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会社軸の人生を転換する──「自然に溶け込む会議室」カンターキャラバンが目指す「心理的安全」とは

自然に囲まれ、キャンピングトレーラーの中で会議──。

一見奇妙に思えるサービスを展開するのが、GOBが社内スタートアップとして支援している事業である「KantoorKaravaan Japan(カンターキャラバンジャパン)」だ。「自然に溶け込む会議室」をキャッチコピーに、キックオフミーティングなどのミーティングプロデュースを行う同サービスは、昨今の働き方改革や企業内コミュニケーションのあり方として、注目を集めている。

今回は、事業責任者の並木渉(なみき・わたる)が、立ち上げの原体験となった従来の働き方への違和感と、カンターキャラバンの取り組みを語ります。聞き手は、GOB共同代表の山口高弘(やまぐち・たかひろ)です。

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「会社文化にどっぷり浸かった」新卒時代

写真左:GOB共同代表の山口高弘、右:カンターキャラバンジャパン事業責任者の並木渉

山口 高弘(以下、山口) 「カンターキャラバン」自体は、もともとオランダで展開されていたプロジェクトで、そこからヒントを得て立ち上げていますね。きっかけを教えてください。

並木 渉(以下、並木) 私が大学卒業後に入社したのは、日系企業と外資系企業の合弁メーカーです。全国で数千名規模の大きな会社で、妻もそこの同期でした。(*妻の並木美緒はカンターキャラバンジャパンの副代表として、ともに事業を運営している)

当時は新卒で大きな会社に入り、そのまましばらくは会社の文化にどっぷり浸かった生活をしていました。ただ、配属された経理部で、会社の状況がめまぐるしく変わっていくさまを目にすることになります。もともと日本資本と海外資本の合弁会社だった組織が途中から海外資本100%となり、従来の日本的な会社組織の仕組みが、実力主義へと変わっていきました。

私が違和感を覚えたのは、そういった変化を「敵」とみなし、変わることを拒否する考えを持つ人が非常に多かったことです。

キャンピングトレーラーの中でビジネスミーティングを行う様子。普段の職場環境を離れることで、その人の違った一面を知る機会になり、職場を離れた個人対個人での信頼関係を生む効果がある。

流産を機に、“会社軸”の人生に違和感

並木 妻と結婚して1年、会社に勤めて6年が経った時に、もっと実力主義でお金を稼げるところへ移ろうと、外資系の製薬会社に転職しました。

給与も上がるし良かったって思っていたんですけど、ほどなくして、初めて授かった子供が流産しました。

全く予期せぬことで、妻はその後、体調を崩して会社を退職し、家にこもりがちになりました。でも、私も当時転職したばかりで、ちょうど繁忙期だったこともあり、全く妻のそばにいられなかったんです。そうして、お互い、体力的にも精神的にもきつい状況に追い込まれていきました。

妻が流産で苦しんでいる時にも、休日出勤しなくちゃいけない。そんな、会社を軸にすべてを決めている自分をかえりみると、いったい何のために働いているんだろうかと考えるようになりました。

チャレンジに必要なのは、時間やお金よりも「余白」

それを経験した時に、何らかのチャレンジをし続けるためには心理的な安全((GoogleがAP通信との共同研究結果として2015年11月に自社HPにチームを成功に導く5つの鍵を発表し、他の4つの鍵の土台として「心理的安全性(Psychological safety)」が不可欠だと感じたんです。時間的余裕やお金以上に、対人関係において根底でつながれていることの方が大切で、とりわけ、家族という一番身近な存在とそういう関係が作れないのは非常に苦しいなと。

ただし、パートナーシップが重要だというのは結果論です。私が思うに、それ以前に、個人の心に「余白」がなければ、そうしたパートナーシップや家族との関係についても考えることはできません。

そうした思索を経て、どうすれば個人の心に余白が生まれるのかを追求し、対人関係における信頼構築をビジネスの場に取り込んでいこうと行き着いたのが、カンターキャラバンという事業でした。

Googleもその重要性を指摘、組織における「心理的安全性」

山口 心理的安全って具体的にはどういう状態をイメージすれば良いでしょうか?

並木 ここについては、実はGoogleが2015年に発表したある調査結果を参照することができます。同社がAP通信と共同で行った研究では、チームを成功に導くには5つのポイントがあり、中でも他の4つの基礎となる最重要項目に「心理的安全(Psychological safety)」が挙げられています。

Psychological safety: Can we take risks on this team without feeling insecure or embarrassed?

The five keys to a successful Google team

Googleは上のように定義していますが、日本語に直せば、「他者の反応におびえたり恥ずかしさを感じることなく、自然体の自分をさらけ出せる環境」というイメージでしょうか。カンターキャラバンでは「自分がここにいていいんだという安心感」と表現しています。

逆に考えると、Googleがこのような結果を公表するということは、多くの組織ではこうした心理的安全性が確保されていないということでもあります。

山口 企業をはじめとする組織の中には、ヒエラルキーやそれに応じた肩書きが与えられますから、多くの場合、そうした内的ストラクチャー(構造)が、ここで見たような心理的安全性とは反するものとして作用するのでしょう。

本質的に重要なのは、自分がここにいていいんだっていう安心感

山口 一つの構造を全世界であると思い込み、会社という下部構造が人生の土台となる「会社軸」の人生から、「家族・自分軸」へ──。そこで重要なのがパートナーシップ、対(つい)の関係の再生だという問題意識がカンターキャラバンの通底にあると思います。

そのために必要なのは物理的、時間的な余裕ではなく、対人関係での信頼関係の構築だと考えているとのことでしたが、カンターキャラバンは実際に何を提供しているんですか?

並木 事業の立ち上げから半年ほどの間、多くの企業や個人の皆さまに利用いただき、私たちが理想としている「余白」がどんな状態で生まれるのか、行動観察を続けてきました。

当初の仮説では、自然の中で働いて、自然の効果で肉体的にリフレッシュできれば、心にも余白が生まれるんじゃないかと考えていたんです。しかし実際には、そういう側面は一部ありつつも、結局は、肉体的なリフレッシュではなく、心理的な安全や仕事における対人関係での安心感からしか、個人の余白は生まれないという結論に至っています。

苦手な仕事や会いたくない人と話すのって、たった10分でもものすごいストレスじゃないですか。多くの場合こうした課題を、時間を短くしたり、場所を変えたりして解決しようとするんですけど、結局時間が5分になったって、関係性をそのままに場所を移したって、ストレスはストレスのままなんですよ(笑)。

私は普段、リモートワークをしている時間も多いですけど、確かにとても便利な一方で、相手の表情や温度感といったコミュニケーションの情報量が少なくなるため、むしろストレスが増える部分もあります。

山口 関係性が留保されたままでは、言い換えると会社の構造の中での関係のままでは、心理的な安全が保たれない。だから、場所を変えたり時間配分を変えたりする前に、対人関係の安心感を構築しなければいけないと。

並木 本質的に重要なのは、自分がここにいていいんだっていう安心感を持って働けることです。余白はそこからしか生まれてこないと思っています。

カンターキャラバンを利用してくれた人を観察していて気づいたことですが、個人利用の方の多くは、普段の環境から離れて「作業に集中できた」ことを喜んでいただけます。けど、これは単に、日々取れなかった時間を取れたっていうだけで、そこで余白が生まれたわけじゃないんですよね。真の余白は、組織や集団の関係性の中で「自分はここにいていいんだ」と思える状態です。より厳密にいうと「この人と自分は気の置けない関係だ」と思えることが必要であると思っています。

ビジネス合宿や、会議利用を目的に、チームで利用してくれた人たちの方が「この人のこういう一面を知れた」「実は、こういう人なんや」みたいな、それぞれのいつもとは違う側面での関係性を作ることができているんです。

会社の内的構造を承認し、その上に設けられるコースを順調に歩むことが良しとされる社会ができあがっている。その結果、会社軸の人生を歩むことになるが、そこでは、対人関係が構造化されており、会社の中でも心理的な安心はないし、会社でしか成立しないはずの内的ストラクチャーを家庭に持ち込んでしまい、関係にヒビが入ることすらある。

かなり強固な社会的な仕掛けであるこの構造を、次回はもう一段掘り下げて考えます。どうすれば内的ストラクチャーを緩められるのでしょうか?

第2回に続く