
「闇研」ならビジョンに基づく新規事業開発が可能に
「闇研(やみけん)」──。
それは業務として正式には認められていない「非公式の事業企画や研究開発」を「業務時間外」に行う活動を指します。日本国内では30年以上の歴史を持ち、「Gショック」「ASIMO」なども闇研を通じて生まれた製品と言われています。
闇研は非公式かつ業務時間外ゆえに、社内の環境や既存のリソース、予算に依存せず、ビジョンに基づいて事業開発できるシステムです。そのため、特に新規事業開発の初期に有効と考えられます。
闇研から生まれたとされるプロダクト
高級志向ウォークマン®︎「NW-WM1Z」(本田技研工業、2016年発売)

30万円という価格でありながら計画比1.8倍も売り上げをあげた高級志向のウォークマンWM1シリーズ「NW-WM1Z」。ウォークマン音質設計担当の佐藤浩朗氏が、社内で「アンプ部」を結成し、ウォークマンの音を少しでも良くしようと改造をし始めたところから生まれたと言われています(*1)。
コンピュータ将棋ソフト「ボンクラーズ」(伊藤英樹氏、富士通研究所)

「ボンクラーズ」は第21回世界コンピューター将棋選手権優勝などの実績を持つ将棋プログラムです。
富士通社員の伊藤英樹氏が、本業が忙しくない時に趣味で開発を始めたことが開発のきっかけでした。富士通主催のコンピュータ将棋の大会に定期的に出場するうちに、社内報でも取り上げられるようになり、最終的には富士通研究所で正式なプロジェクトとして採択されました(*2)。
「Gショック」(カシオ計算機、1983年発売)

「10mの高さから落としても壊れない、とにかく丈夫な時計を作りたい」と考えた技術者たちが「丈夫なだけで売れるかわからないものに会社が予算を出すはずがない」と考え、闇研で製品開発をスタートしました。Gショックは、その圧倒的な丈夫さゆえにアメリカ海軍の御用達になり、映画「スピード」でキアヌリーブスが使用していたことから、一般層にも浸透していきました(*3)。
デジタルカメラ「QV-10」(カシオ計算機、1995年発売)

「QV-10」は撮影画像をその場で確認できる液晶パネル付きのデジタルカメラです。
カシオは、QV-10発売以前の1987年に電子スチルカメラを発売しましたが、月産1万台の目標には遠く及ばず。これにより社内では「デジタルカメラの開発など持ってのほか」という空気が社内にできていたと言います。それでも、開発者の末高弘之氏は諦めず、終業後に研究開発をしたり、他メンバーと勉強会を開催したりと研究を継続したことがQV-10の成功につながったのです(*4,5)。
二足歩行ロボット「ASIMO」(本田技研工業、2000年発表)

ホンダが開発した二足歩行ロボット「ASIMO」の開発でも闇研が活用されたと言われています。
1989年に入社した竹中透氏は、ASIMOの開発にあたり、足にゴムの柱を入れたり、足の裏を柔らかくしたりすることで、衝撃に耐える仕組みを提案していました。しかし、足の裏を柔らかくすると倒れやすくなる、というそれまでの常識から、周囲の開発者からは反発を受け、その後ホンダは脚ではなく腕の開発をメンバー全員で進めると決定します。
しかし上述の脚の設計を諦めきれなかった竹中氏は隠れて脚の開発を続行。この研究が当時の社長の目にとまり、正式に開発を進める許可がおりたのです。現在では、この技術がオートバイの姿勢制御に使われるなど、発展を見せています(*6)。
闇研を活用するメリットとは?
闇研を活用した新規事業開発には大きく次の2つのメリットが考えられます。
1:ゼロベースで事業を考えられる
企業規模が大きいほど、既存の生産体制や営業ルートなどのアセットに基づいた事業開発をする傾向にあります。そのため、新しい生産工程やノウハウを必要とする事業提案は採択されにくくなってしまうことがあるのです。
既存のアセットを活かせない事業開発では、その拡大に時間が掛かってしまうものですが、新技術の登場やそれに伴う人々の行動の変化に合わせて、「イノベーションのジレンマ」に陥らずに新たな事業を立案することも重要でしょう。
例えばパナソニック社内の有志の女性メンバーでスタートしたプロジェクト「MonStyle」では、さまざまなアイデア検討を経て、忙しい主婦に向けてブラウスの洗浄やスーツのしみとり機能などを持った洗濯機を社内で提案しました。
もともと同プロジェクトは洗濯機の企画・開発部門を中心に編成されましたが、縦洗やドラム洗といった既存の洗濯機の生産工程に収まらない商品の企画を進めることは難しく、また洗濯機のような特に大型商品は投資コストが高いため、当初は事業化が極めて困難だと言われていたと言います(*7)。
2:アイデアの保護と意思決定のスピードを両立できる
また、闇研は業務外の活動のため、正式な事業化まで、社内の承認プロセスに審査される必要がありません。そのため、自分たちの意思決定をすぐに開発に反映でき、アイデアを守りつつ、スピーディーな事業開発ができるというメリットもあります。
もちろん、他者からアイデアを評価、意見してもらうことも重要です。闇研では、意見の多様性が失われてしまうのではないかとの懸念もあるかもしれません。しかし、オープンな状況下で作られたアイデアよりも、クローズドな場の方が創造的なアイデアが生まれるとする研究結果も存在します。
特に斬新なアイデアの場合、初期段階では、その価値を多くの人に共感してもらうことは難しいケースもあるでしょう。PayPal創業者のピーター・ティールも著書『ゼロ・トゥ・ワン 君はゼロから何を生み出せるか』の中で「最高のスタートアップは、究極よりも少しマイルドなカルト」と言っています。つまり新しいアイデアとは、外から見ると「おかしい」と感じるものである場合も少なくないのです。
アイデアが固まり、社内を巻き込む段階では多様な意見に耳を傾けることは重要ですが、初期には過度な批判などから事業を守らねばなりません。闇研のように、開発初期に必要以上に他者の目に触れさせないことは、一つの有効な手段だと言えるかもしれません。
“闇研的”新規事業開発のポイント
では実際に、闇研を新規事業に取り入れるためにはどんな工夫が必要なのか、4点をまとめました。
1:想いを共有できる仕組みを作る
まず闇研では、参加メンバーの想いを共有することが前提として重要な条件です。パナソニックが始めた社内イノベーションプロジェクト「Game Changer Catapult」は、これまで既存の生産ラインに適合しないとの理由などで採択されてこなかった領域のアイデアにも光を当てようと、2016年に始まりました。
先述した、部署の垣根を超えて女性社員だけで結成された「Monstyle」もGame Changer Catapultに参加。彼女たちはメンバー全員が、働く女性の生活をもっと豊にするという想いで団結していました。あくまで自主的に深夜、早朝に至るまでアイデアを練り上げるなど、モチベーションを高く保ち事業開発を行ったことが成果につながっていると考えられます。2.少人数のメンバーで行う開発の最初期にさまざまなメンバーが参加すると、過度な意見の対立や、逆に同調圧力によって生産的な批評ができなくなってしまうおそれがあります。
2:少人数のメンバーで行う
開発の最初期にさまざまなメンバーが参加すると、過度な意見の対立や、逆に同調圧力によって生産的な批評ができなくなってしまうおそれがあります。
社内のすべてのチームは2枚のピザで満たされるサイズで
Amazon創業者でCEOのジェフ・ベゾス氏は、創業初期に「社内のすべてのチームは2枚のピザで満たされるサイズでなければいけない」とのルールを設定していました。少人数に制限することで、各所との調整や準備を最小限に抑えることができ、スケーラビリティを追求することができるとしています(*8)。
理想的なチーム規模は2人から8人
世界20ヵ国以上でスタートアップを支援するファウンダーズ・スペースCEOで『シリコンバレー式 最高のイノベーション』の著者でもあるスティーブン・S・ホフマン氏もこのように述べます。大人数では意見が出しにくくなり、スピードも遅くなるなどの観点から、少人数での事業スタートを奨励しているのです(*9)。
3:小さく試してみる
先述の将棋プログラム「ボンクラーズ」は、コンピュータ将棋の大会に出場し、徐々に実績を作り注目されていったことがその後の正式なプロジェクト採択につながりました。
このように、外部のコンテストなどで試す、あるいは、想定されるターゲットユーザーにインタビューをするなど、まずはコストをかけずに小さく実験をすることも、事業の質を高めるのに有効です。
4:外部の新規事業の専門家に相談してみる
社内で承認が下りにくい、相談しにくいプロジェクトは、外部の新規事業開発を担当する専門家に聞いてみるのも一つの手です。
利害関係がなく、開発やマーケット調査などの知見を持つ専門家に聞くことで、あくまで闇研らしさを維持しながら、事業の質を高めていくことができるかもしれません。
以上、闇研による新規事業開発のメリットと実行するにあたってのポイントを事例と共にまとめました。アイデアの価値をストレートに事業へと変換するための一つの手段として、ぜひ活用してみてください。
本記事の内容はスライドでもまとめています。閲覧、ダウンロードはこちら>
<参考文献等>
1:参考:https://toyokeizai.net/articles/-/280261
2:参考:https://www.is.s.u-tokyo.ac.jp/ob/interviewEntry.php?eid=00021
3:参考:横山征次「解雇されないための50の社会人基礎力」
4:参考:入山章栄「世界の経営学者はいま何を考えているのか ― 知られざるビジネスの知のフロンティア」
5:http://koueki.jiii.or.jp/innovation100/innovation_detail.php?eid=00095&age=present-day
6:参考:片山修「技術屋の王国: ホンダの不思議力」
7:参考:https://weekly.ascii.jp/elem/000/001/446/1446902/
8:参考:https://www.theguardian.com/technology/2018/apr/24/the-two-pizza-rule-and-the-secret-of-amazons-success
9:参考:https://diamond.jp/articles/-/164673
そのほかの参考サイト
https://tumada.medium.com/open-innovation-and-dark-innovation-34f8d0998b74
https://www.dhbr.net/articles/-/3571