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「診断×面談」で医療介護現場のメンタル不調を予防、離職率や採用コストも改善:きゃりこん.com・下平光明/上松恵実

近年、日本における大きな社会課題の一端をなすメンタルヘルスの問題。特に問題が深刻化しているのが、医療や介護の現場です。

「人命最優先の現場では、どうしても従業員のケアが後回しになってしまっています」

こう話すのは、「きゃりこん.com」を運営する株式会社きゃりこん.comの下平光明(しもだいら・みつあき)さんと上松恵実(うえまつ・えみ)さん。課題解決に取り組むお二人に話を聞きました。

この記事は、神奈川県の「かながわ・スタートアップ・アクセラレーション・プログラム(KSAP)」(運営事務局:GOB Incubation Partners)に採択された起業家へ取材したものです。KSAPは、社会的な価値と経済的な価値を両立させようと挑戦するスタートアップをサポートする取り組みです。KSAPの詳細はこちら

人命優先で従業員ケアが後回しになる医療・介護の現場

メンタルヘルスの不調は社会問題の 1 つです。特に深刻な課題を抱えているのが、医療・介護の業界です。厚生労働省のデータによると、精神障害の請求件数の多い業種の1位、2位が介護と医療です。

これまで14年間、医療介護の転職を支援してきた下平さんは「転職先を紹介しても紹介しても、結局また辞めて戻ってきてしまう」という現実に、日々直面していました。

この原因を、下平さんは次のように説明します。

「医療・介護の現場は、人命が最優先です。そのぶん、どうしても従業員のケアが後回しになってしまいます。従業員の方としても『この程度は仕方がない』と不安や不満を押し殺したまま『不調のもと』として蓄積していきます。その結果、従業員の不調を未然に防ぐための対策が後手に回り、離職と採用を繰り返すという負のサイクルが続いてしまっているのです。私たちが日頃さまざまな場面で救ってもらっているのに、その方たち自身が倒れてしまっている状況を変えられていない現状にものすごい課題を感じています」

もちろん法整備もされていますが、産業医によるケアが義務付けられるのは、施設あたりの従業員数が50人以上の事業所のみです。「医療介護事業所の90%以上が従業員50人以下の施設なので、ほとんどの現場では産業医すら配置されていないのが現状」(下平さん)だと言います。

こうした業界課題への打ち手として、下平さんたちが提供しているのが、働く人の不調を未然に防ぐオンラインケア面談サービス「きゃりこん.com」です。同サービスでは、独自のコンディション診断ツールと、キャリアコンサルタントとのオンライン面談の掛け合わせで、潜在的な不安や不満に「不調前から」アプローチします。

144の質問でその時々のコンディションを把握する「おもてウラ診断」

きゃりこん.comを導入した事業者では、まず従業員に、オンラインで「おもてウラ診断」を受けてもらいます。これは10万人の基礎データを活用して作成した、統計学に基づいた診断ツールで、全144の質問に「はい/いいえ」で答えることで、その時のメンタルコンディションを16の座標で示します。

この診断の特徴を下平さんは「その人の生来の性格を決定づけるような、タイプ別診断ではない」と説明します。

「診断ツールでは、よく『あなたは〇〇タイプ』みたいな形で結果を示すものがよくありますよね。その多くは1回受けたら終わりで、タイプを変わらないものとして決定づける場合が多いと思うのですが、私たちが開発している『おもてウラ診断』は、あくまでその時のコンディションを示すものです」(下平さん)

そのため、たとえば前回の診断から時間が経っていたり、環境が変わったりすれば、数値が大きく変わることもあるそうです。それもあって、同社では最低でも半年に1回、職場で『おもてウラ』によるコンディション診断を推奨しています。

このデータをもとに、事業者側は職場全体の不調傾向を把握し、職場環境を整えるといった対策を取れるようになりますが、その時に従業員として気になるのは、「この診断結果が自分の評価に影響しないか」という点でしょう。

実際に、下平さんが医療施設で働く人にヒアリングしたところ、従来実施されていたストレスチェックを受けた際に、自分の評価につながることを恐れて、意図的にストレスがないと判断されるよう嘘をついたことがある、という人が多かったそうです。

しかしこの懸念についてもおもてウラ診断はクリアできていると話します。

「『おもてウラ診断』は名前のとおり、いまのコンディションを『表』と『裏』の両面で捉えます。例えば『積極性』という座標の数値が高い場合、『仕事に意欲的』という風にも捉えられますし、同時に『周囲に対して攻撃的になっている可能性がある』とも読み取れます。 そのため、結果の数値だけで一方的に良し悪しの評価はできません。」

また診断とオンライン面談はセットで、年に2回実施。国家資格を持つキャリアコンサルタントとともに自身のコンディションを振り返り、潜在化していた不調のもとを言語化できます。

キャリアコンサルタントの資格を持ち、実際に相談にあたっている上松さんは「事前におもてウラ診断を受けてもらうことで、面談の精度が高まる」と言います。

「従来の面談で『今、何に悩んでいますか?』と聞いても、そもそも何を話せばいいのかわからないという方も多いです。そうなると、ゼロから手探りで面談を始めることになるので、最初に信頼関係を築いて、ヒアリングを重ねて......と進めざるを得ず、本来相談したかった問題にたどり着くのに複数回の面談が必要になることもよくあります。しかし、『おもてウラ』の診断結果があれば、『今この数値が高く出ていますが、思い当たるところありますか』といった具合に、面談開始直後からより確度の高い課題にフォーカスしてコンディションの認識をすり合わせられるので、短時間で、かつ悩みについてより掘り下げた面談が可能になるのです」(上松さん)

導入したクリニックでは離職率が改善、採用コストも半減

実際に事業者への導入事例も増えています。

従業員40名ほどのクリニックに導入したところ、年間の離職者数は14名から7名へと大幅に減少。そのうちメンタル不調での離職は、導入前の6名から0名へと劇的に改善しました。

クリニックの経営者からは「第三者によるケアが必要だとわかった」「不調のきっかけがわかったことで、離職者が減った」と効果を実感する声が挙がっており、また従業員からも「心の健康診断を受けている感覚だった」「次の面談が楽しみになった」など好意的な感想をもらえていると言います。

このように、診断や面談を受けること自体が、従業員にとっても大きな価値だと下平さんは言います。

「医療や介護の現場は、1分1秒を争う場面も多く、働く人たちが自分のことを客観視できる時間は本当に限られています。ですから、診断や面談が立ち止まって自分の状態を把握し、自分について理解を深めてもらえる時間になればと願っています。」(下平さん)

もちろん、ビジネス面にも大きな影響を与えています。

前述の通り、離職と採用を繰り返しているケースが多い医療・介護業界では、自社だけで採用を行なっている事業者は少なく、多くは外部の人材紹介会社などに依存しています。そのため、採用コストもかさんでいました。

きゃりこん.comを導入した上述のクリニックでも、年間1,120万円を採用にかけていたところ、離職者が減ったことで、採用費560万円(50%)の削減につながったのです。

診断結果を互いに見せ合う文化も

サービスの導入先では、従業員同士が診断結果を見せ合う文化が生まれています。自分と、一緒に働く人への理解を深めるとともに、職場でのコンディションに対する共通言語ができたことで、自然と相手をリスペクトし合える関係の構築にもつながっているそうです。

これは下平さんたちとしても「予想外だった」と言いますが、きゃりこん.comのビジョンである「医療介護現場で働く人の「いってきます」を明るく」という未来に、着実に向かっています。