見出し画像

「イノベーションは従来の100点を80点にしてでも、新たな価値軸で100点を狙うこと」──新価値創造の方法論Foresight Creationとは?

10月、GOB Incubation Partners(以下、GOB)と大阪ガス行動観察研究所が仕掛ける企業内新規事業の外部プラットフォーム「Foresight Incubation Studio」がスタートした。

今回は、プロジェクトのキックオフにあたり大阪にて開催したイベントの内容から、「Foresight Creation」の考え方の核となる部分をお伝えします。

話すのは、同研究所所長の松波晴人(まつなみ・はるひと)さんです。

Foresight Incubation Studio立ち上げの背景はこちら>


「行動観察」に大人数の調査はいらない

Foresight Incubation Studioのキックオフイベントの様子

大阪ガス行動研究所によると、Foresight Creationとは「未来への展望を生み出す」こと。そのために重要な手法であり、研究所名にもなっている「行動観察」について、松波さんが説明します。

松波晴人「行動観察は大きく次の3つのステップに分けることができます。

  1. Facts (事実)

  2. Insight (洞察)

  3. Foresight (展望)

まずは「Facts」。様々な場に行き、その場における人々の行動を観察し、場における事実や気づきをたくさん集めます。

次に、場における事実についてそれらが何を意味しているのか、解釈をして、新たな仮説を立てます。こうしてえられる仮説を「Insight」と呼んでいます。

そして、その仮説をもとに、こういうことをすればいいのではないかという「Foresight」を考えるのです。このForesight というのは、未来の展望という意味です」 

Foresight Creationの流れ(大阪ガス行動観察研究所ウェブサイトより引用)

しかし従来のアンケート調査では、対象者が何百人、何千人となり、大きなコストになることも。一方、行動観察では対象者の数が数人、というのが普通です。どうして行動観察ではそこまでの少ない人数でよいのでしょうか?

この点について松波さんは「行動観察は、仮説の検証のために実践するのではなく、仮説を生むために実践するものなので、少人数を深く掘り下げたほうがよいのです。つまり、新しい価値を生むためには多人数の表面的な調査よりも、少人数を深く理解することで新たな仮説を生むべき」と言います。

松波「何か調査をしようとなると、一般的にはアンケートをとったりグループインタビューをしたりしようとなると思います。ただし、そうして得られたものは、顧客がすでに言語化してくれることなので、すでに顕在化したニーズや課題です。

『行動観察』では、顧客が言語化できないような「氷山の水面の下の部分」にあるニーズや課題を、こちらが先に理解して手を打つことがイノベーションです。

そのためには、大人数の調査は必ずしも不要で、極端な話、たとえ一人でもいいからその人を深く理解したほうが良い仮説を得ることができます」

明確なメソッドがない「イノベーション」の“方法論”を求めて、大阪大学と連携

イノベーションを生み出すために──。あらゆる組織が試行錯誤して、これまで「デザイン思考」などさまざまな手法が生み出されてきました。しかし松波さんはこうしたこれまでのメソッドは「まだまだ抽象的で、アート的である。すべてをサイエンスにすることはできないが、もっと見える化することはできると考えた」と話します。

そこで、大阪ガス行動観察研究所は大阪大学と連携して、Foresight Schoolとして学生向けに15コマの授業を実践することにしました。そのうえで行動観察研究所では、行動観察をベースとする新しい価値を生む方法論を理論とメソッドの開発に取り組みました。「デザイン思考」「行動観察」「creative thinking」「U理論」などをあらゆるイノベーションの理論を行動観察研究所で学びなおしてみました。

松波「見えてきたのは、基本的にすべての方法論が同じことを言っている、ということです。その上で、『プロセス』の整理と、そのプロセスを実行するために必要な『8つの能力』が見えてきました」

イノベーションに必要な「8つの能力」

  1. 着眼力

  2. アブダクション

  3. 統合

  4. リフレーム

  5. メタファー

  6. 先見力

  7. メタ認知

  8. マインドセット

この8つの能力のうち、特に重要な「リフレーム」の考え方を松波さんが説明します。

「リフレーム」とは──イノベーションは100点を120点にすることじゃない

 松波「リフレームとは『ビジネスにおいてそれまで常識とされていた解釈やソリューションの枠組みを新しい視点、発想で前向きに作り直すこと』を指します。

例えば、ソニーのウォークマンは『音楽を楽しむ』をリフレームしました。顧客がオーディオに求めるものは何か、をアンケートで調べると、昔も今も最も多い答えは「音質」になります。つまり、「より音質の良いオーディオを追求する」のは従来の価値軸における改善だとみることができます。しかしウォークマンは、これとは全く異なる『音楽を外で楽しむ』という価値軸を生み出すことに成功しました。

ここで重要なのは、ウォークマンは「音質」の面から考えれば家のオーディオには当然劣るということなんです。

つまり、イノベーションというのは、それまでの価値軸での100点を120点に引き上げることではありません。それまで価値軸で100点だったものが80点に下がってしまったとしても、全く新しい価値軸を作ってそこで100点を取ろうとすることなんです。

もしもソニーが、『顧客が一番求める価値である音質が下がった商品は出せない』と考える“真面目な”会社であれば、実現していなかったわけです。(*実際、ソニーの中ですら、当時の取締役会では多くが反対。社長と会長の意見が通り、発売にこぎつけたという経緯がある)

ソニーが当時実施した市場調査でも、結果は「全く売れない」というものでした。イノベーションには「新しい文化を生む」という側面があるため、その文化が生まれる前に顧客に聞いても、売れるという結果は出ない、ということですね」

メソッドは3ヶ月で習得可能、「共通言語」を持つことが価値創造の土台に

こうした実戦を踏まえて、Foresight Creationの考え方はすでに企業向けにも導入しています。

松波「Foresight Creationの考え方を学ぶことで新たな価値創造ができるのはもちろんですが、企業の人からよく言われるのは『共通言語ができたおかげで議論がすごく早くなった』と。大阪大学の学生が成果をあげ、コンペで優勝した要因もここにあると思います。

イノベーションという言葉も、人によって全く意味が違います。勘と経験が強かったこの分野において、概念やプロセスを言葉で定義して体系化できたのは非常に大きな成果だと感じています」

Foresight Incubation Studioのウェブサイトはこちら