【20話】お団子みたいにくっついて


もう一人の少女は、ベッドの中で眠れずにいた。
理由はただひとつ。今日のお茶会のときに、少女に「すき」と言われ、自分も「すき」と返してしまったことだ。
無意識だったため、自分が少女に「すき」と言ってしまっていたことに気づいたのは、夕食の後片付けをしているときだった。

(……僕はあのとき、なんてことを口走ってしまったんだろう……)

月明かりに照らされながら、もう一人の少女は反省していた。

最初は、何も知らない、何も分からない、何もかも失くした少女と、うまく生活できるか不安だった。だが、少女はお茶会をする度にいろいろな感情や気持ち、心を少しずつ胸という瓶に溜めていったのだ。表情もそれに合わせて豊かになり、元々の性格だとは思うが、わがままにもなった。
そんな少女と接していく内に、恋愛や友情、家族愛や庇護欲のような、様々な感情が混ざり合った視線を、もう一人の少女は少女に対して、密かに向けるようになっていったのだ。

こんな複雑な想いを、見た目は少女でも、心はまだ子どものままの彼女に抱くのは、見守る者として駄目なことだ、ともう一人の少女は思っていた。
でも、少しだけならいいだろう、と思ってしまう自分もいて、お伽話の王子様のような素振りをしたり、少女への想いを仄めかす発言をしたり、少女が分からない程度に想いを届けていたのだ。
見守り続けて、少女が立派に成長したら、自分の想いを全て伝えよう。そう固く誓っていたのに、少女が恋の話をするものだから、つい意識が引っ張られて、思わず「すき」と口にしてしまった。

また、失恋をしてからあまり時間が経っていないことも、もう一人の少女を悩ませる原因だった。
まだ前のヒトに未練があるのに、少女に対しての、ごちゃごちゃで訳の分からない想いが、ゆっくりと確実に育ってきている。自分は薄情なのではないか、と罪悪感に苛まれているのだ。

(幸い、彼女はまだ、僕の想いに気づいてすらいないみたいだ。このまま、隠し続けていかないと……)

もう一人の少女は悶々としながらも、無理やり寝ようと瞼を静かに閉じていった。


秋が終わりそうな寒さを感じながら、もう一人の少女はキッチンへと向かっている。こっそり少女の部屋の目の前で止まり、扉をそっと開けて見てみると、少女はまだ夢の中だった。
その眠りを邪魔しないように、もう一人の少女はゆっくりと音を立てずに扉を閉め、階段を降り始めた。

キッチンへ着くと、当たり前だがそこには誰もいなかった。その空間はまだ少し暗く、もう一人の少女は電気をつけて、エプロンを身に付けた。
さて、今日はどんな献立にしようか。もう一人の少女はそう考えながら、冷蔵庫を開ける。野菜や肉、卵や調味料。いろいろなものが揃っており、いつもどんなものでも作れる状態にしている。

「うーん、この前ポトフを作ったけれど……ミネストローネにしようかな」

もう一人の少女はそう呟きながら、玉ねぎやニンジン、トマト缶など、必要な材料を手に取った。
あの少女のことだ。おそらく「寒い」と言いながら起きてくるに違いない。少女にはお茶会の時間だけではなく、普段の食事でも何かを感じてほしい。そんな願望を、もう一人の少女は抱いている。自分のことなど二の次だ。

少し眠い目をこすりながら、もう一人の少女は朝食を作り始めた。


「おはよ……」

いつものように、まだ寝たいと言わんばかりの表情の少女がやって来た。もう一人の少女もそれに合わせて、挨拶を返す。

「おはよう。眠そうだね……」

もう一人の少女の朝の挨拶など聞かず、少女はいきなり後ろからもう一人の少女に抱きついてきた。流石に予想していなかった事態で、もう一人の少女は顔にこそ出してはいないが、かなり動揺していた。

「どうしたんだい、いきなり抱きついて」
「だって、寒かったのよ。あ〜……。あったか〜い……」
「料理中なんだから、あんまり近づくと火傷するよ。それにもうできるから、椅子に座って待っているといいよ」
「はあい……」

少女は寒そうに体をさすりながら、いつもの自分の椅子に座った。もう一人の少女は完成したミネストローネと、用意していたトーストを、二つの皿に盛り付けている。
それをトレーに載せて、もう一人の少女は、少女が待っている机まで運んできた。いつもの光景だ。

「今日はトーストと、ミネストローネだよ」
「なによこれ。ポトフに似てない?」
「この前のポトフには、トマトは入れてなかったけど?さ、そんなことより、温かいうちに召し上がれ」

そう言われた少女は、まずミネストローネが入った容器を触って暖を取る。暫くしてやっと、スプーンで掬って食べ始めた。
少女の体は徐々に暖まっていき、ぽかぽかとしてきた。胸の中もすっかり暖まっている。
だが、やはり普通の食事で感じる暖かさは、お茶会の時間で食べて感じる暖かさとは全く違った。少女の中では、お菓子とその他の食べ物は、あくまで別の存在なのだ。

「味はどうだい?」
「うーん……トマトって感じ。でも、ぽかぽか暖まってきておいしいわ」
「そっか。それならよかった」

もう一人の少女はミネストローネを食べながら、少女の反応を観察していた。
お菓子を食べたときのような、様々な色をした感情は出てこない。ただ体が暖まっただけのようだった。
それに少し残念がりながら、もう一人の少女は、イチゴジャムを載せたトーストを、端から齧り始めた。


「ごちそうさまでした」
「ごちそうさま。……ほら、お皿洗うから持ってきて」
「わかってるわよ……。ところで」

もう一人の少女は、ピタッ、と一瞬動きを止めた。きっと、いつものあの台詞だ。

「今日のお菓子は、なあに?」

やはりそうだ。少女はいつも、朝食を食べ終えた後に今日のお菓子を聞いたり、これを作ってとおねだりをしたり、とにかく「お菓子」の話を持ち出してくる。
自分の提案で始めたことだが、まさかここまで少女がお菓子に魅入られていくとは、もう一人の少女は想像もしていなかった。
わざわざ近くで聞いてくるということは、これはおねだりをしてくるパターンだな、ともう一人の少女は分かっていた。おねだりをされる前に、それを遮らなくてはいけない。
もう一人の少女は、少女が何かを言おうとする前に、口を開いた。

「今日のお菓子はね、もう決まっているんだよ」
「えー!けち。せっかくおねだりしようとしてたのに」

少女は一気に不機嫌そうな顔になり、頬を膨らませる。本当に子どもみたいなその仕草に、もう一人の少女の心の中の感情のどれかが、ほんの少しだけ反応した。

「何をリクエストしようとしていたんだい?」
「ホールケーキ」
「前に一緒に買いに行ったし、ついこの間キルシュトルテを食べたのに……。とにかく、今日は絶対に作らないからね」
「もー!……わかったわよ……。じゃあ今日のお菓子を、教えてちょうだい」
「今日は……和を感じる、美味しいお菓子だよ」
「和を感じるなら、この前あんみつ食べたじゃないの。もういいでしょ」

少女が自分の思い通りにならないと分かった途端、ちくちくとした言葉をもう一人の少女に刺してくるようになったのは、いつからだろうか。
無表情やからっぽの頃と比べると、少女は生来のわがままさを発揮し、嫌味ったらしい言葉を並べるようになった。感情が生まれてきたと思えば嬉しいことなのだが、なんだか複雑な気分になってしまう。
だがもう一人の少女は、それにもうすっかり慣れてきていたため、少女の言葉を聞こえないフリをして無視をし、キッチンで皿を洗い始めた。

「もー!また聞こえてないふりして!いいもん、お茶会の時間までここで寝てるから!」
「最近、不貞寝が多くないかい?」
「しらないっ」

少女はそう言いながら、ソファの上で毛布に包まり寝始める。
わがままだなあ、と思いながら、もう一人の少女はそれから少女に対して何も言わず、静かに家事をこなしていくのだった。


「……どうやら、本当に寝ちゃったみたいだね」

もう一人の少女は昼食をひとりで食べ終わり、一応少女に食べるかを聞こうとして毛布の中の彼女の顔を見た。寝息を立てながら、落ち着いた顔つきで寝ている。
起こすのも忍びないし、だいたいお茶会の時間までには起きてくるだろうから、ともう一人の少女は毛布を元に戻した。

「さて、静かなうちに作るかな……」

もう一人の少女はそう呟きながら、いつもお茶会をしている部屋へと入って行った。
アンティーク調のテーブルと椅子。内観はお伽話に出てきそうなもので、いつも食事をしている居間と比べると、不思議な雰囲気のある部屋になっている。
もう一人の少女は朝食を作るときのようにエプロンを付け、冷蔵庫や棚から材料を取って、台の上にそれらを並べた。
上新粉、白玉粉、砂糖、竹ぐし、その他にも使うものはたくさん。

今日もう一人の少女が作るお菓子は「お団子」だ。


材料を手でこねて混ぜ合わせながら、もう一人の少女は少女のことを考えていた。
二人だけしか食べないのだから、そんなに大量に作らなくてもいいだろう。いつもそう思っているのに、多めに作り、いろいろな味を作ってしまう自分がいる。
それは少女がどう変化していくのを、見ていたいからだった。最初に与えたロールケーキだってそうだ。食べた瞬間、先ほどまで存在しているだけのようだった少女が、胸が暖かい、と言い出したときのことを思い出す。あのとき、お茶会をして少女を見守ろうと決めたのだ。

それが最近は、少女に「おいしい」と言ってほしくて作るようになった。
食べることによって、少女の胸の中で何が起こるのか、からっぽの瓶にどんな感情が溜まっていくのか、などという大事なことを後回しにして、自分の気持ちを優先してお菓子を作ってしまっている。それを食べた少女が「おいしい」と言ったとき、思わず微笑んでしまうほど嬉しくなる。そんな自分に、もう一人の少女は驚いたのだ。
この想いを増幅させないよう、少女に日記を書かせて経過を見てはいるし、彼女が話す「胸の中の状態」を聞いた後、こっそりとメモをして日記の文章と照らし合わし、分析もしている。

もう一人の少女は、あくまで保護者、世話をする者、教育係のように、少女に接するつもりだった。それが勝手に生まれた想いによって書き換えられていき、彼女の何になりたいのか、を毎晩寝る前に考えていた。
答えは出ない、というよりも、出さなくていいのかもしれない。でも少しだけ、もう一人の少女には「欲」があるのだ。それは絶対にあの少女に、彼女以外の誰にも知られてはいけない。そういうものだった。

(まだ昨日のを引き摺っているなあ……。早く抑えないと、どんどん膨れ上がってしまう)

丸めた団子を茹で、茹で終わった団子を串に刺していきながら、もう一人の少女は冷静になろうとしていた。


もう一人の少女はテキパキとした動きで、みたらし、餡子、きな粉、三色団子の四種類の味を作り終え、キッチンの片付けも終わらせた。
そろそろ彼女も起きてくるだろう。ソファで眠る少女を呼びに行くため、扉を開けて居間の方へと向かった。

「おまたせ。起きてるかい?」
「ん〜……いまおきた……」
「またぐっすりだったね。もうお茶会の時間だよ」
「えっ、もう!?……でも今日は和なんでしょ……」
「ちゃんと美味しいから安心して。君もきっと満足すると思うよ」
「……じゃあたべる」

むっ、とした顔の少女を起き上がらせ、もう一人の少女は寝起きでふらついた足取りの少女を支えながら、お茶会の部屋へと二人で入って行った。
手を差し出したり、こんな風に支えたりと、行動が全部露骨だなあ、ともう一人の少女は自分に呆れながら思うのだった。


「で?今日のお菓子はなんなの?」
「ふふ、これだよ」
「こ、これって……お団子!?」

少女は先ほどまでの不満そうな顔から、一瞬で目をきらきらとさせて笑顔になった。みたらし団子の串を持ち、くるくると回して楽しそうな表情で見ている。

「私、本で見てから、お団子食べてみたかったの……!」
「そうだったのかい?知らなかったよ」
「言ってないから当たり前よ。というか、最初からお団子って言ってくれれば、ふて寝しないですんだのに」

そう言いながら、少女はみたらし団子を持ったまま椅子に座る。つやつやと輝いて並んでいる、三個の飴色のお団子を、少女はずっと見つめていた。

「食べていい?」
「どうぞ。その間に飲み物を用意してくるよ」

キッチンの方に向かったもう一人の少女を横目で見ながら、少女は団子のひとつを、期待と一緒に口の中へと運んだ。
甘いのにしょっぱい。それは少女にとって、初めての感覚だった。酸っぱさとはまた違い、しょっぱさは舌に直接味を塗り込んでいく。口に広がる甘さと、舌に刷り込まれるしょっぱさが合わさって、どんどん口の中は甘じょっぱくなっていった。

胸の中では、みたらし団子のタレのような、飴色をした雨が降り始めていた。その雫はとても甘そうな色をしているのに、舐めてみるとしょっぱい。
少女はそれに驚きつつも、クセになるそのしょっぱさを求めて、雫を胸の中の瓶に集め、手で掬って食べ始めた。少なくなっていくことなど考えず、目の前にある甘じょっぱさに、少女は気持ちを支配されていった。

「しょっぱいのに甘くて、それでおいしいって、なんだか変な感じ……」
「タレには醤油も入れてあるからね」
「醤油って……あなたがいつも目玉焼きにかけてる、アレ?」
「うん。お菓子は甘さだけじゃなくても、ちゃんと美味しいんだよ」

少女は、とにかくお菓子の甘さを求めていた。甘くない、甘さが少ないお菓子なんてお菓子じゃない、とずっと思っていた。
でも、このみたらし団子には普段の食事でも使う醤油が使われていた。それなのに、少女はおいしい、おいしい、とすっかり夢中になっていたのだ。
どこか悔しい気持ちになりながらも、少女は二つ目の団子を口に入れようとした。だが、三つ目の団子とぴったりとくっついてしまっていて、噛み切ろうとしてもなかなかできない。

「お団子、うまく食べられない……」
「固くなってくっついちゃったみたいだね。串から外してあげるから、ちょっと貸してくれないかい?」
「うん」

もう一人の少女は串から団子を外していき、団子は皿の上で白玉のようになっていった。
それを見て少女は、きっと団子も串でくっついたまま、仲良く食べられたかっただろうな、と寂しくなった。
思わず少女は立ち上がり、ゆっくりと歩いてもう一人の少女の横に行く。そして、もう一人の少女にぴったりとくっつくように、抱きついたのだ。

「……えっと、何をしてるんだい……?」
「……離れ離れになっちゃった、お団子の代わりにくっついてるの」
「そっか。……それで、どんな気持ちになった?」
「くっついてると、あったかいなあって」 
「…………そうだね」

持ってきた緑茶を飲みながら、感情を押し殺してもう一人の少女は相槌を打った。

この行為は少女にとって、団子の気持ちを感じるためのものだと分かっている。それでも、急に目の前の相手に抱きつくものなのだろうか。少女がたまにする行動は、博識なもう一人の少女をも悩ませる力をもっていた。

(でも僕と君は、この団子のように簡単に離れ離れにはならないよ。だって僕には…………永遠に君の傍にいるという、大きな欲があるから)

もう一人の少女は複雑な色をした眼差しで、抱きついている少女のことを見つめ続けていた。

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