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中原中也の埋もれた名作詩を読み直す。その13/いちじくの葉(夏の午前よ)


これはタケニグサ。少年時代、この草の茎から出る液をふくらはぎに塗り込んで遊んだね。足が速くなるという迷信を真に受けて。いちじくの葉とどう違うのか、考えたこともないね。

1930年秋に書かれた
「いちじくの葉」は
夕方のいちじくの葉でしたが
1933年10月8日制作の
「いちじくの葉」は
朝のいちじくの葉です。

夕方のいちじくの葉を歌って
第1連
美しい、前歯一本欠け落ちた
をみなのやうに、姿勢よく
ゆうべの空に立ちつくす

――という、表現の
大胆さ、新しさ、ユニークさに
衝撃を受けたのですが
こんどの、この朝のいちじくの葉にも
見事と言ってよいフレーズを見つけて
感激します。

いちじくの葉

夏の午前よ、いちじくの葉よ、
葉は、乾いている、ねむげな色をして
風が吹くと揺れている、
よわい枝をもっている……

僕は睡ろうか……
電線は空を走る
その電線からのように遠く蝉は鳴いている

葉は乾いている、
風が吹いてくると揺れている
葉は葉で揺れ、枝としても揺れている

僕は睡ろうか……
空はしずかに音く、
陽は雲の中に這入(はい)っている、
電線は打つづいている
蝉の声は遠くでしている
懐しきものみな去ると。

(一九三三・一〇・八)

第3連
葉は葉で揺れ、枝としても揺れている

葉は葉で揺れているのですが、
全体が、枝ごと揺れている
という
いちじくの木立への
透徹した観察!

第1連の
葉は、乾いている、ねむげな色をして
――も、ピタリと
いちじくという植物を
中原中也独自の目で捉え
デリケートかつナイーブです。

こういうことを
まずはじめに感じさせる詩ですが
この詩がたどりついた
詩作品としての豊かさについては
ほかにも
多くのことが言えそうです。

言えそうですが
一言では言えない
不思議な世界があり
それは何かと考えていくと
一つだけ
思い当たること――

それは
いちじくという植物がまずあり
風にそれが揺れていて
電線もうなっていて
太陽は雲の陰にかくれ
その上
蝉がしきりに鳴いているという
役者ぞろいの風景!

それが
調和している世界
ハモッている世界
混沌としながら
コスモスを創り出している世界
……

その上になお
最終行
懐しきものみな去ると。
(みんないなくなると。)
――という決定打!

現前する空間に
時間軸が
突き刺さってきても
びくともしない
未発表詩篇の中の
名作の一つです。

なお、最終連、「空はしずかに音く」の「音く」は原文のまま。
「暗く」「昏く」などの
書き間違えか誤植らしいです。


中也君です。最後まで読んでくれてありがとう!

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