見出し画像

ぼくは勉強ができない



初めましてな人も、そうでない人もここにきてくれてありがとう。  

ぼくは勉強ができない

山田 詠美


新しくできた友人は筋肉と本が好きだった。おすすめの筋肉を聞く訳にいかず(冗談)、おすすめの本を聞いてみたところ「ぼくは勉強ができない」を教えてくれた。久しぶりの小説。しかも人の薦めてくれた本なんて、記憶にないくらい。いい本のシェアって素敵だなぁ。

1、あらすじ

高校生17歳の時田秀美くんが主人公。  

サッカーが好きで勉強はできないが女性にはよくモテる。
そんな秀美の思春期を描いた作品だ。
よくモテる男が主人公なんて村上春樹と石田衣良の作品みたい笑 

なんて思って斜に構えていたんだけど、冒頭読んだだけで「好き」って思った。短編集になっているので、いくつかタイトルをピックアップし感想を書きたいと思う。
熱量がこもっているから長くなったらごめんね。  

2、ぼくは勉強ができない

秀美くんは、偏見や哀れみ固まりきった常識を厭う。
おかしいと思うことは曇りなき眼で
「どうしてそれがダメなことなんですか?」と聞く。
これまでどうにか必死に体裁整えて、
皆のマウントとってきた人たちは、
秀美のその一言に
噴き出すような感情を止められなくなってしまう。

マウントの裏側に透ける恐怖はお見通し。
見透かされる恥ずかしさや、
立場が崩れるのではという不安を
秀美は無自覚で引き出してしまう。
実際、脇山は青ざめ、佐藤先生は赤くなった。秀美の言葉を借りると
「真実の許にひれ伏した愚か者の顔」だ。

指摘されて、カッとなることあるよね。
必死に言い訳したくなることあるよね。
そう図星なんだよ。私、何度もあるぞ。

わかる。わかるぞ脇山と佐藤先生よ。

一方で己に素直に自由な人たちを秀美は愛す。
お母さんの仁子は
派手な衣装と高級な化粧品を身にまとい、
幾つになっても「女」を謳歌する。
おじいちゃんも
毎日散歩の途中で年下のおばあちゃんに
惚れては振られを繰り返し
高校生の秀美に恋愛相談したりなんかする。
立場とか、歳とか体裁とか常識とか
時田家では意味をなさなくて
自分の生きたいように
生きるのが「当たり前」。

その当たり前が気持ちよくて暖かくて
猫になって時田家の一員になりたいとさえ思う。

秀美も自由な人間の一人だ。
きっと周りの人は秀美の自由さが羨ましい。
例えば脇山という勉強だけが取り柄の優等生君は秀美にコンプレックス全開。執拗に絡む。
気になってしょうがないんだ。
わかる。わかるよ脇山。

うざ絡みする脇山に、
さすがに嫌気がさした秀美は
男にモテることを生きがいにする真理に
「お前、俺を愛してる?」なんて言って
脇山を誑かしてほしいと依頼する。(真理と秀美は腐れ縁で、男と女ではない。そこもまたいい。)結果脇山は、万年学年1位から12位にまで成績を落とし、「勉強しかできない人、つまんないんだもん」とまで真理に言われてしまう。


ここまで読んで、ふと思う。

作中で脇山はそんなに悪いことしてない。
ただすこしいけすかないだけ。なのにみんなからの扱いひどいんだ。

脇山はきっと本当は、自分に自信がない。誰かに植え付けられた常識にがんじがらめになってもがいてる。努力しないと、正しくないと愛されないと思わされてるのかもしれない。それってとっても悲しいことだよね。脇山は脇山でいいのに。読み進めているとそんな気持ちになる。

嫌なやつである脇山を爽快に
仕返しをする話は実はちっとも笑うことができなかった。なんだか脇山が自分のようで、切なかった。

3、雑音の順位

「ぼくは勉強ができない」の中でも
特に好きな短編作品だった雑音の順位。
米軍基地の近くに住むクラスメイトが
「飛行機がうるさくてしょうがないから、政治家なって辞めさせるんだ」と言い始めたことから秀美が「雑音」について考え始める。

雑音への考えが深まるのは
秀美がセンチメンタルになった夜、
年上の彼女桃子さんの家に連絡もせずに会いに行った日の事件がきっかけになる。

ノックをすると明らかに人の気配がするのに、桃子さんは出てこなかった。不自然な静音。

音がしないのに。
危機を感じた秀美は、ひどく敏感になり
家の中で桃子さんが息を潜めていることすら
無い音から聞き取ってしまう。

じわじわと恐怖を感じて、
桃子さんちの扉をどんどん、どんどん!と力強く叩いた。どんどんどんどんどんっ!!!
拳が腫れるほど叩いても、桃子さんは出てこなかった。
「会えない事情があるのだ。それに気づいた時、ぼくはその場を立ち去るしかなかった。」
二駅分歩き、疲れ切って帰ったはずなのに、その日は朝まで眠れなかった。

あー切ない。怖い。苦しい。
苦しい。苦しい。苦しい。
息ができない。。

秀美の気持ちを考えた時、涙がでた。
書いていても涙が出るよ。しんどいよ。感情がシンクロなのかフラッシュバックなのかわかんないんだけど止まらなくなる。
好きな人の「大事な人」が自分ではなくなってしまったかもしれないという恐怖。大好きな人と今、ベッドにいるのが自分ではなく、他の男かもしれないという不快。自分にとって最も大切な「大事な大事な時間」を失ったかもしれないという焦燥。

この章、印象に残った表現がある。

「あのドアの音、すごくうるさかっただろう。
きっと彼女にとっては、1番の雑音ではないだろうか。ぼくの嫉妬の音。ぼくの心も叩いた。うるさかった。」

読み進めていくうちに思い出した出来事があった。好きな人にラインをブロックされた経験。
想いだけは伝えたくて送ったメッセージ。
その人が手がけたサービスに
心底感動してしまい、熱い感想を送った。
彼らしいサービスだと思った。
彼だから思いつくアイデアだと思った。
生産しなければ生きてる意味がないと言ってた彼が造ったものが好き。
いちファンとしての純粋な喜びだった。

でも、結論としては
その日から連絡は取れていない。 
(泣いたよね笑)

この一節を読んだ時、彼にとっては
私のメッセージが、ものすごく雑音だったんじゃないかと思ったんだ。

穏やかで満ち足りた毎日。新しくできた恋人。終わったと思った相手からのメッセージ。
騒音によってかき乱された不快感。脅かされる厭わしさ。ざわざわ。じゃりじゃり。ぞわぞわ。こわい。こわい。うるさい。うるさい、うるさい。

文字って音を出さないと
思ってたんだけど違うのね。  
文字もうるさくなるのね。

音の大きさは実に主観だ。
音は感情の大きさと比例する。

音は、音がしなくても「する」し
音がしていても「しない」こともある。
あなたにしか聞こえない騒音があり、
あなたには聞こえない騒音がある。

うるさいことが別に悪いことじゃないと思う。
音が大きいってことは、感情の大きさ。
心に響く大きな喜びの騒音だってある。
騒音の順位は激しく入れ替わりながら、これからも耳に届いてくるんだろう。

4、眠れる分度器

眠れる分度器
番外編として小学生だった秀美が描かれているのです。実は一番ページ数がある章なんだ。
番外編といいながらきっと筆者が本当に言いたいことが、ここに凝縮されているんではないかなと感じている。

片親であることへの偏見。
貧しいことへの同情。
人と違うことへの嘲笑。

そんなことにさらされ続けている秀美は
最後に叫んだ。
分度器は、三角は、
三角が全て合わせると必ず180度になり、二つ合わさると360度になる。

片親であることに哀れみをうけるのは心が痛くなる。
三角も角が当たると痛い。これは同じことだ。

僕は早くからとんがった角を持っている。
片親だし、貧乏だ。
だけど角も三つ合わせたら直線になる。
とんがったところがなくなって、
360度まん丸になることもできる。
今は辛いし、痛むけど
その角はまん丸への近道だ。
もしかしたら人よりも
早くまん丸になれるかもしれない。
まん丸ってすごい。地球だってまん丸だ。
まん丸になったら、
痛くなくなっていつか
この角を、受け止められるかもしれない。

分度器は、現状を嘆かずに前を向くための
秀美のロジックだった。

この章も書きながら
涙が出るくらい
心に響いた”うるさい”章だった。
分度器の話はもしかしたら
山田詠美が子供の頃本当に考えた
生きるためのロジックだったのかもしれない。

誰にでも、一つや二つ
そんな生きるためのロジックを持っている

辛い時、人は武器を作れる。
分度器の角を持つ。
一つ一つは痛いけど、人と分かち合えば
いつかは丸くなるね。
そんな分かち合いをしたいものだ。

最後まで読んでくれてありがとう。
あと友人Rくん。いい本をありがとう。


2020.03.08  




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?