「存在・神学」



「・・・西欧思想の地下を貫流し、その都度地表を揺るがし、場合によっては破壊してきた「断層」・・・あえてその断層、現代思想を揺るがす活断層の震源をさかのぼって、それを一語で名ざすとすれば「存在・神学」と呼べようか。」

「「存在・神学」とは、ハイデガーもしくはデリダをつうじて流布してきた表現だが、内容的には、ギリシア哲学(存在論)とキリスト教神学(救済論)、多神教と一神教、一般的には「知」と「信」とによって織りなされてきたヨーロッパ形而上学の知的伝統をさす。ヘレニズムとヘブライズムとの合体と言い換えてもいいだろう。」(德永恂『現代思想の断層』pp.236-7)

①ここでいう「存在・神学」とは、ヘレニズム的世界認識、つまりクソ社会(宮台真司)、ゴロンとしてあるだけの世界のなかで、アドルノのように「綜合」を拒否し(「否定弁証法」)、ベンヤミンとともに「中断」に留まりながらも(「静止状態での弁証法」)、それでも夕方になると、臨終の床にある皇帝が送ったという綸旨(救済の約束・「希望」)のことを、窓辺に座って夢想するカフカのことである。

皇帝が――と伝説には語られている――きみに、一介の人物、微々たる小臣、皇帝の太陽からおよそはるけさの極みに遠ざかった、目にもとまらぬ小さな影、ほかでもないそのきみに、皇帝が、崩御の床から、綸旨を送ったのだ。・・・・皇帝は使節を派遣した。使節は即刻出発した。・・・・彼は翔ぶがごとくに疾走し、やがてきみは、使節の拳がきみの門口の戸を叩く高らかな音を耳にするだろう。しかし実は・・・・いまだに彼は、中央宮殿の間から間へと、必死の思いでたどりつづけている。・・・・こうして幾千年が過ぎ去って行く。そして使者がついに、王宮の大手門からまろび出たとしても――しかしそんなことは未来永劫、起り得ようはずがない――彼の前にひろがるのはまだ、帝都の首都の眺めにすぎない、おびただしい滓がうずたかくたたみ重なる、世界の中心。誰ひとりここを突き抜けることはできない。あまつさえ、今は死者となった皇帝の綸旨をたずさえて、それが叶うはずはない。――しかしきみは、夕暮れごとにわが家の窓辺に座って、その綸旨のおもむきを夢のように思いやるのである。
(フランツカフカ『田舎医者』,円子修平訳,新潮社・カフカ全集1,1983年)

②また、キリスト教神学(救済論)といってもあくまでも救済のイメージである。なぜなら矛盾や対立の究極的な「綜合」や、早まった「宥和」に反対するアドルノからすれば、当然のことながら「最終的解決」は否定されねばならぬのだから。

さらに言うならば、それはベンヤミンが『物語作者』で引く『感情教育』の最後の一節を思い出させるものだ。

「あれはもしかするとぼくたちの人生でいちばん美しいことだったのかな」
「そうだ、きみの言うとおりかも知れない、あれがおそらく、ぼくたちの人生でいちばん美しいことだったのだろうな」

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