正直なところです。

以前、茶堂のある集落に取材をしたことがあるのですが、そうすると「やっぱり茶堂は茅葺よね」「葺き替えて実は後悔しとんよ」といった話も聞きました。だから今回の取り組みは茅葺に注目しましたが、茶堂そのものに対する地域の特別な想いがあるのが前提でした。今回の茅葺の葺き替えはその地域の想いに乗っただけのようにも感じます。たくさんの人が手伝ってくれたのも、茶堂を大事にしていた地域の文化があってこそかなと思いました。

豊田:尾道も坂の街なので、1人でやろうと思ったら本当につらくなると思います。最初のごみ出しや家財道具片付けだけでも、もう途方もない感じで、断念しそうになりますが、みんなでわいわいやると、なんとかなる。

河野:建物に公共性があることで、みんなが協力してくれる。1人ではつらいことも、みんなでやると楽しい体験に変わるんですね。それでは次の共通項を見ていきたいと思います。「次世代へつなぐ」「建物の寿命をのばす」「技術伝承」といったキーワードが出ています。お二方の考えをお話いただけますか。

共通項 3. 次世代へつなぐ

豊田:私はもともと昔の尾道の写真を見るのがすごく好きでした。こんな面白い建物があったのかとか、こんな街並みだったのかとか、いろいろ発見がある。尾道は映画の舞台にもよくなるので、昔の映像を見ると瓦屋根が並んでいて美しかったり、面白い建物もたくさんあって、上の世代に対して「なんで残してくれなかったの」と思っていました。私も子どもができたことで、子どもたちに尾道らしい風景を少しでも残してあげたいと思うようになりました。

それに、尾道の建物はいろんな時代のいろんな様式のものが残っているところが面白いと思います。戦前の建物も、ものが良かったりします。洋風の文化が入ってきたとき、和洋折衷の建物になったり。それから、今の建築基準法になる前の家が、より自由でいいんです。今では手に入らないような材料でつくっていたり、手作業の苦労がうかがえるようなものもたくさんあります。あとは尾道の坂の家は特に眺望が良いですね。そういう五感に響く家が地域の材料でつくられています。それぞれの家に画一的でない個性というか、面白みがあるので、そういう物は残していきたいです。

釜床:茅葺を葺き替えていると、小さい子どもや高校生が見にきてくれて、それがすごく嬉しいです。一方で、前回のふき替えのときに区長だったというおじいちゃんも来てくれて、昔のことを教えてくれたりもしました。いろんな世代がつながっていくことで、結果として茅葺の建物が残ってくんじゃないかなと思っています。私自身が学生時代に見た茅葺の経験がきっかけになったように、今回の活動からも、誰かが何かを感じてくれたらいいなと思ってます。

また、手入れをして建物を使う、そうした文化を残したいと思ってます。今私の家はばりばりのマンションですが、何か壊れたときはすぐ設備屋さんや大工さんに電話しないと、自分ではどうにもならないことが多過ぎる。でも、自分が建設に関わっていれば、そのやり方が分かって、ある程度は自分で直すことができるかもしれない。そうした状況をもう少し復活させたいなと思います。結果として手入れが行き届いて、建物の寿命も延びていくんじゃないかと思っています。

つくるとは、

河野:ありがとうございます。レクチャーの終わりの時間が近づいてまいりました。最後に、お二人のコメントをいただいて、終わりたいと思います。お二人にとって、あらためて「つくる」とは、どんなことでしょうか。

豊田:つくるとは?、難しい質問ですね。釜床さんのお話にもあったけど、全てが全て、プロじゃないとできないということでもない。昔ながらの建物とか家は人の手でつくっていた部分があるので、プロじゃなくてもできないことはないのではないかと思って、空き家の再生をしてきました。

あと私の場合は、家をつくるより、尾道の街の風景をみんなでつくっている意識が強いです。公共的な大きな建物はどうしても市役所の会議室で勝手に話が決まってしまって、急に壊されて違う建物がいつの間にか建っていたり。そういう状況を見ると、もっと地元の人やこれからの若い人が関わって、手を動かして汗かいてつくったものが、本当の街の形として残っていくようにしたいと思って、活動を続けています。自分たちがつくることは、これからの街をつくっていってる。そういうつもりで活動しています。

釜床:私にとってつくることは、みんなでつくることでした。だから、人のつながりが現代的に再構築されていくように感じています。対馬で見たような相互扶助を現代の人に求めることはできないですが、もともとそういう民家がもっていた相互扶助に向く工法に新しい現代人の主体を呼びこんでみると、つくりながら新しいコミュニティーが再構築されていく。古い民家がない場所であっても、茶堂のような公共性の高い愛されてる建築であれば、それをみんなで修理したり直したりすることで、新しい愛着を生み出すことができるんじゃないかと思いました。

河野 ありがとうございます。豊田さん、釜床さん、今日は貴重なお時間いただきまして、ありがとうございました。

レクチャーを終えて

拙い司会進行に関わらず、多くの方に議論にご参加頂きありがとうございました。ディスカッションの中で「民家の工法のすごいところは、素人がやるもんだという前提でつくられているところ」という釜床さんの言葉が印象的でした。そう遠くない昔、建物が「素人の参加」を前提に作られてきたことを、私たち世代はほとんど知らずに生きていることに気付かされました。

素人の参加を前提に再生される建物の「仕上がり・ディテール」について、釜床さんは「地元にとってすごく大事な建物なので、きれいに仕上げなければならないという思いに駆られるようになった」と回答し、豊田さんは「完成度は最初から求めず、素人でもいい感じに見えるやり方を職人さんに教えてもらって仕上げる」と話されました。両者とも「建物への愛情・愛着」を出発点にしながらも、目指す仕上がりという視点では違いが見られました。

この違いは、釜床さんがレクチャーの中で、みんなの茶堂を「継承する」という言葉を使い、豊田さんが、ボロボロの空き家を「再生する」という言葉を使われていることにも通じる様に思います。地域にとって大事な建物を継承する姿勢が、伝統や風景を「守るディテール」へとつながり、空き家を再生して新しい場所をみんなで作り出す姿勢が、ユニークな空間を構成する「縛られないディテール」を生んでいるとも捉えられます。継承と、再生。お二人の活動には多くの共通項が見出せますが、スタンスの微妙な違いが、建築のディテールや取り組みそのものに、異なる魅力をもたらしていると感じました。 (河野直)

コメントで「小さく始めて」や「小さいものから」といった言葉が並んでいますが、お二人とも家を探したり、職人を探したり小さなことから始まって、運動のようなところまで発展させ、地域の建物や街並みに良い影響を与えています。これは建築家の理想の一つだと思うのですが、お二人とも建築家ではないですよね。建築家のようにCADで図面を描いたりはできなくても、ブログを書いたり、バケツリレーをしたり、普通の建築家にはないスキルをお持ちだと思います。
 AIA(アメリカの建築家協会)のHPに"The 21st-Century Skill Set for Architects"という記事があって、21世紀の建築家のスキルセットとして下6つをあげています。

•Automation
•Coding
•Data Mining
•Building Science
•People Savvy
•Business Savvy

 造形能力といったことではなく、自動化やプログラミング系のキーワードがならんでいますが、最後の2つがpeople savvy、business savvyです。savvyって実践的な知識、経験で、何とかする能力だと思います。People savvyだとクライアント巻き込んだり、businessだと資金引っ張ってきたり、そういう人やビジネスを何とかやってく能力が必要といったところで、豊田さん、釜床さんはこの辺のスキルが強いんじゃないかと聴いていて思いました。(権藤智之)


構成:和田隆介(わだ・りゅうすけ)
編集者/1984年静岡県生まれ。2010年千葉大学大学院修士課程修了。2010–2013年新建築社勤務。JA編集部、a+u編集部、住宅特集編集部に在籍。2013年よりフリーランス。