
「経理はいても財務はいない」——複業人材×スポットCFOで業界課題に挑む「ファインディールズ」創業に寄せて:特別鼎談
「経理の担当者はいても、財務の担当者はいない」——。
そう話すのは、GOB Incubation Partners取締役CFOの村上茂久です。スタートアップや中小企業で、CFOのような財務の責任者を置いている企業は必ずしも多いとは言えません。
金銭面など条件のギャップや、企業にとっては長期を前提とした雇用契約を結ぶことへのリスクなど、両者のマッチングにはさまざまな難しさがあります。
そうした業界の課題を「“複業”人材を活用したスポットCFO」というソリューションで解決しようと立ち上がったのが、村上が1月26日に創業した「株式会社ファインディールズ」です。
創業にあたり、代表の村上茂久、出資をしたGOB代表の山口高弘、同じく出資をした一般社団法人Work Design Lab(ワークデザインラボ)代表理事の石川貴志さんに、財務にまつわる業界課題や、出資を決断した背景などを鼎談で聞きました。

経理は過去、財務は未来を見る

村上は、2018年9月に前職の銀行を退職し、GOBに取締役CFOとしてジョインしました。その傍ら、そこからの約2年半で、フリーランスとして10社以上の企業の財務コンサルティングなどを担当。それらの経験を本格的にサービスとして形にしたのが今回のファインディールズです。
創業に至った経緯を村上は次のように振り返ります。
村上「GOBに参画したのと同時期に、たまたまワークデザインラボの石川さんからとある医療法人が財務で困っているので、一緒に“スポットCFO”的な取り組みができないか』とお声がけいただいたんです。
スポットCFOというのは、その名の通り、企業に対してプロジェクト単位などスポットで財務の支援をする仕組みです」
冒頭で書いた通り、財務の担当者がいないために課題を抱えている企業も少なくありません。そうした業界の課題を、村上と山口が指摘します。
村上「特にスタートアップや中小企業は、経理の人はある程度いても、資金調達や将来的な資金繰りを考える『財務』を見れる人材は実はあまりいないんです。
そのため、財務の担当者がいない企業では、多くの場合それを社長が1人でやっています。とはいえ社長業と並行しながら財務を丁寧に見るのはかなりの負担になります」
山口「経理は過去のデータを追いかけるもので、一方の財務は未来を見通す部分なので、そういう意味で財務人材はやはり足りていませんね」
財務人材のマッチングはなぜ難しい?
では、なぜそうも企業に財務のスペシャリストが不足してしまうのでしょうか。村上は、マッチングの難しさを指摘します。
村上「財務ってセンシティブなところで、まず組織や経営者と相性が合うかどうかが結構大きいんです。でも財務の人をフルタイムで雇ってしまうと、仮に相性が悪くてもそう簡単にさよならというわけにはいきません。
それにスタートアップのCFOが仮に年収400〜600万円程度だとすると、企業にとっては小さくない金額でも、例えば外資系金融出身の人にとっては、年収がそれまでの半分以下になってしまう場合も少なくないでしょう。そうした金銭面でのギャップもマッチングを難しくしています」
そういう現状もあり、プロジェクト単位などピンポイントで財務支援をしてほしいという声はよく聞きます。企業によってニーズはさまざまで、私がこの2年半で見た10社以上の支援先はいずれも異なるニーズを抱えていました。資金調達はもちろん、事業計画を見たり、管理会計を作ったり、さらには法務の支援まで……本当に多岐に渡ります」
石川「結局財務から入っても、ビジョンやミッションを作りましょうとか、組織や経営戦略の話になったりするんですよね。ファインディールズでは、これも複業人材を適宜アサインしながらやれるのが強みですね」

石川さんが言うように、ファインディールズの強みの1つが“複業”人材の活用にあります。同社では、ワークデザインラボに所属する100人以上の複業人材や、村上が過去10年間で300回以上開催してきた金融に関する勉強会コミュニティの人材などから財務支援チームを組織。チーム単位で財務支援に当たります。
こうした複業人材がチーム単位で動く仕組みを採用した経緯を、村上はこう話します。
村上「当初は石川さんと2人で財務支援をしていましたが、ある時ワークデザインラボのメンバーで財務に興味がある人たちが見学としてオンラインミーティングに参加してくれたことがありました。彼らの中には私のように金融機関にいた人もいれば、商社やメーカーの財務担当者など、そのバックグラウンドはいろいろです。
その中で、『私はこう思うんですけど、〇〇さんどう思います?』って話を振ったら、僕とはまったく違う視点からの指摘があったんです。でも、確かにそうだなとうなずける意見で。つまりバックグラウンドが違えば見る角度も違くて、それがお互いにとってとても新鮮で大きな学びだと気付いたんです」
石川「あるクライアントの案件でこんなことがありました。その企業はメインバンクとサブバンクを入れ替えたばかりの時期で、サブバンクとどう話をするかを議論していたんですが、メーカー出身の人は『サブバンクはこれから盛り返したいだろうからもっと条件を引き出した方が良い』みたいな銀行との交渉目線。でも逆に銀行員だった人は『いやこれ以上の交渉をすると嫌がられるから……』みたいな銀行員の目線。まったく違うので面白いですよね」
村上「違う指摘をすることって普通の場所では心理的安全性がないとなかなかできません。しかし、我々にとっては違う視点を提供することがむしろ大切です。自分の強みを活かし、違う視点から意見しやすい環境を整えることで、自分の意見がミーティングで役立っているという感覚も持てているように思います」
山口「自分の実力って同業の人が一番わかるので、そういう人からの正当な評価ってとても学びがありますし、しかも言われたことが自分の見落としてた部分だったら、めちゃくちゃ学習しますよね。刺激になるし、いい意味でプレッシャーもかかる。これはチームを組む大きな理由の1つですね」
村上「そうですね。そういういろいろな視点からの指摘を発散した上で、整理して企業により良い意思決定をしてもらうようにしています」
また、村上はチームとして意見を言いやすい環境づくりにも工夫があると言います。
村上「コロナ禍ということもあり、チームやクライアントとのやりとりは原則すべてオンラインにしています。全員が一律にオンラインなので、同じ情報量の中でフラットに議論できるのは利点の1つだと思います」
山口「経営とは『ビジョン、顧客、資金』。でも3つ目が欠けまくっている」

今回GOBではファインディールズに創業出資をしました。山口はその決断の理由として2つの点を挙げます。
山口「1つには、人が活躍する場は1つにとどまるべきではないと思っているためです。人にはさまざまな人格があるとする『分人』という考え方では、それぞれ自分が発揮できる力やそこに込められる思いが変わると思うんです。そういう意味で、いろいろな場で活躍できる社会を作りたいと思っていたので、それはファインディールズのあり方と合致していました。
また経営や事業は『ビジョン』と『顧客』と『資金』から成ると僕は先輩経営者から習ってきました。でもその3つ目が欠けまくっているんですよね。ビジョンがあって、顧客もいるけど、事業は成り立たないという。これが2つ目の理由です。
それにチームで取り組むというのもとてもいい。財務は、ミッドフィルダーやリベロ的なポジションなので、1人しかいないと視野が限られてしまいます。ビジョンを持っている起業家であればあるほど、そういうポジションが非常に大切になってくるので、ファインディールズの取り組みには、非常に共感します」
借金は終わりじゃなく始まり——地方における財務の誤解とニーズ
またワークデザインラボのプロジェクトで、地方企業との取り組みを数多くこなしてきた石川さんは、「地方に行くと財務人材がいない」とした上で地方における財務の誤解や、同時に需要の高さも感じるといいます。
石川「ちょうど我々と同じ40前後の世代は、地方にいくと、会社の代替わりに当たることが多いんです。すると、親の世代が『借金ダメ』みたいなイメージが根強く残ってるんですよ。でも2代目も財務に詳しいわけじゃないので、押し問答になってしまいがちです。そういう時に僕らが、回収してどうするのかとか、先々までのプランを見せることで納得してもらえたりします」
村上「借金したら終わりじゃなくて、そこから始まりですよね。財務の視点が弱いと、『何がわからないかわからなくて怖い』といった状態に陥りがちなので、端的にメリットとデメリットを提示して、そこに数字も見せてあげると議論が進みますね」

今回ファインディールズの創業のきっかけには、石川さんの後押しや、GOBでの取り組みも大きかったと話す村上。鼎談の最後に、3人の出会いを振り返りました。
村上「最初に石川さんと会ったのは2013年でした。僕のいた新生銀行と、山口さんがいた野村総合研究所、ベンチャーキャピタルのICJの3社で共催した『Create U』というイントレプレナー発掘を目的としたプログラムに、参加者としてきたのが石川さんでした。
石川「そうでしたね。今思えば、あの頃から複業みたいな話はしてたんですよね。当時は、まだ複業の『ふ』の字もない頃でしたけど」
村上「でもそこから時間が空いて、次に石川さんと再会するのは2017年。GOBが種類株式を発行するために六本木で開催したイベントで山口さんから登壇の依頼を受けました。その懇親会で石川さんと久々にお会いしたんです。そこで最近何してるんですかっていう話になり、今度ちょっと近況をキャッチアップさせてくださいよって」
石川「そうそう。そうしたらもう少しで銀行を退職するかもしれないって話があって『スポットCFOやってみようと思っていて』ということでね」
山口「ちょっと期間をおいて複数回会うってのが、結構ミソなんですよね。これ大事なんですよ」
村上「ちなみにこのイベントがきっかけでGOBで働きたいなと本格的に思うようにもなりました。今振り返ると、最初の出会いからもう8年ですね。感慨深い。時はみんな30代半ばでしたからね。今はみんな40代になっちゃって(笑)」
石川「40って節目ですね。いろいろ始まりそうだなほんと」
村上茂久
株式会社ファインディールズ代表取締役/GOB Incubation Partners取締役CFO/一般社団法人Work Design Labパートナー/FED(Financial Education & Design)事務局長
経済学研究科修士課程を修了後、新生銀行に入行し、ストラクチャードファイナンス 業務を中心に、証券化、不良債権投資、プロジェクトファイナンス及びファンド投資業務等に従事する。2018年にGOBに参画後は、財務、経理、法務等のバックオフィス及び新規事業開発の支援等を行っている。加えて、個人で複数のスタートアップや中小企業の財務、ファイナンス及び戦略等の支援を実施。これらの経験を活かし、2021年1月株式会社ファインディールズ を創業。ビジネスインサイダーのBI PRIMEにて「会計とファイナンスで読むニュース」を連載中。
山口高弘
GOB Incubation Partners株式会社 代表取締役社長
社会課題解決とビジネス成立を両立させることに挑戦する事業支援を中心に、これまで延べ100の起業・事業開発を支援。社会に対する問い・志を、ビジネスを通じて広く持続的に届けることに挑戦する挑戦者を支援するためにGOBを創業。自身も起業家・事業売却経験者であり、経験を体系化して広く支援に当たっている。
前職・野村総合研究所ではビジネスイノベーション室長として大手金融機関とのコラボレーションによる事業創造プログラムであるCreateUを展開するなど、個社に閉じないオープンな事業創造のための仕組み構築に携わる。内閣府「若者雇用戦略推進協議会」委員、産業革新機構「イノベーションデザインラボ」委員。
主な著書:「いちばんやさしいビジネスモデルの教本」(インプレス)、アイデアメーカー(東洋経済新報社)
石川貴志
一般社団法人Work Design Lab代表理事/複業家
リクルートエージェント(現リクルートキャリア)の事業開発部門のマネージャーを経て現在、都内の大手事業会社にて勤務。2012年より社会起業家に対して投資協働を行うSVP東京のパートナーとしても活動。2013年にWork Design Labを設立し「働き方をリデザインする」をテーマにした対話の場づくりや、イントレプレナーコミュニティの運営、また企業や行政等と連携したプロジェクトを複数手掛ける。(公財)ひろしま産業振興機構の創業サポーターや、(独)中小機構が運営するTIP*S アンバサダー、順天堂大学 国際教養学部グローバル・ヘルスプロモーション・リサーチセンターの客員研究員なども務める。
ファインディールズのWebサイトはこちら
写真:KE!SUKE