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今を一時的なものとせず「変化の機会」と捉えて。

こんばんは。GW明けて3日目、いかがお過ごしですか?私は・・・仕事が慌ただしいです(汗)長期休暇明けは色々仕事が詰まりますね・・・頑張りどころです。


さて、緊急事態宣言が39県については解除される見通しとなり、各地で分散登校なども始まり・・・という状況となり、徐々に「また日常が帰ってくる」という向きも世の中には多いようですね。ここ1ヶ月の臨時的な出来事としてひたすら収束を待っていた人にとっては、そういう感覚にもなるのかもしれません。


私ももちろんコロナの感染が減ること自体は強く望んでいますが、一方で最近はこれから「単純に今までのように戻る人や組織」も意外と多いのではないか?という危惧を感じるようになりました。「緊急事態」とか「非常事態」という言葉は一時的/臨時的な響きを持っているので、「今をやり過ごす」ような感覚にもなるのかもしれません。


たとえば知人が勤める会社は、緊急事態宣言が出て、さすがにオフィスに通勤させるわけにいかないと仕方なくテレワークに振り切ったとのこと。ただ仕組みもルールも整っていなかったので、勤怠管理がここ1ヶ月出来ていないそう。

また「PCやwifiが自宅に無いので仕事ができません」と言っている若手や年配の社員がかなりいて、その人たちはテレワークと言えるのか(言えないと思いますが・・・)などの問題が様々起きているとのこと。だから知人は「うちの会社は緊急事態宣言が解除されたら、間違いなく元に戻るな」と言っています。


私は、このコロナの影響で世界や社会が変わっていくのを信じて&期待しています。でも「これを機会と捉えて変化する人・組織」と「単純に元に戻る人・組織」が二分化するとも最近感じるようになり、「私の感覚は希望的観測すぎるのかもしれない」とも思うようになりました。


個人としては「これを機会と捉えて変化する人・組織」を選んで付き合っていきたいし、それで私自身もさらに変化していきたいと考えます。でも、個人レベルではなく、例えば、子どもたちの通う学校や教育制度がしなやかに変化していくのか?などと考えると不安です。

まだ我が家には学校に通っている子どもはいないので、あくまでも聞く限りでしかありませんが、休校になって以来、学校の機能や子どもの学習などはここ1-2ヶ月、時が止まっているようにも聞こえます。これを機会にちゃんとさまざまな学習方法を検討したり、その結果きちんと実現に向かうことを祈るばかりです。


今の状況を一時的なことと捉えると元に戻るだけだと思います。でもコロナはまだ無くなったわけではなく、ワクチンも当分開発されないし、ワクチンが行き渡るまでには1年2年かかる。だから決して一過性のものではない。

しかも、コロナが仮に去っても、地震、台風、もしくは第2第3のコロナがすぐやってくるかもしれない。そういう不安定な中でもどうやったらサステナブルにやっていけるのか、中長期的な目で準備していくべき時だと思うのです。単純に元に戻ったら、この期間を経験した意味がない。


、、、と書くと他者批判のようにもなってきましたね。ここまで書いてみて、私自身ももっとUPDATEしていかなきゃなぁと感じました。立派なことを書いているけれど私自身はどれくらいやれてるの?というと口先だけのようにも思える(恥)。。。

「不安定な中でもサステナブルに生きていけるように、中長期的な目で準備するにはどうしたらいいんだろう?」とまずは自分に問いながら暮らしてみたいと思います。


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