
はたらける美術館に聞く、アートがビジネスにもたらす“見出す力”とは
GOB Incubation Partnersでは、社内での事業育成を経て独立創業するEIRという手法を取り入れた独自の育成スキームのもと、さまざまなスタートアップの育成を行っています。今回は、その1つ、「はたらける美術館」事業責任者で館長の東里雅海(あいざと・まさみ)に話を聞きました。
注目を集める「アート×ビジネス」領域
イノベーション手法としての「アート思考」が注目を集めるなど、最近、アートがもたらす感性や直感の重要性が再認識されています。そんなアートが持つ力を企業やビジネスマンに届けようと事業を展開しているのが「はたらける美術館」です。
はたらける美術館は、アート鑑賞ができるワークスペースとして、西新宿に居を構えています。

「はたらける美術館は、オフィススペースとアートスペースを1つにして、それぞれの課題を解決する場です」
はたらける美術館館長で事業責任者の東里雅海(あいざと・まさみ)はこう語ります。

「多くのビジネスマンは、人とは違ったクリエイティブでユニークなアウトプットを求められます。一方で、同じ職場、環境にいながら異なるアウトプットを生み出すのは難しいと思うんです」
「見出す力」──アートがビジネスにもたらす効用
続けて、東里さんはアートがビジネスマンや企業にもたらす価値を語ります。

「よく言われる話で、これからはAIやデジタル技術の発達により、単純作業や既存の仕事が減っていく。そこで、『クリエイティビティを持たなきゃ』『自分にしかできないことを見つけないと』という漠然とした不安感にとらわれている人も多いのではないでしょうか。
そんな課題感に対する1つの答えが、アートの持つ『見出す力』だと考えています」
「スペインにあるラスコーの洞窟に壁画が描かれたのは2万年前。最近では、6万年以上前の壁画も発見されています。これらの事実を見ても、アートが人間にとって時代を超えた普遍的な価値を持っていることがわかると思います。
アート作品という『正解のないもの』と触れ合うことで、変わりゆく社会の中でも自分の中に変わらない軸を持つこと。それを私は『見出す力』と呼んでいます」
ハードとソフト、両面からアートの価値を届ける
現在、はたらける美術館はワークスペースを起点に、「ART for BIZ(アートフォービズ)」というビジネスマンや企業向けのサービスも展開しています。
創業当初は、“アートをゆっくり楽しめるプライベート空間”というコンセプトでスペースをオープンしたはたらける美術館ですが、その中である違和感を感じたと言います。
「継続的に利用してくれたのは一部の美術好きな人たちだけ。多くは、単発利用で、SNSに投稿して終わりでした。アートは受け取り手によってインテリアにもなってしまうものです。ただ飾るだけ、オフィスにあるだけでは、アートが発するメッセージを受け取れないと気づいたんです。そこで事業を再設計する際に大切にしたのが『いかにアートと触れ合った感覚を持ち帰ってもらえるか』でした」
そこで生まれたサービスが「対話型鑑賞」を提供するプログラム「ART for BIZ」でした。
「対話型鑑賞は、ニューヨーク近代美術館(MOMA)で開発されたアートの鑑賞法で、アメリカでは子どもの創造性や対話能力向上を目的に学校や美術館が導入しています。
これは、作者や作品の意味など、美術の知識をベースに作品を観るのではなく、作品を観た時の感想や、湧き出すイメージなどをグループやファシリテーターと対話しながら鑑賞を行うものです。『ART for BIZ』はそれを日本のビジネスマン向けにアレンジしたプログラムです」
重い会議を、鑑賞を通じた共体験が変える

Art for BIZはまず、特定の絵画を各々好きな見方で鑑賞します。その後、ファシリテーターからの問いかけに答える形で、絵から感じるイメージを言葉にします。その後、グループ内の他の参加者や過去にどんな感想があったかなどを共有することで、他者と自分の見方の違いを楽しむことができます。
もちろん、それぞれの絵には描かれた背景や作者の思い、意図はありますが、Art for BIZでは「アートに正解はない」ことを前提にしています。
「最初に絵のタイトルを言うと、皆そのタイトルを絵の中から見つけようとします。だからこそ、まずは、イメージや感じたことを起点に、他の人の視点、作者の視点を交えながら、自分の視点を相対的に眺めてみる。そういうプログラムづくりをしています」

「ある漫画家の方がお1人で利用した際は、Art for BIZを受けたことで、いつもより筆が乗ったと教えてくれました。アートの持つ非日常的な刺激やインプットが脳を活性化するのでしょう。また、プログラムを通して内省が促され、自分の中にある深い疑問に向き合うきっかけを作ることもできます。
また、社内の重めの会議や、お客さんとの営業の場に利用する人もいます。アートについて話し合うという、目的的でない言葉を交わすことで、より親密になれたり、正解のない問いを通じた対話で、意見が出やすい場作りができたりといった効果があります。

アートを通じて共体験をすることで一体感が生まれるんです。今の社会では仕事上、ロジックとかではなく、感性でお話しできる相手っていうのが、求められています。だから、ここでの話し合いが、価値のあるコミュニケーションになって、よりよい改善につながっています」
日本のアート市場はわずか3000億、画廊やアーティストと手を組み、市場拡大を狙う
はたらける美術館の取り組みは、画廊やアーティストなどのサプライヤー側にも好意的に受け止められています。
「世界のアート市場は約6兆円〜7兆円程度。それに対して、日本はたった3000億円程度。はたらける美術館がアートの価値を提供しているのは、ビジネスマンなどのこれまでアートに触れていない人たちなので、従来の市場を広げる取り組みと言えます。ですから、画廊やギャラリーも競合ではないんです」
ちなみに、はたらける美術館が画廊からレンタルして飾っている絵は購入も可能で、これまでに7枚ほどの絵が売れたそう。購入者のほとんどが、絵を初めて買った人であるということからも、市場拡大の動きを担っていることがわかります。
また、アート業界ならではの慣習やルールに縛られない立場で動けることの利点もあると言います。
「アート業界は品格を大事にします。よって、『作家や画廊が作品の全てを説明するのは底が浅い』見られてしまう向きがあります。作品を知ってもらいたいけど、品格は落とせないというトレードオフを抱えている中で、私たちがアートの価値を伝達する役割を代替できると考えています」
目指すはアート業界のプラットフォーマー
「まだまだアートに価値を感じられない人、実感を持てない人は多いでしょう。アートの素晴らしさを掲げるだけではなく、我々がその機会や見方を提供していきたいです。
今後は、画廊や美術館といったアート空間の提供者、作家やコレクターなどの作品提供者と従来のアート好きを超えたビジネスマン、企業などをつなぐプラットフォーマーを目指しています」
はたらける美術館が、画廊とユーザーをつなぐ存在になっている姿が楽しみです。
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