優れた起業家の思考を体系化「エフェクチュエーション」とは
優れた起業家や経営者の思考法や意思決定のプロセスには、一定の共通項があることは、多くの人にとってそれほど違和感はないでしょう。そうした起業家たちの発言や考え方を見聞きすれば、言葉は違えど、近いニュアンスを感じ取ることができるはずです。
そしてこういった考え方や意思決定の方法は、これまで、ある種彼らが先天的に持っていた“才能”のように語られることが多かったかもしれません。
しかし近年では、彼らの考え方も、他のあらゆる技術と同様に、後天的に誰もが学べるものであるといった研究成果も出てきています。これをまとめたのが「エフェクチュエーション」という概念です。
起業家たちの思考プロセスを体系化、「エフェクチュエーション」とは?
「エフェクチュエーション」は、優れた起業家が実践している意思決定プロセスや思考を体系化した理論を指します。
インド人経営学者のサラス・サラスバシー氏は、優れた起業家が、産業や地域、時代に関わらず、共通の理論や思考プロセスを活用していることに着目。それを研究し、誰もが後天的に学習可能な理論として体系化しました。
サラスバシー氏は27人の起業家(米国の起業家リストから「創業者・起業家として フルタイムで10年以上働き、最低でも1社を株式公開した人物を選出)に対してスタートアップが直面する典型的な10の意思決定課題への回答を求め、その思考内容を分析しました。
その結果、優れた起業家は、スタートアップという不確実性が極めて高い環境下で、問題解決のために共通の論理や思考プロセスを活用していることを発見しました(*1,2)。
エフェクチュエーションの5つの行動原則
研究から、サラスバシー氏がまとめた5つの行動原則がこちらです(*3)。
1:「手中の鳥」 の原則
これは、目的を起点にそれを達成する新しい方法を考える(目的主導:goal driven)のではなく、手元にある既存の手段を起点に新しいものを作ろうとする(手段主導:mean driven)考え方です。
スタートアップのように極めて不確実性が高く次々に変化する環境下では、誰が自社のターゲット顧客になりうるかを予測するのは簡単ではありません。顧客とは、実際に誰かが製品を購入した後に、事後的に定義されるものだとも考えられます。同様に目標や目的も、環境の変化や時間の経過と共に形を変えたり、あるいは偶然に見つかったりするものだと考えられるでしょう。
そうした中では、自らが
誰なのか(アイデンティティ、選好、能力)
何を知っているのか(教育、訓練、経験から得た知識)
誰を知っているのか(社会的ネットワーク)
など、手元にあるリソースを使って「何ができるか」を模索することが重要なのです。
例えば、
自分は〇〇という事業領域に興味がある
前職の経験から自分は〇〇を知っている
自分の知人には〇〇というニーズを持っている人が多い
「だから、〇〇という事業をやろう」といった具合です(*4,5)。
2:「許容可能な損失」 の原則
第2の原則は、プロジェクトから期待できる利益を計算して投資(期待利益の最大化)するのではなく、どこまで損失を許容できるか(損失の最小化)に基づいてコミットメントを決めることです。
これまで、新規事業の立ち上げという不確実性が高い挑戦をしている起業家は高いリスク選好を持つ人が多い、というステレオタイプな見方が一般的でした。しかし、研究によって明らかになったのは、むしろ彼らはリスクを回避する傾向にあるという全く逆の姿だったのです(*6,7)。
3:「クレイジーキルト」 の原則
起業家は、自社に対してコミットする意思を持っているすべての人々とパートナーシップを持とうとします。
エフェクチュエーションの対となる「コーゼーション」の考え方では、プロダクトを市場に送り出す時に既存の事業者との差別化を図ろうとしますが、エフェクチュエーションの考え方では、関わる人はすべてパートナーであり、それをどのように活用できるかを考えます。競合すらパートナーであるため、競合分析は意味を持ちません。
また企業の目的は、経営に参画するメンバーが決めるもので、その逆ではないという立場をとります(*8,9)。
4:「レモネード」 の原則
「粗悪なレモンを避ける」のではなく、 「粗悪品ならそれをレモネードにしてしまおう(When life gives you lemons, make lemonade)」と発想を転換すること、つまり不確実な状況を避けて、克服、適応するのではなく、むしろ予期せぬ事態をテコとして活用しようとする柔軟性に長けています。
エフェクチュアルな起業家は、不確実性や偶発性を、不利な要素ではなく、あくまでもリソースだと捉えているのです。
例えば米国に本社を構える3Mの研究員だったアート・フライは、もともと強力な接着剤の開発を目指して研究をしていましたが、出来上がったのは、簡単に接着できるもののすぐ剥がれてしまう失敗作でした。しかしそれをどうにかして活かせないかと考えた彼は、試行錯誤を重ねて、讃美歌のしおりにすることを思いつきました。それが、現在のポストイットの原型となっています(*10,11)。
5:「飛行機のパイロット」 の原則
ここまで見てきた通りエフェクチュアルな起業家は、予測によって不確実性を減らすのではなく、自らコントロールできる活動に集中しようとします。
社会のトレンドのような、自分でコントロールできない外的要因による失敗を回避するのではなく、事業の最も根本的な原動力である周りの人間に働きかけることで、望ましい未来をつくり出そうとするのです(*12,13)。
エフェクチュエーションvsコーゼーション
エフェクチュエーションと対をなす考え方が「コーゼーション」です。前者は手段を前提とした考え方、後者は目的をベースにした考え方をします。
サラスの研究によると、優れた起業家の89%がエフェクチュエーションの理論を実践していた一方で、反対に経験の浅い起業家は81%がコーゼーション的なアプローチを選んだと言います(*14)。
エフェクチュエーションとコーゼーションの思考プロセスの違い
しかし、これはエフェクチュエーションの方がコーゼーションよりも理論として優れているというわけではありません。
サラス自身、イノベーションには両方の思考プロセスを効果的に活用することが重要だと説明しています。
例えば、両者を活用すべきケースを、不確実性の種類で分けてみることができます。米経済学者のF.H.ナイトは、不確実性を次の3類型に分類しましたが、このうち第1、第2の不確実性にはコーゼーション的アプローチが、第3の不確実性にはエフェクチュエーション的アプローチが有効となります(*15)。
不確実性の3類型
第1の不確実性
概要:結果はわからないが、事象が発生する確率分布はわかる
例:くじ引きで、中には「当たり」 の赤玉が3個、「外れ」の白玉が7個入っていることが事前にわかっている場合
アプローチ:コーゼーション的アプローチが可能。しかし実際のビジネスの現場においては、発生しにくい状況
第2の不確実性
概要:結果がわからないだけでなく、事象が発生する確率分布もわからない
例:赤と白の玉がそれぞれ何個ずつ入っているかか、事前にはわからない場合
アプローチ:コーゼーション的アプローチが可能。マーケティングリサーチや統計分析を繰り返すことで、個別には不確実でも大数法則的に数量表現できる
第3の不確実性
概要:結果がわからず、事象が発生する確率分布もわからない。さらにこの確立分布を不変のものと仮定してよいかどうかもわからない
例:玉を取り出すにしても、そもそも赤玉(当たり)が入っているのかさえわからない場合
アプローチ:計測不可能であり、エフェクチュエーション的アプローチが必要
新規事業や新製品の開発といった新市場を創造、開拓しようとする試みの多くは、その確率を計算したり、過去の似たケースを分析したりしたところで、成功確率を正確に判断することは簡単ではありません。そういった場面では、エフェクチュエーションの考え方が効果的だと言えるでしょう。
コラム:マーケティング視点で見るエフェクチュエーションとコーゼーション
エフェクチュエーションとコーゼーションの考え方では、それぞれあるべきマーケティング戦略にも違いが生じます(*16)。
コーゼーションに基づく伝統的なマーケティングの考え方では、プロダクトを市場に投入する前に、そのターゲットとセグメントを特定するために市場を定義することから始めます。
定義した市場をリサーチし、その情報をもとに、顧客を年齢や性別、地理、趣味嗜好などでセグメントに分けて、さらに細分化した情報を収集していきます。その後、市場規模やスケーラビリティを考慮した上で、リスクとリターンを評価。そうした流れを経て、いわゆる4P(商品、価格、流通チャネル、プロモーション)を決めます。
一方で、目的主導ではなく手段主導であるエフェクチュエーションにおいては、プロダクトを売るという目的から、逆算的に市場を定義したり、ターゲットを決定したりはしません。上述の「クレイジーキルト」の原則でも見た通り、自分たちにコミットする意思のある関与者に積極的に交渉し、巻き込んでいくことを重視します。
新規事業開発におけるエフェクチュエーションとコーゼーションの活用:GOBの事例
私たちGOB Incubation Partnersが提供する新規事業開発においても、エフェクチュエーションとコーゼーションの2つのアプローチを組み合わせています。
一般的に不確実性が高いとされる新規事業の立ち上げですが、GOBではそこに一定の型を見出し、それをもとにした“失敗確率を下げた”事業立ち上げを推進しています。MVP策定や価値検証、収益性の検証といった一定のプロセスを踏むことは、コーゼーション的アプローチと言えるでしょう。
一方でそれぞれの事業に起業家やイントレプレナーが込める思い、本質価値は全く異なります。そうした思いや感性を損なわずに事業として成立させていくには、こうした定型的なアプローチとは別の角度からのサポートも重要です。
例えばGOBでは、事業開発経験者との継続的なメンタリングを設定。これにより、やってみなければわからないことなど、事業開発の勘どころ、すなわちエフェクチュエーション的側面をカバーしています。
エフェクチュエーションとコーゼーション、その両面を適切に組み合わせることで、はじめて効果的な事業開発が可能になるのです。