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「どんな姿勢で立っているか?」~「板書屋」志賀壮史さんからの問いかけ~

1989年、世田谷のまちづくりから始まった、日本でのファシリテーション・グラフィックの導入と活用
1990年代には世田谷から全国各地のまちづくりの現場や、市民活動の現場に広まってゆきました。現在では、経営、イノベーション創出やデザイン、コミュニティや組織開発、教育や福祉など、様々な分野で用いられ、目的に応じた形で絵をもちいたコミュニケーション促進が進んでいます。

多様な分野で活用されていくのと同時に、参加者一人一人を尊重し、可視化しコミュニケーションを促していく立場として「何を目標として、どのように働くべきか」という職業倫理も問われています。※1

グラグリッドでは、東海大学の富田誠先生と共同で、ファシリテーショングラフィック(以下ファシグラ)含む「価値をうみだすための、場の目的にあわせた視覚化」をテーマとした論文を執筆しました。この調査過程で、ファシグラ黎明期である1990年代から、環境保全活動、市民参加型のまちづくりを中心に、共創の現場で活動を続けられてきた「板書屋」志賀壮史さんにインタビューを実施しました。

共創の現場の中から、志賀さんが見て描いてきたもの。多様な場と人に関わり、場の中で描く人として感じた大事にしたいこと。今、絵を用いて人と関わる人にとっても、大事な問いかけをインタビューでお話しいただきました。
今回はそのインタビューを記事として編集し、お届けします。

環境保全活動、市民参加型のまちづくりに関わる中で見えてきたこと

――志賀さんが「板書屋」としてファシリテーショングラフィックの活動を続けられたきっかけは、どんなところにあったのでしょうか?

志賀壮史氏(以下、志賀):もともと大学ではエコロジカル・プランニングや自然環境の保全について勉強していました。1996年に大学院に入って始めた、大分県竹田市での農村集落の聞き取り調査や地域おこしの話し合い、福岡市南区での市民参加のまちづくり事業への参画などが直接のきっかけとなると思います。

こうした活動をしていく中で、世田谷区のまちづくりの事例を知りました。
模造紙に自由に書き込みながら話し合いをするスタイルに影響され、私自身
も意識して進行役の横で板書するようになります。加えて、九州芸術工科大
学(現:九州大学)で、藤原惠洋先生と出会えたのも幸運でした。学科は違
ったもののワークショップのお手伝いや研究会にお邪魔して大きな影響を受
けました。

――はじまりは環境保全活動、そして市民参加型のまちづくりだったんです
ね。そこから、どんな風に「描く」活動をされていったんでしょうか?

志賀:1998年~99年頃「里山保全を学びたい」と思って参加した、里山インタープリターズキャンプから、活動が広がっていきました。場の進行をされていた川嶋直さん、ワークショップ・ミューで運営をされていた藁谷豊さん・青木将幸さんと出会ったんです。
2000年頃からは、青木将幸さんのミーティングファシリテーター研修を一緒に手伝うようになり、だんだん自分がファシグラの講師をするということも増えていきました。
ただ、声をかけてもらえれば講師をするというスタンスで、「ファシグラを広めよう」とは思ってなかったんです。

その場にいた人が、その力を最大限活かせるように

――2000年代前半というと、ファシリテーション技術に、企業からの注目が大きく集まって実践者が増えていった時期ですね。※2

志賀:そうですね。この時期、FAJ(日本ファシリテーション協会)九州支部の設立や活動にも携わっていきました。2005年頃からはファシグラの活動をする人も増えていって、楽しかった面もありますが、考えることも多い時期でした。

――どんなことを考えていらっしゃったんでしょうか?

志賀:自分はファシグラの存在意義を「その場にいた人がその力を最大限活かせること」だと考えてて、それは活動したときから今まで変わりません。場の作り方も構成的なものから非構成的な手法に変化してきていますが、根本として大事なのは参加者を受けとめることだと考えています。

ただ、ファシグラが広まっていくと、ずれも感じるようになっていって。「目的は結論をだすことで、参加者がおいてけぼりに見える」「自己実現のための板書」みたいな場に出会うこともありました。

また、きれいに描くことを否定しているわけではないのですが、グラフィックのできばえを論じている状況を見て、ファシグラとグラフィックレコーディング(以下グラレコ)では目的が違うなと感じていました。

――目的の違いを、どう感じられたんですか?

志賀:ファシグラでは、「会議中の今、役に立つ」ことが大事。参加者の話を聞いて、受けとめるのはとても大事な瞬間。場を共有して、その気持ちを残せているのかが鍵となります。
だから、参加者が見えるところで書くことや、突っ込まれたり間違いを指摘されたりできる距離にいることが大事だと思っています。

グラレコの場合、「あの会議、ああだったよね」という風に「後から役立つ」なのかもしれません。
時々、参加者から離れた場所でグラレコが行われて、それが記録として残ることもあったのですが、それはフェアではないと思います。参加者も見て、訂正のすりあわせをするなど、フェアな記録にしていけるといいのかもしれませんね。

どんな姿勢で立っているか?

――志賀さんは、参加者の話を聞いて、受けとめる、気持を残すことをとても大事にしていらっしゃるんですね。実際の場で、描く人のどんなところを見ているのでしょうか?

志賀:参加者の発言や思いを受けとめる勇気を持って、どんな姿勢で立っているか?
ですね。
例えば、ある会議でファシグラとして参加している方が、参加者が発言した時に、背を向けて絵に影をつけているというのを見て、私は違和感を感じました。
重要な役割のできごとをと聴くことが大事なのに・・・。
描く人の在り方は、進行中の立ち居振る舞いにでてくるように思います。

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描く人がどんな姿勢で立っているか、立ち居振る舞い。
そうした在り方について、志賀さんのブログにとても素敵な解説がありますので、ご紹介します。

ファシリテーショングラフィックとファシリテーションの関係を、よく赤福に例えて説明してました。
(中略)
ちなみにこの例え、真ん中にずっしりとあるのがファシリテータとしてのふるまいや問いかけ、あり方など。グラフィックはファシリテーションの幅を広げる技術だけれど、そればかりだと大事なところが抜けちゃいますよー、という意味で使っています。

話題のお菓子 板書屋ブログより引用


スマホやSNSが発達して、多様な人が発信者となり、情報が共有・拡散されるようになっていった2018年の現在、グラフィックも多様な分野で活用されるようになってきました。
そんな時代だからこそ、赤福の「真ん中」の存在が問われるように、志賀さんのインタビューを伺って感じました。

(和田)


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※1:ファシリテーターの職業倫理について
倫理については、著者(和田)自身も、多くのファシリテーターの先達からアドバイスいただいたり、ときにお叱りいただきながら育んでいます。読者の方へ倫理を語りえる立場では決してありませんが、「何を目標として、どのように働くべきか」を考え続けたくて、志賀さんの問いかけを今回こうして記事にしました。

※2:2000年代前半頃、ファシリテーション技術に、企業からの注目が大きく集まっていった時期について
カルロス・ゴーン氏が発表した日産の再建計画のチームでファシリテーターの活躍、2003年日本ファシリテーション協会(以下FAJ)の設立、2003年中野民夫氏による「ファシリテーション革命」出版などが背景にあります。


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