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“日本ならでは”臨床工学技士の医療機器管理、教育ノウハウを海外展開:Redge・稲垣大輔

日本における医療機器の管理、教育システムは世界的にも最高水準のシステムが整っています。それを専門的に支えているのが臨床工学技士と呼ばれる資格を持つ人たちです。

株式会社Redge代表取締役の稲垣大輔(いながき・だいすけ)さんも、この臨床工学技師の1人です。日本での管理、教育ノウハウを落とし込んだ医療システムを、アジアやアフリカ向けにカスタマイズして展開している稲垣さんに話を聞きました。

この記事は、神奈川県の「かながわ・スタートアップ・アクセラレーション・プログラム(KSAP)」(運営事務局:GOB Incubation Partners)に採択された起業家へ取材したものです。KSAPは、社会的な価値と経済的な価値を両立させようと挑戦するスタートアップをサポートする取り組みです。KSAPの詳細はこちら

臨床工学技士から起業

Redgeは、日本における医療機器の管理や教育のノウハウを、アジア・アフリカ向けに提供しています。

日本では、医療機器の管理は臨床工学技士と呼ばれる人たちの専門領域です。稲垣さん自身も、臨床工学技士の資格を持ち、現在もRedge の事業運営のかたわら、医療現場でも働いています。

学生の時から発展途上国の医療に対して関心があったという稲垣さん。ネットワークを探る中で、海外で透析のクリニックを開いている臨床工学技士との出会いがあり、それを機に、発展途上国での医療支援を始めました。

「2016年から2020年までは、臨床工学技士として常勤で働きながら、休みを取ってボランティアとして現地に行っていました。現地を見ると、日本と比べてさまざまな課題が山積しています。 ボランティアとしての取り組みだけでは、現状を大きく変えるのは難しいと気付かされました」(稲垣さん)

そこで稲垣さんは、働きながら、夜間や土日に社会人大学院に通い、途上国での医療に関する研究に取り組みました。

当初は「アカデミアの世界から医療現場を変えよう」という意図があったそうですが、実際に研究を進めていると、アカデミアの世界で直接的な課題解決につなげるにはかなりの時間がかかることを痛感しました。

そこで、文部科学省の補助事業である「東大EDGE-NEXT」、経済産業省やJETROが主催する「始動 Next Innovator」に参加。事業を通じた課題解決に取り組みます。そして大学院2年目の時に、科学技術振興機構の「GAPファンドプログラム」に応募し、学生として唯一採択。このプログラムを通して、システムのMVP開発や実証実験をタイ、ラオス、ベトナムで行いました。

「現地での実証実験を通じて、これらの課題を本気で解決したいと思うようになりました。日本の医療機器産業は非常に優れていますが、なかなか他国への展開はできていない状況にあります。原因はさまざまですが、高品質で多機能な日本の“強み”が、発展途上国においてはむしろ“弱み”になっていました。またアフターサポートも十分ではありませんでした。そこで、医療機器の管理、教育システムを病院に導入することで、日本のノウハウを提供し、現地の課題解決だけでなく、日本企業の展開もサポートしていきたいと考えています」
 
その後、稲垣さんは東京大学バイオデザインのフェローシッププログラムに参加。医療機器開発のプログラムについても学びを深めています。経済産業省が主催するアイデアコンテスト「ジャパン・ヘルスケアビジネスコンテスト」ではグランプリも受賞しました。こうした経緯があって、2022年5月にRedgeを起業しました。

管理と教育を一体化することで医療機器の故障を予防する

臨床工学技士は、日本ならではのユニークな職種です。医療機器の導入、管理、メンテナンスから臨床業務までを行い、病院内の医療機器を一体的に管理しています。

その臨床工学技士の強みを活かしたのがRedgeの事業の特徴でもあります。日本では、法規制のもと、臨床工学技士が適切に管理することで医療の安全に貢献していますが、アジアやアフリカの途上国に目を向けると、まだまだ管理に対する認識も設備も十分には整ってはいません。あるレポートでは、保守点検の未実施で故障する医療機器が6割に上ると言われています。

その上で、Redgeでは、管理と教育の両面から環境の整備を目指しています。

「管理システムだけでは、教育の問題は解決できません。そこでRedgeでは、システム開発に当たって両者を一体的に取り組んでいます。クラウドベースのシステムなので、多言語化にも対応可能です。点検やスケジュールも明確にできますし、点検のフォーマットも提供できます。日本の臨床工学技士の強みを活かしたグローバルスタンダードとなるシステムを作っていきます。

教育に関しても同じです。日本の臨床工学技士は、 看護師や医師向けに、機器メーカーからの情報を噛み砕いて勉強会を実施する機会も多いため、それを海外向けに展開するイメージです。

こうしたモデルを構築するために、まずはオンラインコンテンツから始めていく予定です。 将来的には現地に法人を置いて、直接トレーニングしていきたいと考えています」

発展途上国だけでなく日本にも

途上国向けにサービスを開発している稲垣さんですが、それが逆に日本においても新たな価値につながると言います。

日本の場合、セキュリティやプライバシー保護の観点から院内に閉じてシステムを運用するケースがありますが、問題は情報共有のしにくさです。クラウド型のサービスなら、管理コストを軽減できるだけでなく、それぞれの現場で培われたナレッジを共有できるようになります。

また、そもそもこうした管理システムを導入しているのは、臨床工学技士が在籍しているような大きな病院です。それ以外は、紙や表計算ソフトを使っているところも多く残っています。そこで「途上国向けと同じように、グローバルスタンダードな価格帯にしていくことで、代替していきたい」と話します。

「このシステムを導入することで、保守点検の方法がわからないといった問題もなくなっていくはずです。標準的なフォーマットを提供し、それを現場に合わせた形で改良できるようにしています。また、システムのサポートだけでなく、ハンズオン型での丁寧なサポートも行う予定です。その時には私たちの持つ医療系のバックグラウンドが、強みになっていきます」(稲垣さん)

起業した現在も、「現場感を失いたくない」と臨床工学技士として定期的に現場に通っている稲垣さん。医療現場、アカデミア、事業開発、さまざまな経験を活かして、医療機器の管理と教育の改善に向けた挑戦を続けています。

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