見出し画像

魅せられて(Io ballo da sola)

 ベルトルッチが好きな人は、この映画はもしかしたら肩透かしかもしれない。私も中学生の頃だろうか、ビデオ屋でこのDVDの表紙はいつもやたらと目について、しかし「モニカベルッチの〜」と勝手な邦題をつけられたエロさを強調ばかりしている映画の類かと思って、全く素通りしていた。のちにあのベルトルッチの作品と知って見ることにした。

ベルトルッチの他の作品の紹介記事>>

◉初期の頃の「暗殺のオペラ」

◉後期の頃の「ドリーマーズ」


 1996年、これはベルトルッチが55歳の時の作品か、と思う。この映画は「若さ、処女」をテーマにしていることは一目瞭然だ。それも子供から大人へ差し掛かるあたりの熟れ具合の女性。19歳のルーシーというヒロインをリヴ・タイラーが演じているが、あまりにも大人の女性として完成しきったような体つきである。演じた当時彼女自身も19歳だったということを知り、驚いた。恥ずかしがる様子もなく無防備にミニスカートを履いて鬼ごっこをする姿は、あまりに似合わない、性的思考に結びつきやすい大人びた体つきである。不自然、と私は思ってしまったけれど、これは監督の狙っていたところだろうと思う。

 ストーリーは、アメリカからルーシー(リヴ・タイラー)がトスカーナの母の親友の家に遊びに来る。名目としては、母の親友の夫が彫刻家でそのモデルをするためにやってきた。母親は自殺しており、若かりし頃このトスカーナの家にしばらく滞在していたらしい。そして残されたノートに、このトスカーナの地にてルーシーを身ごもったことが記載されていた。自分の出生の秘密を探るべく、シエナに降り立ったルーシー。その彫刻家の家は、いろいろな芸術家、文化人が共同生活しているところであった。

美の象徴のようなルーシーは、処女という神聖さも相まって、その地の男という男を魅了していく。見ているだけで幸せだという初老の男から、あわよくば関係を持ちたい性欲の塊みたいな若い男まで。あまり警戒心もなくみんなに優しいが、ピュアな愛情を追求することを貫いている。初恋の男に「愛なんてない、愛情の証だけ存在するんだ」と言われルーシーは納得いかない。

スクリーンショット 2020-06-15 22.41.41

 もう夢のような場所である。もうどこもかしこも絵画のよう。トスカーナの広大な土地も素晴らしいし、その中に彫刻がまるでそこの住人のようにポツポツと座り込んでいる。平家の大きな石造りの家。夏でもとても涼しげだ。私が中部イタリアで見た景色がどんどん蘇ってくる。この景色を見るだけでもこの映画は一見の価値ありだと思う。芸術家同士で共同生活をして、一緒に食卓を囲み、助け合っている。この生活はとても魅力的に見える。野菜なども育て、蜂蜜も自分たちで作って、マリファナも吸って、まるでローマ風呂みたいな石造りのプールにみんなで裸で寝そべる。退廃的な生活。この退廃的な生活にはベルトルッチも少し違和感を感じているような描写が多々見受けられる。セリフでは「不自然だ」としっかり明言している。ルーシーの初恋の人の住居としてVilla di Geggianoという16世紀の建築が出てくるが、(ここも美しい!)ここで行われるパーティーの描写も皮肉っぽく描かれている。

スクリーンショット 2020-06-15 22.45.34

 そういえば私が気になってしまうのは、ここに出てくる女の人たちはすごく露出が激しく、こんな田舎で昼間も外で昼寝などしていて「蚊に刺されないのか」という問題である。私がイタリアに行くと蚊に刺されまくりである。しかし少し前は、蚊がもっと少なかったらしい。夜にしか出ない。最近気候変動とか温暖化でだんだんとイタリアも蚊が増えてきてしまったようだ。

 詩人の母を持つルーシーは自らも詩を書き、書いたら燃やす、書いたら燃やす、を繰り返している。(そのシーンも綺麗)恥ずかしいからなのか。こんな巨匠がいきなりこんな初々しい作品を撮って、見てる方が顔を赤らめたくなる。

 

ちなみに、こういうコンクールを見つけた。私が小中学生の子供がいたら是非やらせてみたいのに。



この記事が参加している募集

スキしてみて

イタリア映画特別上映会企画中です!あなたのサポートにより上映会でパンフレットが作れるかもしれません。もしよろしければサポートよろしくお願いいたします