
不況は新規事業のチャンスか?──経済の混乱期に優れたスタートアップが出現するワケ
新型コロナウイルス感染症の影響で、私たちの生活ばかりではなく、経済も混乱を極めています。
国際通貨基金(IMF)は4月14日に世界経済の見通しを発表。2020年の世界全体の成長率予測は前年比3.0%減と、リーマンショックを超え、1930年代の世界恐慌以来、最悪の水準です(*1)。
このような、いわゆる「不況」下では、先の見通しが立たず、不確実性が高い新規事業に対しては保守的な判断をしがちです。
しかし見方を変えれば、そのような時だからこそ新規事業を企画、立ち上げできれば、それを有利に進められる可能性もあります。その理由として次の4つが挙げられます。
新しいニーズが生まれる
高品質なリソースを調達しやすい。
不況時を乗り越えたサービスは質が高まりやすい
開発に必要な時間を確保しやすい
理由1:不況では新しいニーズが生まれる
不況下では、人々の行動パターンの変化や企業のコストカットなどに伴い、新たな課題やニーズが生まれやすい傾向にあります(*2)。実際に、過去にもそうした課題に対して事業を構築し、売り上げを伸ばした事例が存在します。
リーマンショック(2008年9月)前後に創業した有力企業
Airbnb(2008年創業)

例えば民泊サービス最大手のAirbnbは、不況で家賃を払えないホストに対して、「部屋を貸し出せる」という価値を打ち出し、利用者を伸ばしました。
UZABASE(2008年創業)

ビジネスパーソン向けの経済メディア「NewsPicks」、金融機関や事業会社向けに世界中の企業や業界の分析レポートを提供する「SPEEDA」などを運営するユーザベースは、証券会社が抱える、「情報収集」「整理」という逼迫する2大業務を効率化する事業を展開しました(*3)。
ラクスル(2009年創業)

リーマンショックの影響で、多くの企業が販売管理費の中でも削減率の大きい印刷費を削減しました。それにより未稼働の印刷会社が多く発生したことに目をつけたのが印刷、広告のシェアリングプラットフォーム「ラクスル」を運営する同社です。稼働していない印刷機をシェアすることで印刷業界の効率化を図る事業を展開しました。
新型コロナウイルス影響下での新規需要
リーマンショック時同様、2020年の新型コロナウイルス影響下でも、すでにさまざまな新規需要の増加が見られています。
中国で3月8日の「国際女性デー」に合わせて開催されたEC商戦において、2万ブランドのライブ配信経由の売り上げが前年同期比で264%増加(*4)
失業や、家庭内コミュニケーションの不和などにより、うつ病など精神疾患や家庭内暴力の増加が問題視されている(*5)。それに伴い米国では、ライフスタイル系メディアが配信する不安への対処法を書いた記事のPVが734%増加。またアロマや瞑想アプリなどの利用も増えている(*6)。
・感染者の治療に用いる人工呼吸器は、世界各国が国家レベルで増産を推進している。国立病院機構新潟病院の石北直之医師が手がけるプロジェクト(*7)は、人工呼吸器の主要部品を3Dプリンタで作成する世界初のプロジェクトがスタート。
技術力と世の中の課題を掛け合わせた事業、プロジェクトが活発化している。
理由2:高品質なリソースを調達しれやすい
例えば人材採用。不況では、企業規模を問わず一定の優秀な人材が放出され、転職市場に流れます。平時においては、多くの企業がそうした能力ある人材を採用しようと競争が激化しますが、採用を控えがちな不況下においては、優秀な人材を確保しやすくなるのです(*8)。
ゴールドマンサックスで数多くの投資案件に携わり、現在はスタートアップ や新興上場企業の支援に従事する村上誠典氏も「不況期にスタートアップに有利に働くのは採用だ」と述べています(*9)。
リーマンショック時の日本の失業率は過去最悪の5.6%に達し、失業期間が3カ月以上続く人も200万人を超えました。しかしこれは、優秀な人材が転職市場に流れたタイミングであると捉えることもできるのです。

コロナ禍における人材採用
今回のコロナ禍でもリーマンショックの時と同様に大量の失業が発生すると推察されます。また2020年3月の調査(*10)では、新卒採用を予定する企業が6年ぶりに6割を下回りました。
このような状況で、“当面の経営維持”に適した人材から優先的に採用するとすれば、将来的な社会のニーズに適した人材を平時よりも安価で採用できる可能性も広がります。先述した新たなニーズや消費行動を抑えつつ、そのニーズの解消に適した人材を確保できれば、競争が少ない環境で、確度高く新規事業の種を育てられる可能性もあるのです。

採用だけではありません。設備投資の面からも、スタートアップの優位性を見ることができます。
多くの企業では、設備投資の予算として、既存の設備やシステムの維持補修などの他に、一定の金額(約10%)を新規製品やサービスの開発に充てています(11)。しかし不況で設備投資が抑制されると、新規製品やサービスへの投資も同時に抑制。結果として、新たに生まれたニーズに対する新規事業開発の競争は平時と比べ、少なくなるのです。

コロナ禍における設備投資
2020年4月ロイター企業が行なった新型コロナウイルスに関する意識調査(*12)によると、回答企業のうち
6割弱が、新型コロナウイルス による事業への影響収束の目処が立たない
8割弱が、予定していた設備投資を見送り、あるいは最低限に留める
また2020年3月に実施した帝国データバンクの調査(*13)では、下図のような業界において特に深刻な影響を及ぼしているとしています。新型コロナの影響で、多くの業界企業が生産工程の停止や既存事業での客数減少で売り上げを下げていると推測できるでしょう。

ソフトウエア会社Mysis(マイシス)のCEOは、危機を乗り越えるための事業計画準備を経営幹部に指示した際、まず最初に新規事業への投資300万ドルの中止を挙げました。このように、不況下では投資を後回しにして、まずは現状の経営維持を優先する企業も多くなります。先のことを考えるよりも既存事業の対応に追われることになり、新規事業に予算を割く、という発想に至りにくくなるのです。
理由3:不況時でも利用されるサービスは質が高まりやすい
不況では、消費者、企業ともに支出を抑制しようとするため、サービス利用者の目線が厳しくなり、商品の質に磨きをかけやすいタイミングであるとも言えます。そのため、不況を乗り切ったサービスは、ユーザーの課題にしっかりと寄り添ったサービスになっている可能性が高いのです(*14)。
また、そうした困難な状況を経験することで、サービス運営者のリスク管理能力が上がり、実現可能性の高い事業計画が策定されることも要因として挙げられます。
実際、リーマンショック前後にも、国内外問わず多くの有力企業が立ち上がりました。
リーマンショック(2008年9月)前後に創業した国内の有力企業

リーマンショック(2008年9月)前後に創業した海外の有力企業

理由4:開発に必要な時間を確保しやすくなる
今回のコロナ禍で、上場企業のうち約8%(*15)が臨時休業や営業時間短縮などの措置をとっています。売り上げは減少しますが、一方でこの休業期間を新規事業開発のための時間に充てることもできます。

人的、時間的リソースで見ると、これまで通常業務や緊急度が高い業務を進めるためにリソースを投下できなかった新規事業開発を行うチャンスであるとも言えるのです。
不況下での新規事業については、こうしたWiL共同創業者兼最高経営責任者の伊佐山元さんやY Combinator創業者のポール・グレアムさんもその優位性を指摘しています。
(伊佐山元さん)歴史的に見ると、世界を変えるようなイノベーションを生み出す企業やビジネスで大きな勝利を収める企業は、常に不況期や悲観論が増えているときに創業されている。さかのぼれば、マイクロソフトやアップルがそうだった。グーグルにしても検索エンジンの後発だったうえ、ITバブル崩壊間近の創業で資金集めは容易でなかった。フェイスブックもソーシャルネットワークブームが沈静化したころの創業だ。
当たり前のことだが、厳しい環境の中で生き延びて、しっかりとした理念があるからこそ、骨太で長期的な優位性を持ったベンチャー企業になれる。景気が良く、誰もが簡単に資金を受けられるような状況で安易に始めたベンチャー企業は長続きしない。
だからこそ、今のような悲観論がまん延し始めた時期には思い切った投資や将来への種まきを積極的に行わなければならない。これはベンチャーキャピタルだけでなく大企業も同じだ。
(ポール・グレアムさん)景気後退というのはスタートアップを始めるのにそう悪い時期ではないかもしれないということだ。格別いい時期であると主張する気もないが。真実はむしろつまらないものだ。経済状況はいずれにせよ大して問題ではないのだ。
(中略)
スタートアップを不況に強くする方法は、どの道やるべきことだということだ。つまり可能な限り金をかけずに運営するのだ。私が創業者たちにずっと言い続けていることだが、成功への最も確実な道は、企業の世界におけるゴキブリになるということだ。スタートアップの死の直接の原因は常に資金切れだ。会社の運営費が安ければ安いほど、死ににくくなる。幸いなことに、スタートアップを運営するコストは非常に安くなっており、そして不況によってさらに安上がりになるだろう。
(中略)
不況のもう一つの利点は、競争が少ないということだ。テクノロジーの列車は一定間隔で駅を出発する。他のみんなが隅で縮こまっているなら、車両をまるまる占有できるかもしれない。
不況下での新規事業開発に
GOBでは、さまざまな企業、起業家、イントレプレナーらと年間100以上の新たなビジネス創出に携わっています。

ぜひ、この知見を、コロナ禍を乗り越える手段として活用ください。
本記事の内容はスライドでもまとめています。閲覧、ダウンロードはこちら
<参考文献等>
1:https://www.imf.org/ja/Publications/WEO/Issues/2020/04/14/weo-april-2020
2:参考:https://cs2.toray.co.jp/news/tbr/newsrrs01.nsf/0/F4F0A0419883BD1A49258386002FA30F/$FILE/sen_a107.pdf
3:参考:https://newspicks.com/news/1853892/body/
4:参考:https://www.hottolink.co.jp/column/20200319_107068/
5:参考:https://globalnews.ca/news/6828046/mental-health-pandemic-coronavirus-covid-19/
6:参考:https://www.wwdjapan.com/articles/1071167
7:https://niigata.hosp.go.jp/info/covidventilator.html#progres
8:参考:https://toyokeizai.net/articles/-/339107
9:引用元:https://signifiant.jp/articles/startup-in-a-recession/
10:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000092.000043465.html
11:参考:https://www.dbj.jp/investigate/equip/national/detail_201806.html
12:https://jp.reuters.com/article/japan-corp-survey-idJPKCN21Y03S
13:https://www.tdb.co.jp/report/watching/press/pdf/p200402.pdf
14:参考:http://www.research-soken.or.jp/reports/economic/pdf/number11.pdf
15:帝国データバンクの調査と日本取引所グループ発表の「上場会社数・上場株式数」をもとに当社推計