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足掛け5年、秋田で起業——起業家として“仮想の死”を繰り返した日々を振り返る:ローカルクエスト・高橋新汰

秋田在住の起業家、高橋新汰(たかはし・あらた)さんは、企業向けのインターンシップコーディネート事業などを運営するローカルクエストの代表です。

前回の記事では、企業の中で事業を育てる「客員起業家制度」に参画を決意してからの歩みを見ました。メンタリングや検証、ピボットを経て現在の事業の形を見つけたローカルクエスト。今回は、その後のサービス開発と、「起業家・高橋新汰」の正直な胸の内を聞きました。

学生にとっての本質価値はブラさずに、企業にとっての購買理由を考える

インターンシップコーディネート事業のプロトタイプをいくつか実施した後、本格的な事業化を見据えてマネタイズの検討に取り掛かりました。ここは非常に苦労した部分です。

もともとローカルクエストは「学生に対して『社会とのスロープをかける』」ことを本質的な価値としているので、企業の課題解決に参画することで学生が社会との接点を持てることや、課題解決に向けた行動を通じて、自分と社会への理解を深められるといった価値は損ないまま、企業にとっての購買理由になる価値を考えるのに苦心しました。

企業が学生のインターンを採用する場合、一般的にはその後の新卒採用につなげることを目的とするケースが多いでしょう。ローカルクエストのプロトタイプに協力してもらった数社にも、その点に一定の価値を感じてもらうことはできました。一方でローカルクエストが目指すのは学生が社会と接点を持ち、働くことに対する自信や情熱を育むことです。もちろんその結果として企業に魅力を感じて就職するケースがあれば素敵なことですが、最初から企業の新卒採用を主な価値として打ち出してしまうと、学生への提供価値がブレてしまいかねません。

その後もさまざま企業にとっての価値を試行錯誤した末、現在は「アウトソーシング市場」でサービスを展開しています。つまり、「企業の課題解決をインターンの学生にアウトソースする」という位置付けに切り替えたのです。

2022年10月に創業、地方企業の“半歩先の未来の課題”を解決する

課題解決といっても、既存業務の改善ではありません。“半歩先の未来の課題解決”です。

不確実性が高まっている今の社会で、企業はいち早く変化を察知し、適応しなければいけません。ローカルクエストを立ち上げてからのこれまでの数年間、僕は数多くの中小企業にヒアリングをしてきましたが、第一次、二次産業が中心の秋田の中小企業の多くは、現場業務で手一杯になってしまい、将来に向けた投資ができていないことにもどかしさを抱えていることがわかっていました。「ECサイトやSNSを活用して新たな販売チャネルを構築したい農家」や「若年層への認知を拡大したい林業者」など、新しい挑戦をしたいと思っていても、そのためのリソースが不足している企業が多かったのです。

同時に、企業にとってのこうした新たな挑戦に対して、学生が持つ視点や行動力が大きく貢献できることも、これまでのトライアルから実感していました。

また企業と同じく未経験の学生がゼロから一歩ずつプロジェクトを進めるからこそ、最終的なアウトプットだけではなくその過程を追体験できるため、社員が自然とプロジェクトに対して主体性を持てたり、インターン終了後も内製化を進めたりといった流れも自然にできていきました。
こうした手応えをつかんだことで、2022年10月についにローカルクエスト株式会社の創業を迎えることができました。

起業家として、“仮想の死”を繰り返した5年間

創業まで、大学時代の構想から5年、客員起業家として本格的に立ち上げを進めてからはおよそ1年9ヶ月かかりました。起業家として未熟ながら事業を立ち上げる中では、本当に苦しいことばかりでした。

何回も心が折れかけました。心の底からやめてしまおうと思ったことはありませんが、本当にきつすぎて嫌になる瞬間ばかりです。今でも、それは変わりません。

以前、​​ローカルクエストとして企業向けの価値をさまざまな検討していた時期のメンタリングで、顧客である企業への理解が足りていないと指摘を受けたことがありました。当時は、顧客の置かれた現状や本質的な課題を把握しないまま、僕の想像の中でサービスを作ってしまっていたのです。

そこで、企業が抱える課題とローカルクエストのサービスが価値になり得るのか、仮説を検証をするために、飛び込み営業をしてみることになりました。でもそれが本当に嫌でした。営業することは別にいいんです。そこらへんのスポンジを売ってこい、なら全然大丈夫なんですけど、自分の作った、自分でも不完全だと自覚している商品をもって営業することが嫌すぎて、人生で初めてですけど包丁を胸に突き当てました。一度、死を意識しないと行けないと思ったんです。

もちろん刺して死ぬ気はさらさらありません。でも、死をリアルに実感することで「これよりマシだ」と思わなくちゃ足が動かないんですよ。戦争の動画を見て、この時代に生死を懸けた若者たちに比べたら、自分の苦しみなど何のことはないのだと自分を奮い立たせたこともありました。

周りのすごい人たちを見ていると、当たり前なんですけど自分の未熟さが悔しいし腹立たしいし......。人から色々言われてへこんだ時には蕁麻疹が出たこともありました。そういう時は「こいつだけは実績で黙らせてやる」と思いながらやっています。

僕がそんな風にもがいている中でも、GOBのメンタリングは淡々と進んでいきます。必要以上にメンタルをケアしてくれるようなことはなくて、それがすごくよかったなと思います。きっと「大丈夫?」「無理しないで」みたいなフォローがあったら、“強い事業”は絶対できませんし、 ずっと誰かにおんぶに抱っこのままになってしまいます。

そういう意味で、GOBはすごく絶妙なバランスを取っている気がします。

僕が完全に1人で事業をやっていたら、金銭的にも底をついて、本当に事業と生活の両面での死を迎えていたかもしれません。でも客員起業家としてそこの安全性が担保されているから、なんというか仮想で何度も何度も死なせてもらえるんです。

しかも僕を追い詰めて殺しにくるわけではなくて、あくまで比喩ですが“自死”を促すんですよ。 崖を用意してくれて、まるでピクニックにでも行くかのような顔で断崖絶壁まで連れて行ってくれる。で、「あとは新汰君の自由だよ」って。もう手慣れた犯行ですよね(笑)。

でも、これは僕だけに限った話ではなく、起業家の先輩方に話を聞いても、みんな少なからず事業に向き合う中での臨死体験を持っています。

その繰り返しの中で、僕の場合は徐々に怖さが薄れていった気がします。今思えば、初めての起業で先も周りも見えないことでどんどん自分にばかり意識が向いてしまって、その結果、不安や恐怖が必要以上に増してしまっていた部分がありました。

創業までの5年で、起業家としても、ローカルクエストという事業としても、強くなった、とはとうてい言えませんが、少なくとも自分の弱さを受け入れることは創業前よりもはるかにできるようになりました。