ほるん

今から1年以上前の話になる。

2017/01/07、我が家の愛モルモット、ほるんが亡くなった。ほるん、という名前はわたしが子どもながらに直感でつけた名前。ホルンという金管楽器が存在することもろくに知らなかったのに、何故その三文字を組み合わせたか、今となっては誰にもわからない不思議。

ほるんが我が家に来てから、8年と4ヶ月が経った。ほるんの挙動は徐々に鈍っていったし、毛はパサついて静電気を帯びていた。一方でわたしはほるんの居る実家を出て、新たな生活を始め、ほるん(7〜8歳)にかけての1年間は、ほるんに会う度こう思っていた。「これが、最後になるかもしれない。」と。それもそのはず、モルモットの平均寿命は約5年。いつ亡くなってもおかしくなかった。

だから、実家に帰省する度、帰省から自宅に戻る度、覚悟して実家の扉を後にしていた。それでもほるんは、毎度元気にわたしの帰りを受け入れてくれた。家族が玄関を開けるたび、火災警報知機のような甲高い声で泣くものだから、ほるんの鳴き声こそおかえりの代名詞のようなものだった。けれど、別れはあまりにも急すぎた。

成人式の都合でわたしが実家に1週間ほど帰省した時のこと。帰省したばかりの頃は、たしかに老いぼれてはいたものの、ほるんは相変わらず可愛く活き活きと過ごしていた。けれど、わたしが実家にいる予定のたった1週間の前半のうちに、思いもよらぬ展開になってしまった。ほるんの容態は急変、自室で大学の課題に取り組んでいたわたしに母が声をかけてきた。そんなことは珍しいのでなんだろうと思って自室のドアを開けてみればそこには、苦しんでいるほるんがいた。ほるんが、息も絶え絶えになって苦しんでいる姿、この先も生きようとしてジタバタと悶える姿、きっと一生忘れられない。

結局、家族総出で動物病院を探し続け、深夜にも関わらず獣医とあらば電話を掛け続け……。けれど、受け入れてくれる病院はみつからなかった。何故なら、病気でも事故でもなく、亡くなって当然の年齢だったから。獣医からすれば、助ける自信など持てるはずもない。しかし、年齢的に考えればほるんに関してはきっと老衰と公言して差し支えない死を迎えてもらえたのだろうと思う。

そうして、ほるんが苦しみ始めてから1時間ほど経って、眠るように亡くなった。

ほるんが我が家に来たのはわたしが12歳の時、そして亡くなったのはわたしが成人式を迎える直前の20歳の時だった。

ちょうど思春期の8年間を、ともに過ごすこととなったのである。

わたしは調子のいい人間で、機嫌のいい時にはやたらほるんにちょっかいを出し、悲しいことがあればほるんの背中で涙を拭いた。それを、小さい舌でいつでも拭ってくれた。

そんな存在がいなくなってから1年以上の月日が経過した。

実家に帰ればいつもリビングに居たほるんが居ないこと、眠れない夜にほるんの体温に触れられないこと、今まで当たり前にほるんから与えられていたひとつひとつの幸せが手の届かないものになってしまっていることは毎日のように痛感している。

1年以上経った今でも、毎日。

それでも、悲しい、落ち込む、辛い、とか、そういった感情とはかなり違う。

勿論、今でもほるんが居たらなぁ、と思うことは幾度もある。けれど、事あるごとに、ほるんのことを思い出すだけで、
「もう、あたしがいなくても大丈夫でしょう。あんたはこれからもしっかり生きていきなさいよ。」
そう言われているような気がして、背筋が伸びる。

兄妹のいないわたしのもとにやってきた妹。

いつのまにか、姉になっていた妹。

いつも、甘えてばかりいた。お姉ちゃんのような存在になっていた。

これからは、涙を拭ってくれる背中に触れることはできない。それでも、その背中に支えられた8年間は変わらない。その8年間の上に、今のわたしがある。

1年以上経って、やっと整理がついたくらいにほるんの存在は大きかったけれど、もう、一人でも大丈夫。でも、少しへこむことがあったらたまにはその背中を思い出してもいいよね。

という、大事な家族のお話を、遅ばせながら少しだけしてみました。


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