虚無に抗う刀 ―映画『斬、』について―

7

虚無に抗う刀 ―映画『斬、』について― 7

■〈終章〉斬ることの先にあるもの

 浅右衛門一族にとって斬るとは何か?

 この一族は浪人でありながら,権力の庇護の下で,その刀を振るい続けていた。幕府側にしてみれば,浅右衛門一族の第一の存在理由は,徳川家御佩刀御試御用にある。浅右衛門一族はあくまでも徳川将軍が佩刀する刀の威力を確認する仕事である。江戸時代の多くの時間は大きな争い事がなく,比較的平穏な時代であった。そうした中で徳川将軍が持つ刀に

もっとみる

虚無に抗う刀 ―映画『斬、』について― 6

■隠喩としての刀と鉄 『鉄男』と『斬、』

 ここで『斬、』の冒頭に立ち返ってみたい。

 熱せられた鉄の塊を(姿が見えないが)鍛冶師が激しく打ち付ける場面から映画は始まる。刀が製造される過程のひとコマであるが,同時にこの映画が塚本晋也によって作られたことを振り返ったとき,観客の多くが彼の代表作である『鉄男』を想起したであろう。

 人間の進化において文明は生まれ,発展した。マクロの視点で見たとき

もっとみる

虚無に抗う刀 ―映画『斬、』について― 5

■ゆうの慟哭、田村の読経

 ゆうの慟哭は,塚本監督の前作『野火』の最後,塚本自身が演ずる田村が執筆の手を止めて,窓から外へ向かい般若心経を唱える姿と重なる。このときの田村は多分,『野火』の原作者である大岡昇平をイメージしていることは察しがつく。

 大岡は自らの戦争体験を元にして,『俘虜記』に収められた「見つかるまで」を発表し,小説家としてデビューした。『野火』も大岡が戦地で体験したことが参考に

もっとみる

虚無に抗う刀 ―映画『斬、』について― 4

■生から死へ直面する杢之進とゆう

 杢之進は刀を突きつけられ,死に直面した。だが,次郎左衛門に助けられ一命を取り留めた。しかし,杢之進は剣を持って生きることに自信を喪失していく。部屋の片隅に座り込み,乱れた髪にも頓着することなく,剣を持って闘えない自分の不甲斐なさに落ち込む。次郎左衛門はそれでも杢之進の腕を見込み,彼の決断に期待する。しかし,そんな次郎左衛門の意志に反して,杢之進は出発を前に逃げ

もっとみる

虚無に抗う刀 ―映画『斬、』について― 3

■タナトスとしての刀

 『斬、』におけるクライマックスのひとつに,杢之進・次郎左衛門らが浪人集団と闘う場面がある。杢之進は当初,果敢にも浪人集団へ立ち向かい,初めて真剣でもって目の前の人間を斬る経験に直面する。だが,彼は真剣ではなく,落ちていた太い木の枝のようなもので,浪人集団に立ち向かっていく。ここで彼は斬ることを断念する。真剣ではなく木の枝を手にした瞬間に杢之進の挫折が表れている。同時に,斬

もっとみる

虚無に抗う刀 ―映画『斬、』について― 2

■エロスとしての刀

 杢之進ら浪人たちにとっての刀は生きるための手段であり,その身を守るためでもあり,そして変革のための道具であった。刀には彼らの〈生〉そのものが託されている。
 そして刀は,エロスの隠喩として仄めかされている。

 杢之進の住む小屋にゆうが訪れるシーンがある。ゆうは杢之進の住む小屋に入ることはない。杢之進も扉を開けて迎え入れることなく,彼女のいる気配を壁越しに察知すると,壁の隙

もっとみる

虚無に抗う刀 ―映画『斬、』について― 1

■はじめに

 2018年11月, 塚本晋也監督作品『斬、』が公開された。この作品が公に発表されたとき, 塚本監督が時代劇に初挑戦という見出しで紹介されていたが, タイトルが『斬、』と表記されたのを見た瞬間, 歴史小説の名手としてその名を知れた綱淵謙錠(故人)のデビュー作『斬』(文春文庫)を映画化するのか! と驚いた。それが早とちりだったことは記事を読んですぐに判明したが, 塚本晋也が作る時代劇が

もっとみる