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中間業者の終焉 N65

 コロナではっきりと見えてきたのが中抜き業者の価値そのものである。それは階層的組織が好きな会社の中間管理職と同じくもはや全く価値を生み出していないということだ。  

 タテ社会の日本は人と人との繋がりと重視するがゆえにこの中間業者的な存在こそビジネスの主役に歴史的に存在してきた(*1)。顧客を握った人が強いカルチャーが総合商社(口銭を払う意味は本当にあったのか?)、ゼネコン、SIer、広告代理店みたいな手を動かさず下請けの手配をしているような企業が業界を牽引し商習慣という縄張りを作ってきた。これは海外から見るととても奇妙な商習慣である。ちなみに総合商社を英語で翻訳をする時はConglomerateを使うのだが海外では「おぉ」と一瞬で理解してもらえる。  海外でも人的なつながりは別として中間業者には存在価値はあり卸業者みたいな事業形態はあったが最近はかなりその勢力を失っている。それはやはりインターネットがコミュニケーションを変えたことをはじめ以下が主だった要因と考えられる。  

 1つ目はメーカーの資本集約が進んだことで規模が大きくなり中間業者を必要とせず直接自分たちでできるようになってきたことだ。かれこれ20年くらい前だがCPFR(Collaborative, Planning, Forecasting and Replenishment)が米国を中心に主流になりはじめてメーカーとスーパー(P&Gとウォルマート)が協力して商品の需要予測と補充を行う試みがされたのだが、日本ではなかなか実現が難しかった。それはメーカーの数が多すぎて1社や2社とやったところで労力に対しての効果が得られないということだった。したがって多くのメーカーを取りまとめる卸の役割が大きかった。  

 2つ目はやはりインターネットによる情報の民主化だ。星の数ほどあるメーカーのどの商品が良いのか?あるいはどんな商品があるのかを知ることすら物理的に困難だった時代とは異なり、今はスマホ検索で十分な情報を得られる。むしろホームページの洗練度やSEOをしっかりしていないと高い品質の商品の価値を落としてしまうほどだ。ここで大事なことは顧客自体が情報を直接取りに行くようになってしまったことだと私は考える。お客さんはGoogle Searchでまず探すので中間業者はそれ以上の情報を持たないと太刀打ちできない。メーカーの方がご自身の発信を重視する以上に顧客が情報を探しているということを念頭に入れるべきだ。絞り込んだブランディングが成功する(広げたセグメンテーションなき戦略はサーチされない)。自分に合う合わないが今はっきりとわかる時代になっているのだ。  

 3つ目はイノベーションの逆流(民主化)が起きている。この話は次の機会に回そうと思う。  ということでコロナになり直接顧客とのやり取りが増えているプレイヤーとその場で即答できずに回答待ちをさせているうちに中抜きされているプレイヤーというのがはっきりと出てしまっていると感じるのは私だけではないはずだ。そして似通った状態の中間管理職。  

 日本の生産性の低さは会議の多さもさることながら、会議を増やしている中間業者あるいは中間管理職が原因であることを今更ながら思い返さねばならない。

 1* 「タテ社会の人間関係」(中根千枝) 

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