
日欧のデザインカンパニー経営陣が語る「デザインが開発をリードする未来」:TDS×TOPP×GOB
2月7日、「Wicked Problemに対するHi-Fiプロトタイプを使ったアプローチ」と題したイベントが開催。
スウェーデンに本社を置くデザイン・ イノベーションカンパニー「TOPP(トップ)」のCo- founderであるJames Haliburtonさん、デザインファーム「株式会社テイ・デイ・エス(以下、TDS)」代表取締役社長の加藤勲さんが登壇。モデレーターにGOB Incubation Partners代表取締役の櫻井亮を加えた3人で対話を行いました。
*プロフィールや記事の内容は掲載時点でのものです。

TOPPは、2013年の設立以来、世界各地の企業に対してプロダクトやサービスの開発をサポート。また、TOPPが開発したラピッドプロトタイピングツール「Noodl(ヌードル)」はデザイナーとエンジニアの同時並行的な協働を手助けするツールとして、多くの現場で使われてきました。
TDSもこのNoodlを活用したハッカソンを開催するなど、TOPPと協業しています。

噛み合わない、エンジニア vs デザイナーの構図
加藤勲 これまで、ものづくりはエンジニアが主導してきました。でもNoodlを見た瞬間に、デザイナーがものづくりの主導を取れるのではないかと感じました。
少なくとも小さな課題は、デザイナーが、デザイン思考をベースにしたゼロイチの発想を持って解決できるのではないかとワクワクしたのを覚えています。
プロジェクトを進める上で、よく言われる「エンジニア vs デザイナー」の対立構造があります。
エンジニアからすると「デザイナーはシステムの構成や技術の詳しいことはわからないままに要望を言っているだけなんじゃないの?」と。
一方のデザイナーは「エンジニアは課題に対してイノベーティブに取り組む姿勢に欠けているんじゃないか?」といった両者の主張の食い違いがあります。
ここにNoodlがあれば、どういうシステムソースになってるのかを直感的に理解できます。デザイナーとエンジニアをつなぐコミュニケーションツール、言語として非常に優れたものです。

TDS加藤さん「アジャイル開発って本当はもっと『泥臭い』」
加藤 最近、アジャイル開発(実装とテストを細かく繰り返し、短期間で開発を実行するプロジェクト手法)なんていう言葉が流行っていますね。みなさん、とてもかっこいい言葉として「アジャイル」を使っているような気がしますが、僕自身はアジャイルってもっと泥臭いものだと考えています。
リサーチャー、UXデザイナー、デザインテクノロジストも、プロジェクト初期からエンジニアと組み、チーム一体となって泥臭く前に進んでいければ、上司や経営者すらも押してプロジェクトを成功に導くことができる。そういう力強さがアジャイルにあるんじゃないかなと思います。
でも、多くの日本の会社はセクショナリティで、アジャイルな仕組みやシステムを作ろうとしません。その点でTOPPは、経営者がそうした理想を掲げて、管理職や社員ひとりひとりもその意味を捉えてチーム一体となっている。理想的な会社がスウェーデンにあると感激しました。
アジャイル実現のカギ、必要なのはスキルじゃなくてマインドセット

櫻井亮 TOPPは「Think/Doプロセス」という考え方を採用しています。考えることと実行に移すことどちらかではなく、どちらもを繰り返すことですね。
加藤さんが言うように、私もアジャイルに仕事をすることは簡単ではないと思っています。TOPPはどのようにしてそれを実現しているのでしょうか?
James Haliburton アジャイルな働き方を目指す上で最も大切なのはマインドセットです。マインドセットが基盤となり、その上にスキルや仕組みがあります。何より正しいマインドセットを持つことで、正しい視野や視点を持つことができるんです。
業務だけではなく、採用や新メンバーへの教育など、あらゆる場面でこのマインドセットを大切にしています。
そしてその指標として「判断の方向性(ベクトル)」というものがあります。
世の中には素晴らしいアイデアが溢れていますが、それらのアイデアに対して素早くやるやらないの判断をするためにモメンタム(勢い)を大事にしなければいけません
デザイナーたちにはよく、「自身のスキルを最適化するのではなく、判断を最適化しなさい」と言っています。
Think/Doプロセスを途中で変えるのも全く問題ありません。とにかく、判断の方向性がちゃんと到達したい判断の方へ向いているか、そしてそれぞれのチームメンバーやツールが向かっている方向に合っているかが大切なのです。

櫻井 判断の方向性という言葉は初めて聞きました。チームの中で、こちらの方向に行ければ良い判断ができているという指針を全員が共有しているということですね。
James 私たちはコンサルタントとしてクライアントに価値を提供していますが、それぞれの会社で感じている価値や大事にしていることは異なります。例えば宇宙産業に取り組む会社とメッセージアプリを作っている会社ではそれぞれが進む方向性は全く違う。
だから、私たちはそれぞれのクライアントにエンパシー(共感)を持ち、さらにどのようなコンテクスト(背景)を持っているのかを深く理解する必要があります。
これは難しそうに思えるかもしれませんが、必要なことはいたってシンプル。良いプロトタイプを非常に早期の段階で作ることです。これができれば、初期の段階にクライアントから良いリアクションやフィードバックをもらうことができますから。
櫻井 アジャイルに働く、プロジェクトを進めるためには、プロトタイプをいかに早く可視化できるかがポイントだということですね。
加藤さんは先ほど、エンジニアとデザイナーの典型的な対立構造を説明していましたが、さらにここにクライアントが入るとカオスですよね。
加藤 アジャイルに進めるには、素早い判断が必要になるわけですが、そのためには、できる限り早く失敗して次のトライにつなげることが必要です。それがすなわち判断を早くすることにつながります。
チームの中で失敗して、それをクライアントに提案して失敗して、それを改良してまた失敗して......。それらの失敗を素早く行うことが最短距離になるようなイメージを理想として持っています。
櫻井 素早い判断のためには素早い失敗が必要で、そのために繰り返しトライすることが大切だと。
失敗はクライアントと“ともに”する
櫻井 ウェブサイトや業務アプリケーションの案件であれば、型も決まっているし、失敗しやすい環境にあると思いますが、一方で、複雑なセンサーやビッグデータ、AIを扱うような案件だと、クライアントの前で失敗できない、どころかそもそも概念をうまく表現できないようなことも出てくると思います。
クライアントと仕事を進める中で感じるプロトタイプの重要性や想いもぜひ聞かせてください。

James Noodlのフレームワークを開発するとき、実はある世界的な企業から非常にプレッシャーをかけられたんです。そのため、ものすごい速さでプロトタイプを作らないといけなかったわけですが、そのおかげで結果的に一早くフィードバックをもらうことができました。
メリットはそれだけではありまりません。やりとりをする中で、クライアントにチームの一員として参画してもらったんです。経営陣をはじめとしたクライアントのメンバーたちが同じプロジェクトの参画メンバーであるという体制を取ることができたので、日々の変化にも素早く反応できました。
クライアントの前で失敗できないのではないか、という質問がありましたが、失敗するのは我々だけではなくて、「クライアントと失敗をともにする」のです。そこで共感や仲間意識が生まれます。
櫻井 同じ失敗をしながら一緒に笑い合ったり、改善策を考えたりしながら、感情を共有する、そんな経験ができるんですね。
プロトタイプの価値が高まっている
櫻井 Jamesさんはデザイナーからキャリアをスタートして、長らくクライアントにプロトタイプを見せてきたと思います。ここ数年、プロトタイプに対するクライアントの意識や反応の変化を感じることはありますか?
James クライアントが求めることはもちろん変わっています。プロトタイプに対して、もっとたくさん、もっと早くというリクエストはありますが、それ以上に従来のプレゼンテーションとプロトタイプを比較した時の効果の違いを実感していますね。
過去のクライアントで、数千人規模の大企業のCMO(マーケティングの最高責任者)に提案をしたことがありましたが、彼は私たちと対抗していた別の企業のパワーポイントを見るなり、「その****なプレゼン資料、見たくねえよ」って(笑)。
2種類のデータ活用でプロトタイピングの再現度を高める
櫻井 プロトタイプの重要性が年々高まっているわけですね。
さらにTOPPでは「プロトタイプのためのプロトタイプ」ではなくて、実際のデータや既にもう売られている実物の製品やサービスを使ったより精度の高いプロトタイプへと範囲を拡張していますよね。
James 私たちが扱うプロトタイプでは必ずデータを活用していますが、このデータには2つのタイプがあります。
1つはリアルデータ。実際のサービスに活用されるデータです。
リアルデータを利用することで、最終的なプロダクトが持っているような感覚や再現度(feasibility)が高いプロトタイプになります。
そしてもう1つがシミュレーションデータ。
過去の事例ですが、米NFLのスーパーボウル(米最大級のスポーツイベント)が終わると、ボストンの街は数千人の酔っ払いで溢れてしまうことが問題になっていました。この課題に対して、街の交通量などのデータを活用して解決できないかと考えたんです。
そこでボストン市にそれらのデータが欲しいとお願いをしましたが、プライバシーの問題で無理だと言われてしまいました。しかし、だからと言って単に簡単なテストをするだけでは正しい判断をするためのプロトタイプを行ったと言うことはできません。こういった場合にシミュレーションデータを使います。交通量やサイクリスト、歩行者の数、事故の数、などをシミュレートして、そのデータをNoodlに入れて分析調査をしました。
櫻井 Noodlのようなツールの登場で、プロトタイピングや開発の可能性が格段に広がっていきますね。フリーソフトウェアですから、自由にダウンロードできますし、日本語版のチュートリアルをTDSさんがまさに今準備しているところです。もし、Noodlに興味のある人がいたらぜひ一度使ってみてください。

プライバシーは守られるべき。だからシミュレーションが大切
ここから、会場の参加者からの質疑応答の一部をご紹介します。
Q. いろんなデータにアクセスできる時代ですが、中でも獲得しにくいのはどんなデータでしょうか?
James 基本的に、ほとんどのデータはアクセスするのが難しいものです。
また、プライベートなデータはアクセスできないと考える必要があります。むしろ、そうすべきだと個人的に強く思います。人の個人情報はデータとしては使えれば面白いですが、それはルールや倫理の問題としてアクセスしてはいけない。だからシミュレーションが大事になる。シミュレーションデータを活用してこういうものだろうと試すためにプロトタイピングすることが大切なのです。
櫻井 加藤さんに聞いてみましょう。シミュレーションデータがあれば、エンジニアとデザイナーがケンカせずにプロジェクトを推進していけるでしょうか?
加藤 そうですね。リアルデータに近いシミュレーションデータをエンジニアが用意してくれるとさらにデザイナーが考える方向性の精度が良くなると思いますよ。
「1人のデザイナーが世界を変える時代は終わった」
Q. Jamesさんの話の中に、考えるべきは、デザイナーやエンジニアに必要なスキルではなく、判断の方向性をチーム全体ですり合わせていくことだという話がありました。
たしかにモノを素早く一緒に作れば、それが良いものか悪いものかがよりはっきりしてくると思いますが、日本はカルチャー的に、出来上がったものに対して率直なフィードバックが得られないような気がします。チームが上手く機能するためには、どんなマインドセットや下準備が必要なのかを教えてほしいです。
James デザイナーの視点でのお話になりますが、デザイナーの役割は変わってきています。かつてはデザイナーの中にとても優れたスタープレイヤーがいて、その人1人がチームを引っ張って問題を解決して、世界を変えていきました。
しかし今やそれは古い考え方です。
成果や結果があらゆる全てを引っ張っていくという考え方を持っていると、チームに新しく入ってきたデザイナーはすごくがっかりする時代になってきています。
大切なのは、正しい方向性に進んでいるか。それを測るためのKPIや指標を整えるのが大切です。
櫻井 TDSはデザイナーをたくさん抱えているデザイン会社ですが、新しい時代に期待するデザイナー像があれば教えてください。
加藤 Jamesが話していた通り、デザイナーが価値を作っていく時代を迎えています。私たちの企業理念はまさしく「デザインで価値を創出する」。
ただ見せかけのデザインではなくて、社会の問題を解決できるような価値あるデザインに取り組んでいきたいですね。クライアントのオーダーにただ従うだけではなく、かと言って妄想だけで暴走するのでもなく、ゼロイチの思想を持って「本当にそうだろうか」と疑い、さらにそれを噛み砕いてクライアントへ提案できる。これからはそんなデザイナーが求められるのではないかと思っています。
櫻井 最後に改めて、Jamesから参加者へ、メッセージがあればお願いします。
James エンジニア、起業家、マネージャー......それぞれの職能は異なっています。しかしその中で、個人のレベルを超えたより大きな図で、課題解決やプロジェクトを捉えてほしいのです。
判断の方向性が目指すべき正しい向きを示しているか、それを常に確認してみてください。
櫻井亮(さくらい・りょう)/GOB Incubation Partners代表取締役社長

日本ヒューレッド・パッカード、企業支援等を経て、2007年よりNTTデータ経営研究所にてマネージャー兼デザイン・コンサルティングチームリーダーを務める。2013年より世界11カ国に15のオフィスを持つ北欧系ストラテジックデザインファームであるDesignitの日本拠点、Designit Tokyo株式会社を立ち上げ、代表取締役社長に就任。新規ビジョン策定・情報戦略の企画コーディネート、ワークショップのファシリテーション、デザイン思考アプローチによるイノベーションワークなどを行う。その後共同代表である山口と共にGOB-IPを立ち上げ。イントレプレナーとアントレプレナーの両方の経験を活かし起業家支援に携わる。現在もシリアルアントレプレナーとして様々なチャレンジを実践中。
主な著書:「ITプロフェッショナルは社会価値イノベーションを巻き起こせ」「RFPでシステム構築を成功に導く本- ITベンダーの賢い選び方見切り方」「ファシリのひみつ」など。