新千歳空港国際アニメーション映画祭2016

※『ビランジ』39号(2017年3月発行)に寄稿した文章の再録です。文中の事項は当時のものです。作家・作品の表記は映画祭の記述に従っています。

 2016年11月3日(木・祝)から6日(日)にかけての4日間、第3回新千歳空港国際アニメーション映画祭が開催された。飛行機嫌いの私は無謀にも九州博多から東京経由で北海道まで新幹線を乗り継ぐという日本縦断陸路の旅で全日参加、映画祭を満喫した。
 この新千歳空港国際アニメーション映画祭は2014年に始まり、毎年秋の開催で今回が3回目。日本で行われる国際アニメーション大会は先行する広島国際アニメーションフェスティバル、東京アニメアワードフェスティバル(TAAF)と合わせて3つとなった。新千歳は最後発だが、その分、若さと実行力でたちまちのうちに頭角を現わし、今やアニメファン大注目の、なくてはならないものになっている。私は今回が初の参加だが、その予想を上回る充実ぶりに目を見張った。この体験も北海道新幹線が開通してくれたおかげで有難い。
 この映画祭の一番の特色は、その名の通り、北海道の新千歳空港の中だけで開催されているということ。ここは全国でも珍しく空港ターミナルビル内に3つのスクリーンを有するシネコン「ソラシネマちとせ」があり、映画祭はここを全面的に使用、更にロビーや隣接するフロア(イベントスペース)まで丸ごと含めた多角的な展開が可能となっている。
 新千歳のターミナルビルは国際線・国内線の発着口は勿論、階下にJR新千歳空港駅も有し、交通の便は抜群。建物内にエアターミナルホテルも併設、観光地北海道の玄関口の1つだけに近隣にも手頃な宿泊先は多く、遠方からの参加者も安心だ。私は所属する日本アニメーション学会の御手配で空港内ホテルを利用したが、滑走路を一望出来る客室設備やバイキング形式の朝食を含め居心地は上々だった。
 元々映画祭は空港サイドからの提案だそうで、協力も全面的。至るところに幟やポスターが掲示され、2階中央吹き抜けのセンタープラザには映画祭関連の展示(今回は『TIGER&BUNNY』のパネルや実物大メカ、『ワンピース』のサニー号の立体バルーン、『水曜どうでしょう』等)や声優トークショーのステージから一部プログラムに関する整理券配布所と様々に利用され、映画祭気分を大いに盛り上げていた。空港を利用する一般客もほぼ必ず通る場所だけにアピールの度合いも高く、空港と映画祭双方にとっての良い関係が成り立っていた。
 シネコンを丸ごと貸切で利用出来る効果は大きく、一日に10数個のプログラムを連日展開、1つのフロアに大中小の3つのスクリーンで、のべ座席数は377。必ずしも多い数ではなく人気のプログラムは早々に満席になってしまうこともあるが、最新設備のシネコンなので上映環境は抜群で爆音上映さえ可能。リクライニングシートに車椅子席も揃って視聴環境も上々、上映に伴うトークイベント等もゲストと観客席の近さもあって臨場感も抜群だ。シネコン入口の壁にはゲストの色紙がずらりと並び、その手前には個人作家が手ほどきをするワークショップコーナーがあり、ロビーでは「ミート・ザ・フィルムメーカーズ」という作家との質疑応答の場が随時設けられ、その場で作家と触れ合える。更にシネコンの横に当たるイベントスペース、オアシスパークでも連日上映や関連イベントが行われるという至れり尽くせり状態。スタッフにはボランティア要員も含まれるらしいが、空間が限られているので目が良く行き届き、列の対応も臨機応変で好ましい。私も会場案内でお世話になった。
 今回の映画祭のメインビジュアルは、女性アーティスト「ぬQ」氏が自作のキャラを北海道アレンジした「クリオネコ」。公式トレーラーは『進撃の巨人』等で知られるWIT STUDIOが手掛けた『くものこポポット・ポット』。どちらも上映開始前のスクリーンや空港内で映写されていたがPOPで可愛らしく目が和む上、全体的な若々しさの演出にも一役買っていたと思う。
 特に感心したのが、ゲストには首から下げるチケットホルダーが発行され、それに各々の名刺が入れられているので、注意していれば誰それとすぐに分かること。これは上手い遣り方で有難い。広島フェス等でも参加作家は作品上映時に壇上に呼ばれて紹介アナウンスがあるのだが、余程印象的な人でないとなかなか覚えていられない。新千歳は特に、空港内で全てが完結するので、作家・ゲストとの遭遇率も高く、これは重宝した。
 新千歳空港自体も魅力的。シネコンのある4階には宿泊可能な23時間営業の空港内温泉も備え、3階には北海道の美食が揃うグルメ・ワールド、2階は土産物からスイーツまでのショッピング・ワールド。他にも初音ミクの雪ミクやドラえもん、ハローキティ、ロイズチョコレート、シュタイフ、大空ミュージアム等々のエンタメ施設が揃い、アニメイトや博品館TOY PARKも出店している。実際には映画祭参加者は連日の上映プログラムを追うので精一杯でとても遊び歩く余裕はないのだが、空港に集う人々が放つ非日常の行楽ムードがこちらの心までほぐしてくれるのだ。

 映画祭である以上、容れ物がいかに充実していようが映画祭自体の中身が伴わなければ意味が無いのだが、新千歳の凄さは正にそこ。古今東西多種多様な充実のプログラムが連日用意されているのだ。  
 4日間の会期に詰め込まれたプログラムは数多い。ざっと上げてみると。
●コンペティション
インターナショナルコンペティション
インターナショナルコンペティション・ファミリー
日本コンペティション
ミュージックアニメーションコンペティション
●コンペティション外の作品によるショーケース
インターナショナルショーケース
アジアンショーケース
●招待作品
映画祭オープニング作品『この世界の片隅に』公開先行上映(ゲスト=片渕須直)
「アニメーションの音を聴くVol.1~『風立ちぬ』上映会&トークショー」(ゲスト=笠松広司、古城環)
「AC部+group_inoueミュージック・アニメーション・ライブ」
「水曜どうがSHOWリターンズ」(ゲスト=藤村忠寿、嬉野雅道、WIT STUDIO和田丈嗣・浅野恭司)
『ONE PIECE FILM GOLD』
「日本アニメ(ーター)見本市&吉浦康裕がパトレイバーREBOOTに至るまで」(ゲスト=吉浦康裕)
『哀しみのベラドンナ』デジタル修復版
「北海道現代アニメーション総進撃!」
「日本アニメーション映画クラシックス」(ゲスト=国立近代美術館フィルムセンター特定研究員・松山ひとみ)
「政岡憲三を蘇らせる」(ゲスト=萩原由加里、フィルムセンター研究員・大傍正規)
●爆音上映
『劇場版TIGER&BUNNY-The Rising』(ゲスト=平田広明)
『アリス』(ヤン・シュヴァンクマイエル監督作)
『パプリカ』
爆音応援上映『KING OF PRISM』
●マスタークラス(上映とトーク)
「アメリカからの小惑星:クリス・サリバン」/長編『コンシューミング・スピリッツ』(ゲスト=クリス・サリバン)
「ベリー・ベスト・オブ・ブリティッシュ・アニメーション・アワード」(ゲスト=ジェイン・ピリング)
「感触を確かめる作業」(ゲスト・水尻自子)
「二十四節気からの物語」(ゲスト=チェン・シー)
「中国最新独立動画集」(ゲスト=チェン・シー)
「ぬQのニュ~論」(ゲスト=ぬQ)
「カートゥーン・ネットワーク・スタジオ・スペシャルトーク」(ゲスト=メーガン・ネアン=スタジオマネージャー)
●長編作品
『April and the Extraordinary World』(アブリル・アンド・ザ・エクストラオーディナリー・ワールド)クリスチャン・デスマール、フランク・アキンシ、ベルギー・カナダ・フランス、2015年、105分。
『Battle of Surabaya』(バトル・オブ・スラバヤ)アリヤント・ユニヤワン、インドネシア、2015年、98分。
『Window Horses』(ウィンドウ・ホーセズ)アン・マリー・フレミング、カナダ、2016年、85分。
『The Invisible Child』(ジ・インビジブル・チャイルド)アンドレ・ランドン、フランス、1984年、63分。
●オアシスパーク特設シアター
『マイマイ新子と千年の魔法』(ゲスト=片渕須直)
「韓国大学漫画アニメーション最強戦」
「日本と東南アジア諸国のアニメーション作家の交流プロジェクト」
「国内学生アニメーションの祭典~ICAFセレクション~」
マッドハウス元代表取締役・増田弘道特別講演「日本のアニメ産業最新事情」
日本アニメーション学会秋の研究集会@新千歳
●授賞式・閉会式・アワード上映

 と、このように大量かつ多種多様なプログラム。これが1つのシネコン+イベントスペースで見られるのだから凄い。キンプリの応援上映から日本アニメーションの古典・政岡憲三作品までが違和感なく同居している奇跡の空間。映画祭運営サイドのキュレーション能力の高さと目配りの広さを如実に示している。この、TV準拠のアニメとアートなアニメーション、インディーズと商業作品がいい感じで融和した映画祭は、常日頃そのどれをも分け隔てなく愛している私にとって理想の映画祭と言っても過言ではない。しかも既成の権威におもねることなく今を呼吸している若々しい雰囲気が実に好ましい。中央から離れた北海道の、新千歳空港一極集中。この地の利のなせる技だろうか。
 有難いのが各コンペや長編作品の多くが2回上映され、工夫すればほぼ網羅可能な上、再見も叶うこと。そして、長編にはしっかりした字幕が入っているのが嬉しい。アニメーションは世界共通というけれど、やはりきちんと理解出来るに越したことはないのだ。字幕を入れる為にはそれなりの手間と費用が必要になるが、観客サイドに立った配慮として大きく評価と感謝をしたい。
 一つ注文があるとすれば、コンペ作品の上映時に広島フェスのように作品毎にタイトルのアナウンスが欲しい。理解が深まるし、鑑賞の際の気持ちの区切りにもなるのだから。
 料金の安さも格別で、1プログラム1000円、1DAYパスポート当日券2000円、全期間パスポート当日券3000円で、他に学生、ファミリー対象の優待も有り。広島フェスの1プログラム1000円、全日券10000円と比べると期間の長短を考慮に入れても破格だ。(TAAFは全日券の設定は無くプログラム毎のシネコン料金に準拠した決済となる)。
 弱点を上げるなら、空港は夜が早いこと。殆どのテナントが20~21時には閉まってしまい、唯一のコンビニ・ローソンすら22時に閉店してしまう。映画祭の最後のプログラムが終わった頃には既に食事出来る店は皆無な状況。空港自体も23時以降は原則閉鎖されるので、宿泊組は外食に出るのも難しい。最後の砦は空港内ホテルロビーの軽食自販機。私も一度お世話になったが、思うことは皆同じとみえて売切れもあるので非常食の携行は必須だが、そんなリスクすらも顧みれば旅の楽しさに収束するのだから、つくづく空港開催という地の利は大きい。
 もう一つのリスクは天候の急変で、今会期中にも例年にない降雪で飛行機の着陸が不可になってゲストが到着出来ず、プログラムがやむなく中止になったりもした。北海道は甘くはないのだ。
 将来的な懸念だが、席数の限られたシネコンなので、今後集客が増せば収容しきれなくなる恐れがあること。現時点でも満席で入場出来なかったとの声がある。指定席制を導入し、SOLD OUTに応じて上映回数を追加する等の措置も必要にはなってくるだろう。(整理券はその為に並ぶ時間が惜しい)。

 国際映画祭の華といえばコンペティションだろう。その中心、短編作品対象のインターナショナルコンペティションには今回、66の国と地域から1232作品の応募があり、45作品がノミネートされ、最終日にグランプリ等の各賞が発表された。
 コンペの選考については事前審査の後、フェスティバルディレクターでもある土居伸彰氏を含む日本人4人がノミネート作品の選考を行ない、映画祭会期中に4人の国際審査員が審査に当たる。今回の国際審査員は委員長にジェイン・ピリング(イギリス)、審査員にクリス・サリバン(アメリカ)、水尻自子(日本)、チェン・シー(中国)の各氏。男女半々、年齢もキャリア・分野も異なる人選。
 選考方法で感心したのが観客賞の投票で、各日のコンペティションプログラムから何本でも選んで票を投じる(用紙に○を付けて館外の係員に渡す)ことが出来る。先行する広島フェスでも受賞作への観客の意見の反映として途中回から設立された賞だが、これは各日1作品の投票。個人的に曜日による入場者数の違い、同等の希求力を持つ作品が同日に上映された場合のケアの観点から1作品のみの投票に疑問を抱いていたので、この複数投票可能は良い方法と思う。こうした点も、この映画祭の思考の柔軟さを示していると思う。
 さて、各賞と受賞作は以下の通り。海外の人名やタイトルは会場配布の日本語表記に倣い、タイトルは『原題』(日本語)とした。賞の数が多く、ISHIYA製菓等協賛企業それぞれの賞があるのも新千歳の特徴で、それはそのままこの映画祭と地元との結び付きの強さ、運営サイドの地道な努力とプロデュース能力の高さを示すものだろう。ちょっと私の地元群馬県の、名産高崎ハムが賞品として贈られる高崎映画祭を思い出してしまった。多くの賞の存在はより多くの作品と作家にスポットが当たることを意味し、意義があるのだ。また、キッズ賞は地元の小学生が審査に当たるもので、この試みもユニークかつ将来を見据えたものだろう。

■グランプリ
『Among the Black Waves』(アマング・ザ・ブラック・ウェーブス)アンナ・ブダノヴァ(ロシア)
■日本グランプリ
『SOLITARIUM』榊原澄人(日本、北海道出身)
■新人賞
『My Deer Friend』(わたしのシカな友達)コ・スンア(韓国)
■審査員特別賞
・ジェイン・ピリング=『猴/MONKEY』シェン・ジェ(中国)
・クリス・サリバン=『Sore Eyes for Infinity』(ソア・アイズ・フォー・インフィニティ)エッリ・ヴォリネン(フィンランド)
・チェン・シー=『The Empty』(エンプティ/空き部屋)ダヒ・ジョン(韓国、フランス)
・水尻自子=『Before Love』(ビフォア・ラブ)イゴール・コヴァリョフ(ロシア)
■ベストミュージックアニメーション
『Olga BEll“ATA”』 橋本麦(日本)
■観客賞
『The Bald Future』(ボールド・フューチャー)ポール・カボン(フランス)
■キッズ賞
『Forest Guards』(森のガードマン)Māris Brinkmanis (ラトビア)
■新千歳空港賞
『水準原点』折笠良 (日本)
■外務大臣賞
『Planemo』(プラネモ)ヴェリコ・ポポヴィッチ(クロアチア)
■観光庁長官賞
『Red-end and the Factory Plant』(レッドエンド・アンド・ファクトリー・プラント)ロビン・ノールダ&ベサニー・デ・フォレスト(ベルギー、オランダ)
■北海道知事賞
『LOVE』Réka Bucsi (ハンガリー、フランス)
■ISHIYA賞
『こにぎりくん』宮澤真理(日本)
■サッポロビール賞
『The Gossamer』(ゴッサマー)ナタリア・チェルニェソヴァ(ロシア)
■北洋銀行賞
『Au revoir Balthazar』(さよならバルタザール)Rafael Sommerhalder (スイス)
■北海道銀行賞
『Three Dancers』(スリー・ダンサーズ)ハリー・ルービン=ファルコン(米国)
■北海道コカ・コーラ賞
『(Otto)』「(オットー)」ジョブ・ジョリス&マリーキー(オランダ)
■よつ葉乳業賞
『Dannyboy』(ダニーボーイ)サイモン・ライネン(ベルギー) 
■ロイズ賞
『やけどとほし』三上あいこ(日本、北海道出身)

 授賞式を途中から見たのだが、グランプリのアンナ・ブダノヴァが寄せた喜びのビデオレターがスクリーンに映し出されて驚いた。作者独特のドローイングで描き出されたのは『美少女戦士セーラームーン』のセーラーマーズ変身シーン。元々このグランプリ作品は、文化庁が毎年メディア芸術振興事業の一環として招聘している海外クリエイターの一人であった作者が招聘期間中に手がけた作品なのだが、こんな形で日本リスペクトが返って来ようとは。こんな遊び心が許されるのもこの新千歳の若さと懐の広さ故だろう。ついでに言うと、サッポロビール賞の『ゴッサマー』も別の招聘者の作品であり、この事業の成果は明らかだ。
 他の受賞作も様々な国の、様々な技法によるもので実に納得のいく結果。日本人作家、殊に北海道出身者が複数見られるのも嬉しい。観客賞の『ボールド・フューチャー』は一度見たら忘れない作品で客席も沸き、私もこれに一票を投じた。コンペノミネート作には、既に国際的な名声を確立している日本の山村浩二氏の『サティのパラード』や昨夏の広島フェスの入賞作の何本かも含まれていたが受賞はならなかった。こんなところにも既存の価値観に捉われない新千歳の独自性が窺える。また、式の最後に壇上に揃った受賞作家たちが映画祭審査員と共に手を振り笑顔で別れを告げるのも好ましく心に残った。この映画祭には形式ばらない手作りの温もりがあるのだ。
 今回、私の参加の決め手になったのは、日本未公開の長編が複数本上映されることと、フィルムセンター収蔵の日本の古典作品と政岡憲三作品の上映。後者のプログラムはフィルムセンターが進行中の日本の初期アニメーション作品をデジタル復元しオンライン公開する試み(2017年を予定)の経過報告で、感心するのが有名作家のみならず作者不詳の作品や技術的にはそう高くない作品までも一様に同等に扱うこと。さすが公的役割を担う美術館だけのことはある。この試みが今後共進められ、多くの研究や鑑賞に役立てられることを応援してやまない。同様に政岡憲三作品のプログラムも、上映と共に、先に研究書『政岡憲三とその時代』をものされた萩原由加里先生の最新の研究成果による発表がなされ、得るものが多かった。終映後にはすぐにその場で萩原先生とフィルムセンターの研究員の方々とお近づきになれ、貴重なお話を伺うことも出来た。これも演者と観客席の距離の近さゆえで、実に嬉しかった。
 距離の近さといえば、開場前にフロアに列を作るのだが、その中で、以前から知り合いのアニメ評論家・藤津亮太氏の紹介で『機動警察パトレイバーREBOOT』の監督・吉浦康裕氏ともお話出来、他にもロビー等で内外の多くの方と交流、これもまた嬉しかった。映画祭の喜びはこうしたところにあるのだから。
 総じて言えば、とにかく居心地のいい映画祭だった。所属するアニメーション学会のおかげで空港内ホテルに宿泊出来、毎日簡便に通えたのも大きい。空港内で一日の全てが完結するので映画祭の感覚が凝縮。考えてみれば北海道まで行ったのに空港と駅だけで、北海道の大地を踏んでさえいないにも関わらず満足度が高いのだ。

 上映作品の中ではやはり初公開の長編が印象的。今回は、インドネシアの『バトル・オブ・スラバヤ』、フランスの『ジ・インビジブル・チャイルド』、ベルギー・カナダ・フランスの『アブリル・アンド・ザ・エクストラオーディナリー・ワールド』、カナダの『ウィンドウ・ホーセズ』の4本が上映された。
 『バトル・オブ・スラバヤ』はインドネシア初の長編アニメーション作品(98分)。2D動画が中心。第二次世界大戦直後のインドネシア独立戦争の渦中、「スラバヤの戦い」と呼ばれる史実を元にしているが、描き方は必ずしも歴史に忠実とは言えず、何故か現地にいる日本の忍者部隊が日本刀をかざして「八紘一宇!」と鬨の声を上げたりと多分にトンデモな要素を含む。主人公は現地の少年ムサと年上の少女ユンナで、ムサが一見安彦良和風に見えたり、70年代東映動画調の悪役顔と二枚目顔のキャラクターがいる等、日本のアニメの影響も色濃い。公開されているスチルがどれも一枚絵だと決まって見える為、上映前の客席の期待も高かったのだが、百聞は一見に如かずの例ともいえる。自国の題材を取上げる姿勢は好ましく、ラストに声高に掲げられる「戦争に栄光(GRORY)なし」の言葉も実際の歴史に照らし説得力はあるのだが。日本のTVアニメの下請けをしていた時期がある等、アニメ制作の下地はあるので、原動画の動画がまずきちんと描けるようになれば飛躍的に質が向上するのではないか。
 フランスの『ジ・インビジブル・チャイルド』は昨年のアヌシーで発掘された無名作家の知られざる長編で、ほとんど独力で作られたと思しき手描きの自主作品。動画を描き、セルにし、背景と重ねて撮影し、という1984年当時の手間と、63分という上映時間を考えると気の遠くなるような作業である。デジタル導入期以前にこうした個人制作の長編に挑んだ存在はいても決しておかしくはないし、理解出来るのだけれど、実際にその成果を目の前にすると言葉を失う。しかも、時々刻々と満ちて来る海の水をカメラを固定したまま延々と長回しで描き続ける、或いは自転車で走る少年をこれも長回しのカメラで追い続ける(周囲は延々と背景動画の石畳)等、驚愕の描写の数々。自らが描きたくて描いているとしか思えない気負いの無さ。上手い下手の問題ではなく、こういう人は実際にいるのだ。今はこの作品が世に残り、こうして日の目を見たことに感謝したい。これ1本で新千歳まで来た甲斐がある。話はいわゆるイマジナリー・フレンドもので、輪郭線で描かれた自分にしか見えない少女と交流する少年の、思春期ならではの物語。ひ弱な線で描かれた世界がその内容にそぐわしい。制作を手伝ってくれる友はいたのだろうか。
 ベルギー・カナダ・フランス合作の『アブリル・アンド・ザ・エクストラオーディナリー・ワールド』は最近とみに多い多国籍合作長編。音声はフランス語。2015年のアヌシー長編グランプリ作品。直訳すれば「アブリルと驚異の世界」か。スチームパンクな架空歴史世界を舞台に、蒸気機関を使った空想メカが大挙出現する中を、一人の少女と科学の力で人語を喋るようになった愛猫が活躍するSF冒険物語。宮崎ジブリ作品の影響大で、その筋のファンには堪らない魅力がある。アブリルは科学者の娘であるヒロインの名前(英語ならエイプリル)だが、これがお世辞にも可愛くないのが日本との違い。ジャック・タルディのコミック(バンドデシネ)を原作にしているが、現地では魅力的に見えたりするのだろうか。この一点さえ何とかなれば日本公開も夢ではないと言えるし、実際、機智に富む展開で、見終わった瞬間の心地良さといったらなく、ラストに映し出されるアブリルの家族写真に自分でも不思議なほど胸に込み上げるものを覚えた良作なのだが。
 カナダの『ウィンドウ・ホーセズ』はNFBで制作された長編。基本は手描きだが、ピンスクリーンかと思えるカットもある等、様々な手法を交えており、それを1本の作品として成り立たせる技術や音響周りの完成度が高く、さすがNFBの看板は伊達じゃないと思わせる。生き別れた父のいる国イランで開かれる詩のフェスティバルに招かれた中華系の若い詩人ロージー・ミン。彼女が詩を通し、大会に集う様々な人と関わる中で自らのアイデンティティに目覚め心を開いてゆく様を描く。抽象性に富み、かつ繊細な表現。丸ちょんでしかない顔と、一本線で描かれた針金のような体のキャラクター。それがどうしてこんなにも表現が豊かで、見る者の心に響くのだろう。アニメーションの持つ力の奥深さに打たれる。父、亡き母、祖父母、歴史、記憶、そして詩。バラバラだったピースの1つ1つが終盤にかけてぴたりぴたりと嵌っていき、家族の真実が立ち現われる驚きと感動。この感動は決して生き別れの父に会えて良かったという表層的なものではなく、もっと根源的なもの。国情等、現代的な視点を持ち、かつ普遍的で示唆に富む物語。解説に「分離された文化と世代の間に橋をかける」とあるが、まさにその通り。NFBの作品ならば日本でもどこかで上映可能な筈。一般公開とまでは言わないから、どこかで上映されて欲しい。最終日、授賞式を置いて私はこの作品をもう一度見ることを選んだ。作者のアン・マリー・フレミングは中国人とオーストラリア人の両親を持つカナダの女性アーティストである。

※初出:『ビランジ』39号(2017年3月発行、発行者:竹内オサム)
※現在のところ、筆者が参加したのはこの回のみである。現在までの間に映画祭も随分とアップデートしているらしく、また新千歳空港自体も変化しているのではないだろうか。あくまでも執筆当時のレポートとしてお読みいただきたい。文中の作品でその後に国内公開された作品もある。
※原文は竹内氏の編集によって図版なども数点入れていただいた。ここでは略してあるので伝わりにくい部分もあるかと思うがお許しください。

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