工藤太一/印刷会社二代目/glassy株式会社代表取締役
赤字寸前だった印刷会社が、4年連続で増益するまでの話
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赤字寸前だった印刷会社が、4年連続で増益するまでの話

僕は、父から継いだ下町の印刷会社を経営しています。

いまから5年前、僕らの会社は、ほとんど利益を出せずに苦しんでいました。収益率が低く、利益が少ないので、銀行からの借入を返済するのに四苦八苦する状況が続いていました。

それにも関わらず「ある要因」によって、社員は誰も「会社が儲かっていない」ことに気づいてもいませんでした。

そんな僕らの会社が、この4年間はずっと増益を続けています。去年の3月には、過去最高の売上・粗利を達成しました。

僕らが変われたのは、5年前におこなった「コストカット大作戦」のおかげでした。

今年度は、感染症の影響を少なからず受けています。もしあのとき、全社をあげてコストカットに取り組んでいなかったら、いま会社がしっかりと持ち堪えられていたかどうか、正直わかりません。

ほとんど利益を出せず、借金も多かった会社が、どうやって増益し、この未曾有の事態にも耐えられるようになったのか。今回はその「コストカット大作戦」について書いていきます。

お恥ずかしいことに、僕らのやったことに「革新的ななにか」はまったくありません。それでも僕らの経験が、いま踏ん張っている中小企業の方や、これから経営をはじめる方にとって、少しでも役に立つものであれば幸いです。

まずは5年前。会社の経営が、とうとう行き詰まりかけたときにさかのぼります。

「どうするんだ。 これ以上、借金できないぞ」

あの日の光景は、いまでも鮮明に覚えています。

僕は2012年に社長になりました。しかし社長といっても、実際は「名ばかり」でした。僕が社長になってからも、実際の経営権は、依然として父が会長として握っていたのです。

そんなある日、会長からとつぜん内線がかかってきて、会議室に呼び出されました。そこで「どうするんだ。これ以上、金は借りられないぞ」と言われたんです。

正直「ええ?」と思いました。完全に、会長の判断で借りていたわけですから。

当時、印刷事業はずっと粗利が落ち続けていました。粗利とは、売上から原価を引いたあとに、会社に残るお金です。それが減ってしまえば、当たり前ですが会社は儲かりません。中小企業にはありがちですが、社員の賞与を支払うために、お金を借りないといけないような状況が続いていたのです。

銀行からすでに借りているお金があって、それを返していかないといけない。ところが、このまま粗利額が減り、収益率が下がり続けていけば、返済の算段がつかない状態になってしまいます。

会長は、大きく変化していく印刷市場を前に、もうどうすればいいかわからなくなっていたのだと思います。いま思い返すと、あの日僕に「どうするんだ」と言ったとき、本当は「これ、一体どうしたらいいんだろう」と言いたかったのだと思うんです。

それまで、僕は会長の意向には、ある程度したがっていました。

それは、どこかで「父親」という感覚があったからです。小さい頃からいる「父親」の存在は、やっぱり大きかった。どの家族にもある「父親は頼りがいのある存在だ」という感覚があったのです。

僕が会社に入ってきてからも、創業者としてずっと父がいました。これまで46、7年も会社を経営している父。その大きな後ろ姿に、どこかで甘えている自分がいました。

でもあの日、明確に思ったんです。

「自分がなんとかしなければ」と。

会長が、自分たちの5年後、10年後を保証してくれるわけではありません。自分たちの将来は、自分たちでつくらないといけない。

僕が自らの手で、家業のバトンを握った瞬間だと思います。

それからは、会長にいっさい気を使わなくなりました。とにかく会社を立て直すことだけ考えて、組織を見直していったんです。

「売上主義」だった以前の会社

まずは、当時の会社の状況を書いていきます。

前回のnoteにも書きましたが、先代はなに一つ言語化しない人でした。企業理念もなければ、経営指針も、人事制度も、なにも示されていなかったのです。

そんななかで唯一あった目標が「売上」でした。「とにかく売上をあげろ」といわれて、売上が前年度を下回ると、営業会議で厳しく詰められるような会社でした。

昔は印刷の単価が高く、売上さえあげていれば会社は安泰でした。なにより先代の圧倒的な「営業力」によって、会社は成り立ってきていたのです。

しかし、「売上主義」がいきすぎたことによって、会社にはさまざまな弊害がおこっていました。

売上主義の弊害① お客様の要望を聞きすぎてしまう

売上主義だった僕らの会社には「お客様の要望を聞きすぎてしまう」という問題がありました。

たとえば「クライアントがキャンペーンに使用する商品券を、代理購入する」という仕事です。まず、商品券を現金で何百万円分も買います。それをクライアントに納品して、いただけるのはほんの数%の手数料だけです。しかも手数料が入ってくるのは、だいたい3ヶ月ぐらい後でした。「売上は100万円でも、粗利は3万円」のような仕事です。

本来は、印刷会社がするような仕事ではありません。でも「お客さんの頼みだから」といって受けてしまっていた。

「利益はあまりなくても、額が張る案件を受注すればいい」という発想だったのです。それによって「売上はあるのに、利益がない」という状態になっていました。

そういうことの積み重ねで、どんどん資金繰りが悪くなっていたのです。

売上主義の弊害② 赤字伝票が許されなかった

さらに、いまとなっては信じられないことですが、当時は営業が伝票の原価を勝手に書きかえていました。

それは先代が、赤字の売上伝票を提出するのを、絶対に許さなかったからです。「それ以外の案件の伝票もあわせれば、ちゃんと黒字になる」というような理屈があっても、絶対に許しませんでした。そうするとみんな、ごまかすのがうまくなっていったんです。

お客さんから「ちょっと値引きしてよ」と頼まれることがあります。でも、「原価に諸々の人件費などを足した額」よりも安く売ってしまうと、当然赤字になってしまいます。

そういうときに「本当は原価5000円だけど、伝票には2500円と書いておこう。そうすれば伝票上は、赤字じゃなくなる」と、ごまかせていたんです。

伝票を提出するときだけ、都合のいい原価を書いていた。すると、伝票上は赤字の仕事がひとつもなくなります。そうすればひとまず、伝票を受け取ってはもらえる。会社としても、そうするように営業に指導してしまっていたんです。

こんなことをしていると、「売上はあるけど、利益になっていない赤字案件」が、そもそもあるのかどうかもわからなくなります。

「価格の交渉をする」とか、「どうしても赤字になるならお断りする」という判断すらできない状況だったんです。

売上主義の弊害③ 会社が儲かっていないことに、社員が気づいていない

そんな状況でも、社員はなんとも思っていませんでした。

というのも、社員に公表されている数字は「売上」だけ。そして「売上」自体は、さほど大幅に減ってはいなかったのです。

でも実際には、売上の減りかた以上に、大幅に粗利額が落ちています。会社に残る金額は、どんどん減っていました。

でも、社員はみんな「売上」しか見ていません。だから「全然儲かってるんじゃないの」と思っていたんです。財務内容もなにもかも、いっさい開示されていないので、危機感の持ちようがなかったんですよね。

「会社の本当の状況」と、「社員が認識している状況」との乖離があったのです。

たまに、会長が「儲かっていないぞ」と怒りだすことがありました。でも、急にそんなことを言われても、社員は会社の状況がわかっていないし、売上しか見ていないので、全然響いていません。そもそも同じ景色を見ていないから、コミュニケーションが成立していなかったのです。

売上主義から「粗利主義」へ

お客様の要望を聞きすぎる。伝票を勝手に書きかえる。会社が儲かっていないことに、社員は気づいていない……。いきすぎた「売上主義」によって、さまざまな弊害が出ていました。

ということは逆に「売上主義」さえ変えれば、会社は一気に変わるんじゃないか? と思ったんです。

売上から原価をひいた「粗利額」が、どんどん少なくなっていく。それはつまり「粗利率が低い」ということです。だったら、コストカットをして原価を下げるか、もしくは販売単価を上げることで、「粗利率を上げる」努力をしないといけません。

これまでは「とにかく売上をあげてなんとかしよう」という発想しかできていませんでした。

でも「粗利率をあげよう」と考えれば、できることが広がるんです。

単価をいきなり上げるのは、なかなか難しい。でも、制作の中のちょっとしたムダをつぶして「コストカット」をすることなら、いますぐにできます。いちばん手っ取り早く、利益をあげることができるんです。

「この状況を乗り切るためには、コストカットして粗利率をあげるしかない」

そう決意し、「コストカット大作戦」を実行していきました。

「カリスマ性のなさ」という壁

そうはいっても、僕一人では会社は変えられません。なんとかして、社員についてきてもらわないといけない。

そこで僕がぶちあたったのが「圧倒的なカリスマ性のなさ」という壁でした。

これは、多くの二代目経営者が直面する壁ではないでしょうか。たくさんの実績を残して引退する先代と、これから実績を積まないといけない二代目。社員からみれば、カリスマ性がないのは当然です。

だから二代目経営者が新しいことをやろうとすると、どうしても実績とのギャップが生まれてしまいます

そもそもまだ信用されていないのに、いきなり大きなビジョンを掲げても社員はついてきません。「こいつ大丈夫か」みたいな目で見られるのがオチです。それよりも「明確に会社が良くなっていく」「数字が上がっていく」という、算数的なわかりやすさが必要なんです。

そうすることで、社員が社長のやりたいことを理屈としてわかって、ついてきてくれるんです。

まず社員に「会社の儲けのしくみ」を教える

そこで、まず僕がやったのは、社員に「会社の儲けのしくみ」を教えることです。

社員はみんな、お客さんに頼まれるとすぐに値引きしてしまっていました。自分たちが現場の最前線で「1%値下げする」ということが、最終的に会社の収益にどんなインパクトを与えるのか、誰もわかっていなかったからです。

「会社はどうやったら儲かるのか」ということを、社員は意外と知らないんです。

八百屋さんのように「大根を仕入れて、売って、その差分が会社の利益だ」みたいな「商売」の感覚は、会社のオフィスで仕事をしているとなくなってしまいがちです。お金の流れも「売上が上がった・下がった」みたいな、平易な言葉で流れてしまいます。

すると、みんな頑張っているのに、努力の方向性がバラバラになってしまうんです。それぞれが「自分の担当の仕事」のことしか考えていなくて「会社全体で儲ける」という目標に向かっていけていないからです。

社員の努力が束にならず、「がんばっているのに結果が出ない」状態になってしまっていました。

売上はあっても、利益はゼロになってしまう!?

そこで、全社員を集めて研修をしました。

みんな「売上」以外の指標に慣れていないので「そもそも粗利ってなんなんだっけ?」という状態です。だから「売値を1%値引きすると、利益は何%下がるか?」という、算数の話からしていきました。

たとえば、商品の売値を1%値下げして、売上が1000円から990円になったとします。

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↑実際に使用したスライド。

販管費や原価率が変わらないとすると、この1%の値引きで利益が10%なくなります。

そして、商品を10%値引きして売上が900円になると、利益はまったくなくなるんです。

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これまではみんな、お客さんに「ちょっと、10%ぐらい引いてよ」と言われても、「それでも売上は90%残るし、いいや」と思っていた。でも実際は、売上はあっても、利益はゼロになってしまうんです。

「値引きしても、そのぶん多く買ってもらえばいいじゃん!」と思うかもしれません。

しかし、もし10%値引きして、15%多く買ってもらったとします。それだと、売上は増えていても、40%の減益になってしまうんです。

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10%値引きしたとき、値引き前と同じ利益率に戻すには、25%多く売らないといけません。売上を25%増やさないと、元の利益率にならないんです。

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「じゃあ、みんなはいまの印刷の市場環境で、10%値引いて、25%の売上増を達成できる?」

「値引きするということは、売上を増やすこととセットなんだよ」

本当に基本的なことですが、そういう話をしていきました。

とつぜん僕が「もう売上なんかいらない」と言っても、「なんで?」となるのは当然です。だから、そうやって理屈を教えていきました。

利益を増やすために「やめた」6つのこと

社員に理屈を教えたら、いよいよ実際にコストカットをしていきます。

といっても、なにか特別な新しいことをしたわけではありません。むしろ逆で、これまでやっていたことを「やめた」のです。

やめたこと① 「タダ働き」

「そんなのあたりまえじゃん」と思うかもしれません。でも当時は、印刷の仕事が欲しいからといって、無償でやっている仕事がかなりあったんです。

「無数にデザインパターンを出す」とか「無限に修正回数を重ねる」とか。そういうことはやめていきました。

これまで僕らは、進行管理やプラン作成にかかる「ディレクション費」を取っていませんでした。デザイン費と印刷代しかなかったんです。それも、ちゃんと取るようにしました。

あとは「急ぎだから、通常の配送とは別で、はやく持ってきてほしい」と言われたら、きちんと追加の配送代をとる。そういうあたりまえのことを徹底していきました。

やめたこと② 「無駄な外注」

そのときに「営直」も廃止させました。

「営直」とは、営業が外注さんに直接「これちょっとやっといて」と仕事を依頼することです。シールや封筒など、自社工場でできない印刷物は当然あります。それを、当時は営業が直でやりとりして発注していました。

ところが、それだと人によって発注金額がちがっているんです。外注の営業さんも、ちょっと怖そうな人には安い見積もりを出すけれど、新人だとちょっと高めの見積もりを出したりしていました。

そういう、ある種の「利権」みたいになっているところは全部やめさせました。集中購買にして、すべての外注費の管理を一元化したのです。

外注先には値下げ交渉をして、すべていちばん安いところに変えました。

また、スケジュールの都合で安易に外注に流れていた仕事も、制作スケジュールを見直して、自社工場で製造できるよう徹底しました。

やめたこと③ 「粗利の低い仕事」

まずはこれまでの「営業が伝票を勝手に書きかえられる」という状態をなくし、原価を絶対に動かせないようにしました。

そうすると、利益の出ない「赤字案件」がきちんと浮かび上がってくるようになります。交渉しても赤字になってしまう仕事は、かなり断りました。

当時は、すべての伝票は僕がOKしないと通らない仕組みに変えました。

毎朝、僕のところに回ってくる伝票をすべて見て「この単価は高いからやり直して」とか「この納期なら外注しなくていいよね」といって添削していきました。習字で使う朱色のインクと筆を買ってきて、伝票に書き込んでいくんです。営業30人対僕1人の「赤ペン先生」みたいなことをやっていました。

これは「矯正ギブス」のようなもので、社員に根負けしてもらわないといけなかったんです。もちろん理屈も伝えて「そうしたほうがいいんだ」と頭でわかってもらうまで続けました。

セオリー通りにやるだけではうまくいかない

ここまでの3つの「やめたこと」は、セオリー的にはあたりまえのことです。

コストカットをするときは、まずコストの大きいところから削減していくのがセオリーです。

印刷会社のビジネスモデルの場合、「用紙代」がかなり大きなコストを占めています。そこで生産管理のメンバーを中心に、用紙代の見直しに取り組みました。これまでバラバラだった用紙の銘柄を統一し、集中購買することで、キロあたりの用紙代を大幅に削減したんです。

そうやってセオリー通りにやるだけでも、粗利はある程度上がります。でも、それだけでコストカットを成功させられるかというと、そうではありません。

「用紙代が1キロあたりいくら下がった」というのは、たしかに数字的なインパクトは大きいのですが、社員に言ってもあまり響かないんです。

社員の意識を変えるには、もっと「わかりやすい」変化が必要です。

やめたこと④ 「お歳暮とお中元」

そこで、お歳暮もお中元も、すべて廃止しました。

僕らの会社は「恩」とか「日ごろの感謝」とか「お世話」というのを大事にしています。だから、お客様にお歳暮をお渡しするのも営業ツールの1つみたいなもので、先代から大事にしていたことでした。

それも、そのときは全部やめていきました。そういう、いわばシンボリックなものをやめていく。「社長は本気なんだ」というのを見せるためには、この「わかりやすさ」が大事だったんです。

やめたこと⑤ 「営業車」

営業車もやめました。以前は、1人に1台ぐらいの数の営業車があったのですが、それをすべてなくしました。

社員に「必要です」と言われたら「なんで必要なの? 電車で行けばいいじゃん」と言いました。どうしても必要なときのための営業車も、もともとトヨタの普通車だったのを、ダイハツの軽自動車に替えました。

やめたこと⑥ 「iphone」

当時は、営業にiPhoneを支給していました。それもすべて、タッチパネルがうまく作動しないような、超安いスマホに替えました。

携帯という「毎日さわるもの」が、廉価版の粗悪品になる。すると社員の中にも「本当に会社がやばいんだ」という意識が芽生えます。そうやって、日々のなかで「コストカットをしよう」というメッセージを伝えていったんです。

社員の意識を変えるためには「わかりやすさ」が必要

自動車メーカー『スズキ』の鈴木修会長は「賢いケチ」として知られています。

会長が「もったいないから、いちいち電気を消さなきゃダメだ」というので、スズキのオフィスの電球には、1つ1つ「スイッチひも」がついているのだそうです。社員は自分がいるところだけ、カチャッとひもを引いてライトを点けて、いなくなるときはまたカチャッと電気を消すんです。

「そんなことして意味あるの?」と思うかもしれません。たしかに電気代なんて、全体の1%にも満たないようなコストです。修会長も名経営者だから、そんなのが大したコスト削減にならないことなんてわかっているんです。

でも、社員にとっては、すごく「わかりやすい」んですよね。

毎日消す、点ける、消す、点けるを繰り返す。そういう「わかりやすくて日常的なこと」が、組織を一体化させるためには必要なんです。

「数字的なインパクトが大きいアクション」「組織の意識を変えさせるためのアクション」はちがいます。その両方が掛け合わさったときに、想像以上のコスト削減が進むんです。

幹部の賞与をゼロにした

シンボリックなもの、わかりやすいものを変えていく必要がある。だから、幹部の賞与もほぼゼロにしました

もちろん反発はありましたが「いや、賞与なんて払えるような状況じゃないから」と言いました。そして、自分の給料は無しにしました。

毎月の営業会議でも、売上について一切言わなくなりました。売上があがっていても、粗利が落ちている社員はいっさい褒めないようにしました。「これ、なんで粗利下がってるの?」「売上あがっててもこれじゃ意味ないよ」「粗利額が増えないかぎり、給与は増えないよ」と。

売上しか見ていなかった社員を、粗利だけにフォーカスさせていく。それはもう、ある種の「戦い」でした。

「社長! 仕入れ値が1円下がりました!」

こんなことを続けていたある日、印刷課の課長がうれしそうに報告してきました。

「社長! 仕入れ値が、1円下がりました!」と。

これが、すごくうれしかったんですね。

彼には、印刷のインクや油をふきとるのに使う「ウエス」という布の発注を任せていました。その仕入れ値を、1枚あたり1円下げることができたというんです。

たった1円。でもウエスは月に何百枚も使うので、積み重なると大きなコストです。

その1円の値下げを、心からよろこんでいる社員を見たとき、僕は「このコストカット作戦は成功する」と確信したんです。

「粗利が増えれば給与も増える」という成功体験

そうやって社員の意識が変わっていったことで、少しずつ粗利額が増えていきました。

コストカット大作戦をした年の期末には、決算賞与を出しました。

業績としては、まだまだ胸を張れるような業績ではありませんでした。正直、決算賞与が出せるような状況ではなかった。でも、確実に粗利率は改善し、会社に残るお金は増えていました。

だからこのタイミングで、たとえ少額だとしても決算賞与を出すことで、社員の頑張りに報いたいと考えたんです。

幹部には、夏の賞与を減額した差額を、その決算賞与で返しました。それから、人事制度や給与制度自体を粗利ベースのものに変えるまでは、毎年決算賞与を出していました。

「粗利が増えると会社が儲かって、自分たちにもリターンがあるんだ」とわからないと「もっと頑張ろう」とは思わないですよね。「経営者が独り占めしているんじゃないか」と思う人もいる。きちんと開示しないと、やっぱりどこまでいっても、社員は信用してくれません。

そうやって社員に「粗利が増えれば給与も増える」という成功体験をしてもらいたかったんです。

先代とは真逆の方針

先代は、社員に売上以外の数字をいっさい見せていませんでした。それは「少しでも会社が傾いていることがわかれば、社員が辞めていく」という考え方だったからです。

社員に、会社が儲かっていないこともすべて伝えるという方針は、先代とは真逆だったと思います。

でもやっぱり、伝えないとなにもはじまらないと僕は思います。実際、「会社が儲かっていない」ということを伝えても、辞めていく社員はいませんでした。

印刷業界は「斜陽産業」だといわれています。

そのなかで、社員はみんな「売上、売上」「売上をあげろ」と言われ続けていました。

市場環境が伸びていないなかで「売上をあげろ」と言われる。それは、下りのエスカレーターに乗っているのに「これまでと同じペースでのぼり続けろ」と言われているようなものです。そんな状況に、社員も疲れてしまっていたんです。

でも粗利主義にシフトしたことで、可能性が広がりました。

さっき、10%の値下げで利益がなくなってしまうと言いました。でも逆に、原価を10%下げると、利益は2倍になるんです。

売上をあげるのは難しくても、「いま自分が受け持っている案件の原価率を1%下げる」ことならできるかもしれない。

「なんか、それなら自分にもできそう」と、社員に思ってもらいたかったんです。

「伝える」ことがエンパワーメントになる

努力の方向性を間違えると、みんな不幸になります。

やってもやっても結果が出ない。頑張っているからこそ「それ間違ってるよ」と言いづらい。

でも、社員に間違わせているのは、やっぱり経営者なんです。がんばってくれている社員の努力を、どうやって同じベクトルに合わせるか。それを考えるのが経営者の責任だと、この改革をとおして痛感しました。

「社員がわかっていなくても、仕組み化して勝手に動くようにすればいい」といわれることがあります。

でも僕は、仕組みの前にもっと大切なことがあると思っています。それは、正しく「伝える」ということです。「こういうふうにやると儲かるんだよ」と伝えることが、仕組みをつくっていくのだと思うんです。

社員に、会社の状況をきちんと伝えること。

それが、僕なりのエンパワーメントのかたちなんです。

僕らは中小企業です。上場を目指しているわけでもないし、投資家から多額の事業資金を調達できるわけでもない。自分たちの収益でしか、会社の借金は返せません。

それでも、みんなが同じ方向をむいて正しく頑張れば、業績は間違いなく上がります。社員の給料も上げられるんです。

去年の4月、緊急事態宣言が発令され、経済への影響が本格的に出てきたころ。

僕は社員に「誰もクビにしない。必ず雇用を守って、この状況を乗り切る」と約束しました。

なんの根拠もありません。4月ごろは、まだ先行きも不透明でした。でも、ここまでの5年間で、みんなで成果を出してきたから、いまの会社がある。それなのに、ここで誰かを削るなんて選択肢はないと思ったんです。

5年前、社員みんなが「この会社のために頑張ろう」と思ってくれたから、コストカット大作戦は成功した。

いまの僕らなら、この未曾有の事態も乗り越えられると思っています。

会社改革のもうひとつのポイント「新規事業の開拓」について、こちらのnoteにまとめています。新規事業開拓のポイントについては、こちらに詳しくまとめています。


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工藤太一/印刷会社二代目/glassy株式会社代表取締役

こんにちは。最後までお読み頂きましてありがとうございます。このnoteは僕のつたない経営や、インナーブランディングを行う中でのつまづきや失敗からの学びです。少しでも何か皆様のお役に立てたら嬉しいです。サポートはより良い会社づくりのための社員に配るお菓子代に使わせていただきます!

工藤太一/印刷会社二代目/glassy株式会社代表取締役
glassy株式会社 代表取締役社長。1975年東京生まれ。江東区の印刷会社 ㈱明祥の二代目。印刷の価値を見直し、上場・ベンチャーなど100社以上の「広報誌」を作成することで社内広報のお手伝いをしています。経営10年目。リアルで手触り感のある経営者の本音をモットーにしています。