【R-18】出会い系みたいな修習地に住んでる俺達はどうすりゃいいですか?

 世は大恋愛時代なのか。
 そう嘆かざるを得ないほど弊地修習生の浮つき方は尋常ではなかった。
 修習地カッポー8組(以上)、中には班内カッポー率7割超の班すらある。そして修習前に恋人がいなかった者や修習中に別れた者もマッチングアプリ等を活用して大半がパートナーを獲得するに至った。

 そんな中、修習地内恋愛に縁もゆかりもなかった限界独り身修習生が二人虚しく佇んでいる光景ほど虚しいものはない。
 何故恋愛なぞにうつつを抜かすことなく修習専念義務を全うしてきた模範修たる私達が虐げられ惨めな思いをして、かたや修習を出逢いの場として悪用してきた輩共が仕事もプライベートも充実させた人生の勝者の如く持て囃されるのか。
 この世界を正直者が馬鹿を見る世界にしてはいけない。
 近い将来、人権擁護を使命とする法曹になる我々こそがこの残酷な世界の不条理に抗わなければならない。
 邪悪なる運命と出逢いの場の僅少さのせいでこの30年弱もの間誰も見つけられなかった我々の真なる魅力を見つけて無償の愛を注いでくれる異性が地球上のどこかにはきっと存在しているはずなのだ。
 だからといって解散を間近に控えたこの状況で修習地内の異性にアプローチする度胸はない。引っ越すまでの期間の短さを考えると今からマッチングアプリを入れてマッチングを試みるのも得策ではなかろう。結婚相談所や婚活パーティーというのも結婚を漠然とした概念としか捉えられない我々にはやや窮屈が過ぎる。残念なことに合コンに誘ってもらえるような人脈も人望もない。
 となればいかなる手段が我々に残されているか。

      「そうだ、相席屋に行こう」

 それは、どちらが発した言葉かは分からない。
 ただ、我々二人はそこで「真実の愛」が見つかるという確信があったのだ。

 さて、ここで今回私と共に立ち上がってくれた心強い同志にして同期の修習生「つら」君について紹介しよう。
 名門高校を卒業後、銀座図書館をはじめ、あいかわたくみ氏や船匝氏等数多くの傑物を輩出した天下の京大法学部を出て京都大学法科大学院へ進学。生真面目な学習習慣のもと司法試験にもストレートで合格した秀才である。
 しかし、彼の本質はこういった表面的な経歴ではなくその複雑かつナイーブな内面にある。恋愛経験が乏しいこと等に起因する爆発的なコンプレックス・自虐心と遺伝子格差社会への憎悪を滾らせ、天皇とポル・ポトを信奉し極右と極左で高速反復横跳びをする狂気の持ち主にして生粋のカルトウォッチャーである。
 一方で、直接相見えた時の言動は極めて常識的かつ穏当である。その類稀なる傾聴力はプライドを持て余した自語り好きから無口でおとなしい人にまで相手どることができ、その教養の幅広さは対話相手を心地よくさせる。相手への共感や思いやりを欠かさず、けして他人の悪口を言わない優しい心の持ち主だ。
 あまりに過激なSNS上での言動とかけ離れた穏やかな人当たりを前にして、しばしば彼とエンカウントした人々は本当に同一人物が疑うほどである。
 外貌については、人畜無害な凛々しさを持っている青年というだけでは想像し難いだろうから、参考までに彼の事務所写真をAI芸能人診断に勝手にかけたものを掲載しておく。それ以上は読者の想像に委ねるほかあるまい。

なんだこの羨ましい結果。



 いざ相席屋に乗り込もうとしたわれわれだったが、一つあまりにも大きな壁が立ちはだかっていた。
 我々には異性とコミュニケーションを取る術がない。
 異性と食事にでも行こうものなら、前日は不安と興奮で眠れず、当日は異様に朝早くに覚醒し、約束の時間まで急な腹痛や弔事でドタキャンされないか疑心暗鬼になり、いざ食事中はまともに顔を合わせられず、話を盛り上げることも出来ないばかりか場を気まずくする失言を重ねてしまい、帰ってから独り布団にうずくまり脳内大反省会を開催するのが我々の特異な生態だ。
 無論同期修習生の中には異性の方々もいたが、彼女達とコミュニケーションを取ることができた(少なくともそのように思い込むことができた)のはひとえに仕事上の繋がりがあったからである。何の繋がりも関わりもない異性との交流の場に放たれた我々は猛々しい猛獣が跋扈する荒野に迷い込んだ子鹿の如く息を潜めプルプルと震えることしか出来ない。
 この状況を打破するにはどうすればいいか。
 そこで類稀なる知性を有する我々が導き出した答えは、「仮面(ペルソナ)を被ること」だ。
 すなわち、自らの素性を偽りその役柄を演じ切ることによって異性とのコミュニケーションを円滑にするという作戦だ。
 さらにこの作戦には大きなメリットがもう一つある。
 仮に我々が仮面を被った上でコミュニケーションに失敗し、対面異性からの軽蔑や沈黙による攻撃を受けようとも、それはあくまでも我々の「ペルソナ」に向けられたものであって、我々の真なる人格に向けられたものではなくなるのだ。
 端的に換言すれば、みじぽ(みじめポイントのこと、つら君のオリジナルワード)溜めずに済む。
 そうして長時間にわたる考察と議論の結果、2種類のペルソナを用意した。

ペルソナα:しがない塾講師
・新卒4〜5年目の大学受験予備校講師
・指導担当科目は国語
・二人は仕事の同僚という関係
・相席屋には仕事帰りに来た
・大学受験が一段落して今は落ち着いている
・教え子は有名大学に合格

ペルソナβ:人間の「成れ果て」
・無職、求職活動のためスーツを着ている
・反ワクチンを掲げており、マスク着用や体温計測を拒否し続けた結果会社をクビに
・二人が知り合ったきっかけはSNSの反ワクチンコミュニティ(オープンチャット)
・当然実家暮らし、生活資金は親の年金
・趣味はパチンコとソシャゲ、二人とも破産経験あり
・今日相席屋に来れたのはパチンコで勝ったから
・根っからの陰謀論者。世界はディープステートが支配しており、バイデンは不正選挙で大統領になり、世界は平面である。
・浪人時代に獲得した京大模試2位を生涯誇りに思っている
・ネットスラング多用
・一人称は「ボク」「ワイ」、両親のことはパパママ呼び

 「恋人(候補)を作る」という大義はどこへやら、最早我々の関心は「初対面の異性が最悪の部類だった場合、人はどのような反応を示すのか」ということにあった。
 これを見た読者諸君は愚かだと嘲笑うかもしれない、でもそんなもんじゃ憧れは止められねぇんだ。異性と仲睦まじい関係に至ることよりもずっと純粋で尊いものを我々は見据えていたのだ。
 ともあれ、この相席屋挑戦譚は始まる前から終わっていたのである。

 さて、3時間後の惨状など想像だにしていなかった我々は待ち受けているマーベラスでワンダフルな、ともあればエロティックかもしれない出逢いを夢想し心躍らせていた。
 しかし、ただ浮かれているだけの我々ではない。
 折角僅少な給付金からなけなしの金をはたいて行くからには最大の効用を発揮できるよう予習とリサーチを万全にした。この姿勢こそ長年の受験生活の賜物にほかならない。

 相席屋は大雑把に大手チェーン店とローカルな小規模店舗に分かれ、大手チェーン店は「相席屋」と「オリエンタルラウンジ」の2社が市場を席巻している。
 ローカルな小規模店舗は女性がサクラのことも多く、客の入りも不安定とのことで今回は大手チェーン店に絞ることとした。
 「相席屋」は居酒屋のような庶民感漂う装いで、比較的お手軽の価格で初めてでも入りやすい一方で「タダ酒・タダ飯」目当ての女性も多く、出逢いを求めるのは難しい。「オリエンタルラウンジ」はその名の通りホテルのラウンジのような高級感溢れる装いで、それなりの値段がかかりやや入る上でのハードルが高い一方、女性側もきちんと出逢いを求めて来ている客が多い。
 最近隣の「相席屋」がちょうどコロナ禍で閉店してしまったことや出逢いへの真摯さ等を総合考慮し、我々は「オリエンタルラウンジ」へと乗り込むことを決めた。

 オリエンタルラウンジでは店舗へのチェックインやメニューのオーダー、後述する「ローテーション」等に「SOLOTTE」というアプリが使われる。
(詳しく知りたい方は下記の記事を参照のこと)

 このアプリではほかにも、「同行者募集」という機能がある。
 オリエンタルラウンジに限らず相席屋には同性二人(以上)で入ることが基本的に必須だが、共に入る同志がいない場合に掲示板で募集することができるのだ(なお、つら君がかつて泥酔の挙句単身で相席屋に乗り込んで門前払いを食らった前日譚についてはまた別の機会に語られるであろう)。
 店に向かう最中興味本位でこの掲示板を見たのだが、まあ見るに堪えない。
 今や絶滅危惧種とされ国連憲章により丁重な保護が求められている女性読者の皆様、刮目せよ。これが相席屋に向かう男の実情である。

ここまであけすけなのは最早清々しさを覚える。
これに至っては同伴者募集すらしていないが、利用規約的にこのような利用も許されるのだろうか?

 ただ絶望すること勿れ。
 確かに相席屋には発情期の類人猿や胡散臭さ溢れるア◯ウェイマンが蔓延っているかもしれない。
 しかし、そこにはつら君や私のような清廉にして貞淑なジェントルメェンも確かに存在するのだ。

 さて、そんなチン列猥褻物を鑑賞している間に目的地へと到着した。

画質が悪いのはご勘弁を。
下の13:22というのは現在入店中の男性数:女性数を表している。女性数が多い今が「チャンス」ということだ。

 入店する前に松潤似の爽やかな青年から店のルールについての説明があった。曰く、10分ごとに料金が発生し遅い時間帯ほど費用が増えること、「ローテーション」(相席相手の異性の変更)は男女共に自由であり滞在中何度でも出来ること、「ローテーション」を希望する場合はアプリを操作するか店員に話しかけること、費用は後払い制であるとのことだった。
 正直なところ我々は彼の説明の半分も頭に入っていなかった。
 これからどんな女性が待ち受けているのか。
 ちゃんと話すことができるのか。
 気まずくなったらどうしようか。
 ペルソナを上手くかぶれるのか。
 とりとめもない不安と期待で窒息しそうだった。
 無駄に重厚感のある扉を開けたその瞬間、見慣れぬ光景が広がっていた。

公式ホームページより引用

 生命力をギラギラと滾らせるビジネスゴリラと自らの性的魅力を信じてやまない貴婦人の社交場という表現は些か嫌味を込めすぎただろうか。
 だが、男の性欲と女の物欲が複雑に絡み合い、そのアビスを覆い隠すかのようなラグジュアリーな内装はどこか現実感が欠けていた。

 さて、いよいよ相席女性との対面である。
 私とつら君は目を合わせて
「オペレーションαで行こう」
「了解」
 と短く合図をした。
 このようなやり取りにややくすぐったさを覚えるのは厨二心の残滓だろうか。

 そんな高揚感も束の間、席に案内された時私達2人は思わず凍りついた。

 シャンクスかLiSAでしか見たことがないような派手な赤髪、一昔前のスケバンを思わせるような顔立ち、やたらとゴツくメタリックな革ジャン&レザーパンツ、パッと見では数えきれないくらいの数のピアス、すでに積み重ねられていた煙草の山。

 降参。我々の負けだ。
 相席屋などという全く身の丈に合わないことをした我々が愚かだった。
 金もプライドも全部置いていく。
 だからどうか命だけは勘弁してほしい。
 救いを求めるかのようにつら君の方を向いたら、彼もまたこの世の終わりのような面持ちをしていた。
 ただ、すぐにローテーションを申し込めるほどの不躾さも度胸もない。
 どうしていいのか分からず子鹿二匹でただプルプルと震えていると、赤髪氏から
「お兄さんたち、こんばんは〜!さ、座って座って!」
と笑顔で出迎えられた。
 もしかして思ったより怖い人ではないのか?
 少しだけ生きる希望が湧いて来た。
 相席屋のソファはL字型の4人掛けで、男女が交互に座るようになっている。
 なので必然的に1人は女性の間に座らなければならない。
 つら君と私はまた顔を見合わせた。
 無論どうするか全く事前に打ち合わせていなかったのでどうすることも出来ず、結局痺れを切らした私が間の席に座ることにした。
 これはひとえに私の勇敢さから出た行動であって、女性に挟まれていい思いをしたいなどという下衆な下心は一切なかったことをここに明言しておく。賢明なる読者諸君はゆめゆめ勘違いしないように。
 赤髪氏にばかり気を取られていたが、もう御一方は至って非特徴的な外貌をしていた。髪こそやや明るめの茶髪でギャル風のメイクだったものの、服装は白のシャツにグレーのスーツ、やや大柄で女子会を取り仕切るドンといったような印象を受けた(失礼)。
 さて、ここで底意地の悪い者は我々が彼女達の前でいかなる失態を犯し、どのように場の雰囲気が凍りついたかが語られることを心待ちにしているかもしれない。
 残念ながらその期待には応えられない。
 驚くべきことに、彼女達との間では大いに話が盛り上がったのだ。
 話題は尽きることなく、彼女達が勤務するコールセンターに生息する妖怪お局やモンスタークレーマー、つら君の趣味であるYouTubeの自然サバイバル動画、赤髪氏が捨て猫一家を丸ごと拾って友人らの協力を得ながら育て上げている感動エピソード、私達2人の講師にとって教え子が受かった時の感慨が何物にも変え難いこと(大嘘)など、非常に多岐にわたった。
 無論これは少年漫画の主人公が如く我々二人のコミュニケーション能力が土壇場で突然覚醒したわけではない。
 ただ、女性達のトーク力が余りにも優れていたことによるところが大きい、というかそれに尽きる。
 大胆でいて不快感を全く感じさせない距離の詰め方、お酒や食べ物がなくなりそうになったらすかさずタブレットを差し出して「何か頼まなくて大丈夫?」と聞く気遣い、先輩のことをイジりつつもリスペクトしていることが窺える茶髪氏の合いの手、そして赤髪氏のボケツッコミ兼ね備えた圧倒的場回し力____その全てが洗練されていて、どこか美しさを感じるほどだった。
 彼女達は客を楽しませることに特化したサクラだと後で種明かしされるのではないかとすら思っていた。
 ふと気がつけば1時間半強経っていた。
 このまま彼女達と話し続けて終わるのも良かったかもしれない。
 しかし、それでは我々の本件における目的は果たせなくなってしまう。
 罪悪感でいっぱいになりながらも私はどうにかタイミングを見繕ってお手洗いに行くフリをしてボーイに「ローテーション」の発動をお願いした。
 それから間も無く、ボーイが我々の卓にまで「交代のお時間です」と告げに来た。
 我々は席を立ち、彼女達に別れを告げた。
 その時のやや呆気に取られたような彼女達の表情は未だに忘れられない。
 今思えば彼女達こそ、ネット上の幻想と謳われている「オタクに優しいギャル」に違いなかった。
 オタクはギャルに優しさを求めるより前に、自分達がギャルを外見で判断したり「どうせあいつらなんて」と拒絶したりすることをやめるべきではなかろうか。
 思いがけず「オタクに優しいギャル」論に問題提起することになったが、ともあれ人を外見から判断することの愚かさが身に染みる経験だった。

 ともあれ2組目である。
 こちらでも「こんばんは〜」と愛想よく出迎えていただいた。
 1人は病院の事務として働いており、バービーと元々カノを足して2で割ったような外見、積極的に話すがなかなか自分語りがアグレッシブなタイプだった(自語り氏)。
 もう1人は工場勤務で、クラスで3、4番目の美女でオタクにもワンチャンあると思われているがちゃんとイケメンの彼氏がいそうな外見、話しかけられない限りうんともさんとも言わないおとなしいタイプだった(沈黙氏)。

 先程の2人との決定的な違いは女性達の間の距離感だ。
 どうやら2人は街コンで知り合い、女性同士だったものの男性を置き去りにしてその場で意気投合し仲良くなった友達とのことだった(自語り氏談)。
 しかし、失礼を百も承知で畢竟独自の見解を述べると、どう見ても彼女達は「仲良くなった友達」に見えなかった。
「今日もいきなりで迷惑かな?と思ったんだけど、沈黙ちゃんに声かけたらめっちゃ行きたい!っていってくれて〜、ね?」
と自語り氏が申し向けると、沈黙氏はぎこちない引き攣り笑顔で
「うん」
と言い、
「私達全然職場とかで出逢いなくて〜、是非ここで素敵な出会いがあったらなあって思って来たんです〜、ね?」
と自語り氏が申し向けると、沈黙氏はこれまたぎこちない引き攣り笑顔で
「うん」
と言う。
 ペッパー君ですらもうちょい話広げるぞと思っていたが、ひたすら喋る自語り氏と全く喋らない沈黙氏はある意味で凹凸噛み合ったコンビだったのかもしれない。

 なお、つら君と事前に打ち合わせした通り、今回はオペレーションαもβもとらず、素の経歴で臨んだ。
 そのお陰からか分からないが、私達が司法修習生という身分について説明し、来月には(試験に受かっていれば)弁護士になることを伝えてから、自語り氏の前のめり度がさらに上がったように思う。
 そして、会話(8割は自語り氏の自語り)の最中、自語り氏の提案のもと、LINE交換をすることとなった。
 たとえどのようなシーンであっても、我々陰の者とって異性にLINEを聞かれるのはこの上なく嬉しいものである。たとえそれがバッジモテに過ぎないものだとしてもだ。
 とりわけ大学1年の新歓コンパ時に初めて異性にLINEを聞かれたものの、慌ててLINEを開いたところ直前まで鑑賞していたグラビア記事がデカデカと表示されて余りの気まずさに絶命したことのある私にとってそれは天恵だったのである。
 そんなこんなで常にぎこちなさを抱えていたもののどうにか2組目の相席も無事終了した。経過時間としては大体1時間程度だったであろうか。
 実はこの後自語り氏のライン内容が私とつら君の間で異なったことが原因で我々の尊い友情にヒビが入りかけた後日譚があるが、それはまた別の機会に語られるであろう。

 さて、もうそれなりにいい時間が経っている。
 予定通り進めるとすると、次の3組目でオペレーションβを発動することになる。
 本当に自分にそれが出来るのか。
 もう十分相席屋なるものを満喫したのであるからここで引き上げるというのもアリなのではないか。
 これ以上滞在すると出費も馬鹿にならないのではないか。
 情けのないことに既に一定の充足感を得ていた私は、オペレーションβの実行に二の足を踏んでいた。
 なのでつら君に決断を委ねることにした。
「この後どうする?俺としてはどっちでもいいんだけど、3組目行くか、ここで帰るか。別に結構もう楽しめたしそれなりにいい値段いってるとおもうからここで帰るのもアリだと思うし、折角だし反ワクやりたいってのもつら君がやりたいならいいと思う。俺は本当にどっちでも大丈夫」
と明らかに片方に誘導するように尋ねたところ、つら君は私の意向など全く気に介せず
「折角なら(反ワク)やって帰りたいですね〜」
と呑気に残酷な判決を下した。
 私の小細工なんかじゃ、つら君の「憧れ」は止められなかった。
 ええいままよ。
 ここまで来たら乗り掛かった泥舟。
 憧れを抱いて溺死するのも悪くない。

 我々は、遂に3組目の元へと案内された。
 よりによって次の2人は「いかにもなギャル」だった。私はゆきぽよとみちょぱの顔を全く覚えられないので、彼女達こそがゆきぽよとみちょぱですと言われたら納得してしまうだろう。
 だが、見た目だけで判断することの愚かさは先程学んだばかりである。
 もしかすると彼女達こそ「反ワクに優しいギャル」かもしれない。
 我々の異様なオーラを感じ取ってか、ギャルズが席を詰めて男女交互着席パターンを崩したことも目に入らなかったことにする。
 今までと異なり塩対応から入ったので我々の方から「どうも〜盛り上がってますか〜?」と陽気な挨拶でジャブを打つこととした。
「はあ……どうも……」
 おいおい初っ端からそんなテンション下げるなよ、ここから先は地獄だぞ?ついてこれるか?
「お姉さん達どういう関係なの?」
「会社の同期で……」
「え、働いてるの⁉️偉いね〜ワイら無職だよ、ガハハ!今スーツ着て転職活動中」
「ぼくのことをクビにしたあのクソ上司、許せるわけないだろ‼️」
「え、クビ……?」
「いやさあ、なんか会社がワクチン打てってうるさいからさあ、ワイはそれは強要罪にあたるから警察呼ぶぞって言ってやったの。そしたらなんかババアが発狂して揉めちゃってさあ」
「コロナウィルスって嘘だからね?」
「そういえば今度の子供に対するワクチン禁止のデモかなり人集まるらしいよ、テンションぶちあげ丸〜!」
 その後もつら君と私はところどころギャルを意識しながらあることないこと、否、ないことないこと喚きたててその度にみちょぱとゆきぽよの顰蹙を箱買いしていた。

「え、何なの?そういう設定?」

 それは突如繰り出されたクリティカルカウンター。
「だって君、ずっとちゃんとマスクしてるじゃん」
 そう言ってみちょぱ(ゆきぽよ)はつら君に顔を向けた。
 そう、つら君は本来清潔感への気配りが人一倍強く、消毒用アルコールを常備するほどだった。
 ここにきて本来美徳であるはずのつら君の本来の清潔への気配りが裏目に出てしまった。
 みちょぱ(ゆきぽよ)からなされたツッコミのあまりの切れ味と鋭さに我々はしばし絶句する。
 ダメだ、ここで俺が折れたら「負け」だ。

 心をもやしぇ❗️魂をもやしぇ‼️

 そう心の中で叫んで私は己を奮い立たせた。
 あのもやしに埋め尽くされた屈辱と忍耐の日々に比べればこの場限りの羞恥など取るに足らないものだ(何のことか分からない人は前々記事及び前記事を参照のこと)。
 わたしはすうっと大きく息を吸い込んで一気に捲し立てた。
「いやそれはそれが店のルールだから仕方なくつら君は従ってるんだよ。ワイは無視してっし。てか君達知らないの?コロナワクチンを打った直後の死亡率は通常の37倍っていう異常な数値を示してるんだよ?政府はワクチン接種によって日本の人口を減らそうとしてるんだ。今行われているのは世界政府による人間の『選別』なんだ」
 1から100まで出まかせだが、アドリブでこんな出まかせが捻り出る自分がどこか空恐ろしい。
 もしかすると、土壇場に少年漫画の主人公が如く私の中に眠っていた反ワクの才能が開花したのだろうか。そんな才能、いらんわい。
 窮地を乗り越えた我々はその後も陰謀論を力説し続けた。
 いつの間にかゆきぽよ(みちょぱ)はどこかにいなくなっていた。
 みちょぱ(ゆきぽよ)からは相変わらず
「いや、Twitterに流されすぎでしょ」
「ちゃんと自分の頭で考えてるの?」
等相変わらず鋭いツッコミがなされていた。
 まだまだ日本の未来は明るい。

 どういった流れだったかは覚えていないが、将来の夢の話になった。
 無論我々は政府によるワクチン接種の中止という大義を掲げ、鼻で笑われた。
 お返しとばかりみちょぱ(ゆきぽよ)の夢を尋ねたところ、自分で稼いでタワマンに住むことらしい。
 そんな野心を持ちながら相席屋に来て異性の財布で食事や娯楽を賄っている重大な矛盾を指摘し、真なるジェンダー平等とは何かについて小一時間ほど説諭をかましたくなったが、どうにか堪えて「6秒間で怒りは収まる」というアンガーマネジメントを実践し、それでも収まらなかった怒りが荒々しい鼻息となって「フヌンンンンーーーッ!!!」と吹き出たが、それを目の当たりにしたゆきぽよ(みちょぱ)のドン引きフェイスを見てようやく溜飲が下がった。またつまらぬ者に勝ってしまった。
 それから間も無く、ボーイが訪れて「交代です」と彼女達を連れて行ってしまった。
 時間にしてみるとたった20分弱程度だったにもかかわらず、3組の中で最も長く感じ、最も疲労した。
 いや、彼女達こそ最悪の狂人の相手をやらされて災難だったに違いないのだが。
 立ち去っていくギャルズを傍目につら君が
「行っちゃいましたね……」
と儚げに呟いた。

 いや何故そこでやたらと物悲しそうな顔をする?
 これは、お前が始めた物語だろ?

 そうがなり立てたくなかったが、その気力はとうに尽きていた。
 我々は目的を達成した充足感とそれとは裏腹の虚無感を抱えながらそれぞれ帰路へと就いた。

 さて、今回の経験から得られる教訓はいかなるものだっただろうか?
 我々はペルソナαとペルソナβを用いてコミュニケーションを試みた。
 ペルソナαでのコミュニケーションは充足感をもたらし、ペルソナβでのコミュニケーションは自己否定に陥りみしぽを溜め込んだ。
 どちらも我々の真なる人格ではないにもかかわらずこのような感覚を抱くのは不思議かもしれない。
 しかし、ペルソナが私達から生まれている以上、それがどんなに奇妙な形に作られていたとしても私達の人格の一部なのであり、私達はペルソナが傷つけられた時の痛みを感じざるを得ないのである。
 ペルソナは、その相手との関係においては、本物なのだ。
 そのことを学べただけでも今回の我々の試みに一定の意義があったのではなかろうか。

 最後に、司法試験に受かればモテるのか?という問いに一つの答えを出しておこうと思う。
 結論としては、
「司法試験に受かれば、(反ワクチンを掲げており、マスク着用や体温計測を拒否し続けた結果会社をクビになり、SNSの反ワクチンコミュニティ(オープンチャット)に参加し、実家暮らしで生活資金は親の年金、趣味はパチンコとソシャゲ、破産経験ありの根っからの陰謀論者で、浪人時代に獲得した京大模試2位を生涯誇りに思い、ネットスラングを多用し、一人称は「ボク」「ワイ」、両親のことはパパママ呼びをする人間よりは)モテる」

世の中、そう甘くない。

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