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選択(小説)

3/0
したいことを聞かれた
特に無いと答えた
友人は酷く困った顔をした

3/1
したいことを聞いた
美味しいものが食べたい、ゲームがしたいと君は言った。
をれは思った。なんだ、同じじゃないか。
つまらなく感じた、だけど何も言わなかった。

3/2
ひとつだけしたいことがあるとおもった。
世界をひっくり返したいと思った。
人も、海も空も、草も動物も
全部ひっくり返してみたいと思った。
そう言うと、友人はまた困った。

3/
世界はひっくり返った。をれは宙に落ちた
まるでなにかに引っ張られるみたいに
身体が地面を置いていく。
みんな宙に落ちた。みんな、みんな落ちた。

その中でひとりだけ、地面にしゃがみこんでいる少年がいた。その子の足はまるでアスファルトにくっついて離れないみたいだ。彼が抵抗している様子もない。
ただ、足が離れないみたいだ。

をれは何だか声をかけなきゃいけない気がして、急いで横に聳える電柱に掴まって、
少年に吠えた。


「なんできみは飛ばないの」


僕に気がついた少年は顰め面で答える
「だって皆行くんだもん」


をれは、何でそこに居られるのかを問うたつもりだったのに、はぇ?と素っ頓狂な声を出す。


「だって、皆行くんだもん。みんなみんな、きっとこのまま宇宙に出たら、最初は帰りたい、とか地球がいいとか、散々自分を可哀想がって、でも戻れないからと何処かの星に住処を創って、そしたらいつの間にか地球を忘れてこの星は空っぽになっちゃう。そしたら地球は可哀想じゃないか。」


よく分からなくて苦笑いをした。
をれ達を吹き飛ばす風は次第に強くなっている。


「地球は、寂しいだろ、これだけ森を削られても、ごみを捨てられても、有害なガスを出されても、壊れずに今迄ぼく達の為に笑ってきたんだ。なのに地球を離れたら、きっとぼく達は地球を忘れる。住み良い環境を創って、何事も無かったかのように忘れる。これだけこの星を踏み荒らしたのに、これだけ自分たちの良いように変えてきたのに。きっと人間が嘆くのは、ここまで作るのにどれだけかかったと思ってるんだと、また自分たちのことばかりだ。これじゃ地球が可哀想だ」


少年は続ける


「でもそのことに地球自身が気がついたんだ。だから人間を外に放り出すことに決めたんだ。これ以上心も身体も壊されないように。」


をれは馬鹿げてると思った。
「はっ、地球に心?そんなのあるわけないね、それはきみの空想だ」


少年は静かに答えた


「最初に聞かれた僕がここに居られる理由。皆みたいに飛ばされない理由、それは地球が好きだからだ。地球に居ることを僕自身が選んでるからだ、望んだからだ。」


そんなの、望んだって叶わないだろ、
と口を出た。嫌な思い出が過ぎった。
夢を諦めた日に似ていた。


少年の目は黒く光る、まっすぐに。
「本気で望んだことなんてないくせに」


をれは頭に血が上って、少年に殴りかかろうと拳に力を入れた。だが逆風に押され下にすら行けない。何だか馬鹿らしくなって力むのをやめた。


「、ははっ、そうだよ。おれは結局本気で望んだことも、選んだこともないんだ。最初は意気揚々と夢を語るが、結局途中で無理だと気がついてやめてしまうのさ。でもそれの何が悪い?無理なものは無理だ。それに気がついたのにまだ走れって言うのか?」

もう何だか少年に話しているというより、自分に言い訳してるみたいで惨めだった。


「違うよ、無理だと決めたのは貴方だ。夢は逃げないのに、逃げたのは、これから永く続く辛いであろう道に背を向けたのは貴方だ。人は老いると必ず若い頃を語る、夢を美徳のように語る。でも違うんだ。今を生きてるのはみんな同じなんだ。だから何をいつ始めても遅くはない。今どう生きるか、一瞬を常に選び続けてるのは貴方自身なんだよ。」


もううるさくて堪らなかった。だけど耳を塞げなかった。をれは何をしているんだろうか。
こんな少年に叱られて、こんな必死に電柱に掴まって。だけど少年は一度もそんなをれを笑わなかった。








「おれも、また歩き出せるだろうか。地球で、地を這っていられるだろうか」



「何者かに、なれるだろうか」



少年は穏やかに笑う。
「何者でもなく、すべては貴方の意のままに」


その瞬間突風が吹き荒れた。
もう電柱にも掴まっていられなくて思わず手を離した。
強風にやられ視界が霞み、涙が出る。
身体は至る方向に引っ張られ激痛が襲う。
遠のく意識の中で、楽しそうに夢を語る自分の姿を思い出した。







ーーーーーー


気がつくとそこは病院だった。
まだぼんやりしたままの瞳の中で、友人の顔が心配そうに覗く。

「お前、大丈夫か?3日も眠ってたけど。」

どうやらおれは真夜中の道端で倒れてたらしい。それをたまたま通りすがりの人が助けてくれて、そのまま救急車で搬送された。身よりもなかったおれは唯一連絡先にあった友人のこいつに色々世話になってしまったらしい。


「ごめんな、迷惑かけて」


「ホントだよ、何だ?飲み過ぎか?」



「いや、分かんないんだ…。でも、おれある人に言わなくちゃいけない事があって…」



「なんだ、また僻みか?」
と、友人がふざけたように笑う。


「いや、お礼が言いたいんだ。でもその人がどこに居るのか、そもそも存在するのかも分からなくて。だからおれ決めたんだ、ずっと逃げてた絵で有名になって、どこまでも声が届くくらい大きくなって、ただ一言ありがとうって言いたいんだ。」


「なんだよ、それ。」
友人は笑った。



「あと、これからはもっと地球を愛するよって」





その時、返事をするように病室のカーテンがふわりと風に踊った。

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