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銀座花伝MAGAZINE vol.7

#一瞬 、一瞬が奇跡  慰霊とイノベーション 能役者・坂口貴信の闘い

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移動自粛のために「亡き人々への慰霊」は心の中で向き合う、今年のお盆となりました。生きたくても生きられなかった者の無念の思いを後世に伝えるために、世阿弥は「夢幻能」のシステムを創造しました。猿楽から能へのイノベーション、700年の時を超えてもなお輝き続ける能の原点。そこには、死者の思いを受け止めようとする世阿弥の純粋な「優しさ」が感じられます。銀座は、日本人が古来から持ち続ける「美意識」が土地の記憶として息づいている街。このページでは銀座の街角に棲息する「美のかけら」を発見していきます。

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能のイノベーターである世阿弥は、「風姿花伝」の中で、「花と、面白きと、めずらしき」と、これ3つは同じ心なりと説いています。ここで「花」とは能の魅力を意味する言葉で、つまり、花は常に面白く、新鮮でなければならない、と常に目新しさを演出することを求めているわけです。そこには、能役者にあなたたちは「能の未来」を創るために存在しているのですよ、という世阿弥の力強いメッセージを感じます。
坂口貴信師は、700年の時を超えて誠実に世阿弥の心を受け止め実践しよう
とする能役者です。選ばれし者がもつ、能楽界のイノベーションに向けての
情熱と、“美の達成”を常に掲げる芸の厳しさ、繊細さを本音インタビューで
伺いました。今回は、3回に分けて掲載する第2回目をお届けします。


波と松

◆「能のこころ」特集 坂口貴信インタビュー 第2章

1 能楽界の変革

  ▪️「ピンチはチャンス」をどう活かすか

能」には歴史的にみて、これまでに4度の大きな変革があった事は第一章(前号)に記載した通りです。この度のウイルス禍によりもたらされる変化は5度目の大変革になるのでしょうか。坂口師は、《ピンチをチャンスに変えられるかどうかは、自分たち能楽師次第》だと云います。

  ▪️能と映像の融合におけるパイオニアとして

— 東映とのコラボ「スペクタクル能」は、東京オリンピックが開催されていれば、今夏銀座で上演予定でしたが、ウイルス感染の影響から来年2021年に延期になりました。

「『スペクタクル能』は、能の中でも人気の高い「高砂」、「胡蝶」及び「紅葉狩」の3つを一気に上演すること、また、映画館の設備を活用し「神・鬼・麗」という能作品の象徴性をコンセプトにした映像を駆使することなど、新らたな時代の能を模索するチャレンジです。有り難い事に、観世宗家より、総合演出から主演までお任せいただけたことで、チャレンジの環境ができたと思っています。私自身は「能と映像の融合のパイオニア」を自負していますので、この恵まれた環境をどう活かすのか、と大いに自分自身にプレッシャーを課して取り組んでいます。」


—  観世のお家元は、この試みについて「世の中が戦乱や災害で疲弊した時
には、文化の底力を見せて行くのが、私ども能を率いる者の責任である、能楽の次世代を継ぐ坂口師のチャレンジに期待している」と、その意気込みを述べられています。

「そうしたチャレンジに挑戦する能楽師には大切な条件があります。何をやったら能を駄目にしてしまうのか、どこまで変える事はギリギリ大丈夫なのか、という『本質を守る』ラインが一番重要だと思っています。言い方を変えれば、“能を知らないとできない”“能の本質を知る者だからこそできる”ということです。私自身は、能楽師としては「本質を極めること」を命題としてこれまで稽古に励んできましたので、それを見極めた上で“能の“変革”に挑戦するつもりです」


三大能

  ▪️観たこともない「能」を創る —3つの変革—

日本最古700年の歴史をもつ「舞台芸術の最高峰」が挑む、スペクタクル能
では、どんな変革をしようとするのだろうか。

      神(GOD)・鬼(DEVIL)・麗(BEAUTY)
            『3つの変革』

◉「能楽堂」から出る
明治時代に登場して以来、ほとんど離れたことのない能楽堂を離れて演じる。今回は、巨大3面スクリーンが設置された映画館空間。

◉三大能一挙上演
本来能舞台は、1曲が1時間〜1時間半。それを、各曲45分に短縮して、一気に上演する。短い時間の中に、それぞれの世界観をどう凝縮して演出・表現できるかが問われる演出となる。

◉「想像の世界」を映像(CG)化                  本来は観客の『創造力』を借りて舞台を完成するのが「能」の手法。最新映像技術で、『創造力』を映像化する。

三大能PR


  ▪️こんなに面白い、能革命

さて、実際の作品は具体的にどんな風になるのだろうか。未だ、製作途中
ではあるが、各作品の【見どころ】とそれに対応した【演出】は次のようになるという。

【高砂】神様の能(GOD) 世阿弥作—能本来の原型を貫く演出—   「古今集」の一節「高砂、住の江の松も、相生の様に覚え」を題材として作出した「和歌の徳」にあふれる代表的な能。平和と長寿と変らぬ夫婦愛を表現している。舞台上では美しい詞章、颯爽とした若い神の舞う姿の清々しさが傑出した作品で、原型そのままの舞台を創る。
【胡蝶】麗(BEAUTY)の能 —能衣装にこだわらない衣装演出—
梅の花に縁のないことを嘆いた蝶が、都の梅の名所で梅花に出会い、喜び
の舞を舞う詩的ファンタジーの美しさが魅力の作品。ゆったりとした情緒
が要で、蝶の軽やかさを際立たせるために、衣装は能装束にこだわらず、
森英恵氏のデザインによる衣装を用いる。
【紅葉狩】鬼(DEVIL)の能 —鬼・宴を映像で演出—
一面の紅葉。戸隠山の鬼神が、美女に扮して宴を催し、武将が酔い伏す。
そして鬼神が正体を現し武将と壮絶な戦いをするシーンへ。物語が進むに
つれ、状況が明らかになっていく「種明かし」の妙が魅力の作品。宴の華
やかさ・妖艶さと鬼神との戦いのスペクタクル・ショー的な楽しさに満ち
た作品の前半部分、そして鬼の部分、謡の部分を映像技術で描く。通常の
能では「心の中」で想像する部分であるが、そこを映像で具体的に表現す
る試みである。

朝焼け


  ▪️客層の変化、変わる能楽界

坂口師は、能は「頭で考えるのではなく、聴覚的、視覚的、感覚的に感じ
る事が大切」と説く。能はそれを軸に、未来にどんな変革の可能性がある
のだろうか。


— お客様の層や感性などが時代とともに変ってきています。変化をどう
捉えていますか?

「一言で云えば『多様化』がキーワードだと思っています。これまで、能
は「能楽堂」などでの公演以外はほとんどやってきませんでした。お客様
の生活様式や感覚に合わせて提供するメディアも観賞し易いものに変化す
る必要に迫られています。特に直近の課題としてはお客様との「常識」の
違いにどう対応して行くかということ。「常識」とは時代時代で生まれ変
わります。また、人の数だけ常識があります。考え方が異なる、感じ方が
違う。
私たちのように、師匠から代々継承している能楽師の常識と、一般にお仕
事をされている皆さん、若い皆さん、親子など世代間でもかなり違います
。私自身の父も同じ能楽師ですが、その常識の感覚は違うなあ、と実感す
る事が多いです。業種それぞれ、世代それぞれ、色々な層があって、ポリ
シーを持って人々が集まり生きていることを尊重することがとても大切だと
感じています。」


  ▪️「変化を受け入れる」姿勢が大切

— 具体的にどんな対応が必要だと思われますか?

「そういう方々が、能の世界に近づいてきて下さるこのチャンスに、お客
様は『多様な方々』の集まりなのだと、先ずは受け入れる事が最も重要で
す。『能』の決まり事を押し付けるのではなく、『自由に観る事が可能な
芸能なのだ』。もっといえば、「自由に感性で観て下さい」というメッセ
ージを届ける方向に能楽界そのものが向かう必要あるのではないでしょうか」

飛ぶ鳥


— その変革を進めるにあたり、大変な点はどんなことですか?

「そういうお客様の状況を分った上で、私ども能楽師は『能舞台の公演』
を行なって行く訳ですが、能楽界には能楽界のしきたりというものがあり
ます。能舞台をご覧頂いた方は想像がつくと思いますが、例えば私が「坂
口貴信之會」を企画/公演する場合ですと、当然のことながら一人で能舞台
は創れないわけです。舞台を催すためには、先ずはその公演を師匠である
ご宗家からお許し頂き、「後見」(こうけん)という監督役をお願いする
事から始めます。そして、公演を成功させるために手伝って下さる仲間、
つまりシテ方(主人公)以外のワキ方、ツレ、という能楽師。間狂言を創
る狂言方。そして音楽担当・お囃子方の笛、小鼓、大鼓、太鼓。さらに声
のオーケストラともいえる地謡の能楽師8名をお願いする訳です。フルで
すと少なくても総勢30名の能舞台になります。
ですから、観世流の内部は元よりその他の方々との協力と信頼、その他の業界の方々とも丁寧なコンセンサスと距離感が大事になります。信頼を失った時には、独立独歩のようになってしまい、素晴しい舞台の成功は叶いませんから、この点が最も重要で肝に銘じている点です。特に能楽は歌舞伎の様にバックボーンとして興行主が存在する芸能ではありません。能楽師ひとりひとりがいわば自営業者ですから、一つの公演の収入だけが頼りという状況。補助金なども全くありませんので、まさに芸を究めないと収入の道も閉ざされるという厳しい環境の中で頑張っているわけです。そういう意味では能公演の収入だけが命綱です。」


   ▪️リモート時代、優先的な手だては


ー 動画配信などに舵を切る場合、どんな課題がありますか?

「収入的にみても能楽堂での舞台は最も大事な公演となります。加えて『能の本質』をお見せするために用意されている場ですので、「リアルの舞台」でご覧頂くことが本道です。そういう意味で、リモートによる上演は、なかなか相容れない所があるのですが、しかしウイルス禍が長引くことを考えますと、新たなメディアとの融合を急ぎ進める必要に迫られています。動画配信は、どんなメディアを使うのか、それを配信することで舞台の入場収入の増減はどうなのか、動画配信することで能が発展できるのか、総合的に成り立つのかを慎重に検討しているところです。」


ー 海外公演もこれまでに経験されていますね。

「NYリンカーンセンターフェスティバル観世宗家公演【葵の上】(2016)、マレーシア国際交流基金・能楽公演【船弁慶】(2017)など、これまでも海外での公演に参加して参りました。海外の能に対する熱狂的な反応をみるにつけ、能を広める大切な取り組みとして、海外公演の重要性は常に意識の中にあります。
能楽の素晴らしさを知って頂くにはフルでの舞台、つまり、シテ、ワキ、ツレを始め、お囃子方、地謡等など30人以上の舞台をお届けするのが原則です。しかし予算の関係からコンパクトな能舞台を創る方法等、海外に広める方法は何か、という課題にも取り組んで行かなければなりません。」


  ▪️「本物に出会える」 本質と手軽さと

「本物の“劇場に足を運んで頂くこと”が私の一番の望みであり目的です。海
外や国内での様々なコラボをコンパクトに行なうことや、リモート能舞台を鑑賞方法として選択するにしても、「本質を失わない」表現ができているかどうか、そこを外さないようにしていくことが最も大切な点です。正にそこを外したら「型無し」ですから。本質を表現できる「坂口貴信之會」を最高の芸できちんとやりつつ、新しいメディアでの能公演などが両立して出来るかどうかが、私にとっての【覚悟】であり試金石なのです」


伝説の一枚  能「松風」  シテ方 坂口貴信

松風



2  世阿弥が最も愛した作品
       —【砧】(きぬた)の秘技に挑むー

能の中でも「これほど美しい詞章は類例がない」と云われる名作。『古今和
歌集』や『新撰朗詠集』、『和漢朗詠集』などからの引用もなされ、作品世界に奥行きを添える詞章の数々。

「後世の人はこの能の味わいがわからないだろう」

世阿弥が遺した「末の世に知る人有まじ」、その自信作ぶりが分る言葉で
す。さて、この作品の秘技を伝えようとした世阿弥の真意はどこにあるの
でしょう。
9/19【坂口貴信之會】において【砧】のシテ役を勤める坂口貴信師。大曲
を演じる能楽師ならではの「美意識」についての本音と作品の魅力をたど
ります。

イエロー能

能「砧」 世阿弥作

【あらすじ】
タイトルの「砧」とは、布地を打ちやわらげ、艶を出すのに用いる木鎚や打
つ音を表している。舞台は九州、最愛の夫(芦屋某)が訴訟のために都に逗留、3年が経ってしまう。妻は夫の帰りを待ちわびる毎日。国元に帰れない夫は様子を伺うために侍女・夕霧を使いに下すものの、妻は夫の無情を嘆き乍ら、我恋心届けとばかりに「砧」を打ち続ける。結局、思い届かず夫が帰国出来ないことを知り絶望する妻は遂に命を落とす。ようやく帰国した夫に、恋慕の執心冷めない妻の亡霊が現れ、夫のつれなさを責めるが、最後は夫の読経の功徳で成仏して行くというストーリー。
【見どころ】 「砧の段」
一人残された妻の恋心、愛の悲しみ、忘却への恨みなど、女の情念と人間的な苦悩を詩情豊かに描く前場の名シーン。砧で「衣を打つ音」と「松風の声」とが重なり合って一層深みを増す悲しみ、「遠くにいる夫も同じ月をみているのだろうか」と、庭の空を見上げる妻の心を、寒々とした月の光が軒の忍草に映るなど情景豊かに表現するなど、数々の趣向が凝らされている。



霧の森

  ▪️「音の響き」を感じてほしい


— 能の言葉が難しくて意味がわからない、という感想をお持ちの方も多
いと思います。「砧」を例にとって、謡を分り易く感じるにはどんな
方法があるでしょうか。

「能の謡は、ご存知のように“和歌の言葉の連なり”で出来上がっています。
和歌というものが“無駄なものを削ぎ落として、文字数を決めて、極力まで
コンパクトな中に膨大な思いを込める”という作業の上に言葉が連なってい
ますよね。言って見れば、そうして分りづらくなっている言葉を繫ぎ合わ
せて、重ねていくのが“能の曲”なんです。能を難しく感じるのはその点にあ
ります。ですから、それを前提として、謡う方としては、『音の響き』を
大事にしているのです」


—『音の響き』ですか?

「和歌の言葉で例えば、『月』とか『故郷(古里)』『砧』という単語を繫いで行く。そうすると、その音が発するイメージがその場面を創っていくのだ、と感じることがあります。世阿弥は、作品を形作る時に、いろいろな時代の和歌を選んで、表現したいコンセプトに合わせてあっちへこっちへと入れ込んでくる訳です。そこには、一貫性はないけれど、それを承知の上で和歌を組み込む作業をしている。ですから、文脈等を追うと余計に分りづらくなるのも当然なのです。」

「私たち能楽師は、ひとつひとつの単語を大切にして、特にエッセンスを
加えなければならない部分には『節』を付けて際立たせるということをし
ています。単語の『音の響き』を大事にするとはそういうことなのです」


—  観る側も、「音を感じる」という体験がいいのですね?

「作品全体を意味を考えてよく理解しようなどとは思わずに、単語を掛け
合わせてその世界を思い浮かべる
、そうすると能を感じることが出来るよ
うになるのではないでしょうか」


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『砧』のクライマックスの詞章の一部をご紹介します。妻の心情を詩情豊
かに表現している名シーンです。能楽師達の放つ音の響きを想像してみて
下さい

地謡  蘇武が旅寝は北の国。これは東の空なれば。西より来る秋の風の。
    吹き送れと間遠の衣擣たうよ。古里の。軒端の松も心せよ。
    おのが枝々に。嵐の音を残すなよ。今の砧の声添へて。
    君がそなたに吹けや風。余りに吹きて松風よ。我が心。
    通ひて人に見ゆならば。その夢を破るな破れて。
    後はこの衣たれか来ても訪ふべき来て訪ふならばいつまでも。
    衣は裁ちもかへなん。夏衣薄き契はいまはしや。
    君が命は長き夜の。月にはとても寝られぬに。
    いざいざ衣うたうよ。
    かの七夕の契には。一夜ばかりの狩衣。
    天の河波立ち隔て。逢瀬かひなき浮舟の。梶の葉もろき露涙。
    二つの袖やしをるらん。水蔭草*ならば。
    波うち寄せようたかた。

*天の川に生えるという水陰草(水かけ草)のこと

シテ 文月七日の暁や。
地謡 八月九月。げに正に長き夜。千声万声の憂きを人に知らせばや。
   月の色 風の気色。影に置く霜までも。心凄きをりふしに。
   砧の音 夜嵐 悲みの声 虫の音。交りて落つる露涙。
   ほろほろはらはらはらと。いづれ砧の音やらん。

紺碧の月

  

  ▪️「砧」の秘技

能役者にとって「砧」はとても難しい作品だと、坂口師は云います。
動きの少なさ、現代においては想像するのが難しい物語....、その世界観を表現するには、能役者の「存在」をかけた人間力ともいうべき深い芸が求められるようです。

なぜ世阿弥は「この能の味わいはわからない」と云ったのか

その答えは、世阿弥が「砧」に込めた世界観にあるのだと坂口師はいいま
す。その世界観に今回どう挑もうとされているのか伺ってみました。

ススキ


  ▪️風情

— この作品の世界観をひとことで云うと?

「それは “風情”に尽きるのではないでしょうか。」

「風情とは、日本古来から存在する美意識の1つです。長い時間を経て大自然によりもたらされるものの変化や、日本の四季が創り出す、儚いもの、質素なもの、空虚なもの、雰囲気の中にある美しさです。その中に趣や情緒を見つけだし、そしてそれを心で感じるということ、になるのでしょうが、それを芸で醸し出すという異次元の表現力が試されるのです」


ー 風情を表現する、芸のヒントはどこにありそうですか?

「風情を別の角度からみれば、世阿弥が独自に育み深化をとげ獲得し、700年という長い歴史の中でもまれて来た「舞台上の趣(おもむき)」ともいえます。ショーのような娯楽的な作品に対して、能役者の内面をどんどん掘り下げていく能は、とても「思索」に富んでいて、芸の幅があってこそ、その懐の深さが出せるわけです。しかしだからといって、“大曲だから”と気負って、体にチカラが入っては形無しになります」

波の動き


  ▪️ストーリーも、動きも 共感しづらい


— これまでにも“砧”の舞台は経験されたとうかがいました。

「ツレ(侍女・夕霧)役として、あるいは地謡として何度も勤めてきました。その度毎に技術も人間性もその格が求められる作品であることを、肝に銘じることになりました。この作品を「坂口貴信之會」でシテ方(前シテ/芦屋某、北方、 後シテ/北の方、亡霊)として演じることを決めた時は、“未だ自分には早いな”という思いは正直な所ありました。それから、ことあるごとに、先人の演技を画像で観たり、様々な書物(原本、研究本など)にあたりながら、舞台イメージを膨らませて来ました。その内に、世阿弥はなぜ「後世の人にはわからない」と云ったのだろうということが自分なりに分ってきました」

「まず“砧”は、“妻が遠方にいる夫を恋慕し続けて死ぬ”という物語の筋書きに現代的なリアリティがありません。これは、観客から観て、その演目にストーリーからでは入り込めないことを意味します。その上、起伏に富んだ演目と違い、能役者の表現はすこぶる静かでいわゆる「動き」が少ない。ですから、観客は動きからも主人公の感情を掴んでの没入感を得づらいのです。ストーリーも舞や所作という技術でも伝わりづらい、なるほどこれは難解だ、となります」


  ▪️謎を解く、「観る文学」という感性

「ところが、詞章(言葉)を読むとそこには美しい情景を彷彿とさせる、趣に溢れています。私は時に能のことを“観る文学”という言い方をすることがあります。正に“砧”は和歌がもつ言葉の美意識や世界観こそを表現すべき作品なのだと実感したのです。これが「風情」の根本だと。
特に「砧の段」クライマックスの地謡がうたう詩の美しさには舞台に立っていてもしびれるようです。そして「ほろほろはらはらはらと」の詞章での微妙に進んだり停滞したりするテンポに合わせてシテとツレが、交互に扇で作物を打つシーンは、名場面であるがゆえに大変難しい舞が求められます」


紫の花


  ▪️「舞っては駄目」


— 世阿弥の真意に辿り着いたきっかけは?

「芸の技術を舞台の世界観に近づけるにはどうしたら良いのか。迷い迷い稽古を積んでいる最中に、先輩能役者から告げられた言葉がありました。その言葉に、はっとしたことを今も鮮明に覚えています。

“砧”は、舞っちゃ駄目だ。

“舞うという心から離れないと駄目だ”というのです。動きがこうだとか、謡がこうだという技術的なことより、そこに居て醸し出す。自然にやることが肝だと。ああ、世阿弥の云っていたことはこれか、と。


“自然にやる”。

“心が動いてそうなるようにやる”。

“自然の花が好きな時に咲くようにやる”。


これこそが“存在感を示す”ということなのだと、本当の意味に辿り着けたような気がしました」


  ▪️人生を懸ける、一度きりの舞台

—9月の公演は、ウイルスの影響もあり半分の観客数での舞台になると伺いました。

「能舞台は一期一会ですから、一生に一度そのときだけの舞台上演となります。しかし今回は市中でのウイルス感染のため十分な感染対策をした上で、お席は一席空け、市松配席のため半分の席数となります。私たち能役者は、お客様の人数、どんなお客様がご覧なのか、その場の気を感じて演ずることが大変重要だと考えています。今回の会場の雰囲気をイメージしながら、これまで蓄積しすべてが溢れ出る様な、お客様の心を揺さぶる舞台をご覧頂けるよう稽古に励んでいるところです。」

ドット花

ただ、花は、見る人の心にめづらしきが花なり
                   世阿弥「風姿花伝」第七別紙口伝

—受け手側が新鮮な感動を受け取ってこそ舞台の魅力となるのだ。花という実態があるのではなく、観客との相対的な駆け引きの中にそれはあるー

この続きは次号でお楽しみ下さい。


坂口貴信インタビュー【第3章】は、
◉名人からの学び—壁を飛び越える瞬間— 
◉今の自分を超えて、未来へつなぐ   
—他をお届けします。

砧チラシ

“砧”公演 チケット情報 

9月19日(土)「坂口貴信之會」能公演、S席、A席は完売しました。B席、C席の追加発売を8月12日より開始しました。

【インタビューの後に】

師の中にいくつもの顔があることに気づかされるインタビュー。人間力で美に到達しようとする能役者の顔と、和歌・日本語の美を探求しようとする哲学者の顔、そして、さらなる能の100年後を目指すイノベーターとして顔。「能舞台の演目を考えているとき」が至福の時間だと、以前伺ったことがあります。芸を深化させ未来に繫ぐのが能役者の使命であるとすれば、師のマルチな才能には、類を見ない存在感を感じずにはおれません。
                            【第2章 了 】
(聞き手:岩田理栄子/銀座花伝 収録日:2020年7月10日)

(*注)坂口貴信師「舞台画像」は著作権のある作品です。転載を禁じます(©能プロ)



カフェ


◆銀座情報

▪️築地本願寺 能楽師直伝「能・狂言」講座    (8/28,9/4,9/15)

築地本願寺本堂

4月から延期だった築地本願寺主催の能楽・狂言講座がいよいよ始まります。第一回目は、本誌「銀座花伝MAGAZINE」でもご紹介しております坂口貴信師がご登壇されます。師の舞台以外での講座は大変珍しいため、楽しみにしていらっしゃった方も多いはずだと思います。是非ともこの機会に「真の能楽」の心を知る貴重な体験をお見逃しなく!

坂口ひとこと

講座は、ウイルス感染防止を十分にした上でのリアル講義と、ZOOMを活用したweb講義を同時に開催します。下記ホームページより会員登録の上、お申し込み下さい。参加費1,000円で本物の能楽師・狂言師のお話・実演をご体験いただけます。会場は、築地本願寺・銀座サロン。

○8/28(金)14:00〜15:30                                                                                            「謡・仕舞 能の表現」観世流シテ方  坂口 貴信師

*すでに8/28リアル席は満席です。webでのご参加を是非ご利用ください。

今後の予定は・・・

○9/4(金)15:00〜16:30                     「神秘なる能面・能装束の世界」喜多流シテ方 大島 輝久師
○9/15(火)14:00 〜15:00                                                               「狂言から観る 能楽の世界」 和泉流狂言方  野村 太一郎師

講座のお申し込み:築地本願寺HP 銀座サロン・Kokoroアカデミーから。


イメージ紫

▪️新作能「白雪姫」 野村萬斎 監修   野村太一郎 主演 

和泉流狂言師の野村太一郎師が、父 万之丞の遺した新作能「白雪姫」の主演と演出を手がける。200年前のグリム童話の世界に,狂言世界ならではのユーモアと大胆な翻案を加えての様式美に生まれ変わらせる。監修は野村萬斎、「女王=魔女」野村太一郎、「白雪姫」坂口貴信(観世流シテ方)、「王子」には観世宗家のプリンス観世三郎太、その他の小人たちには達者な役者の布陣が敷かれ、見るものをグリム童話の幻想世界へ引き込む見事な作品。

本作は、八世野村万蔵(五世野村万之丞)十七回忌追善特別公演として、2020年6月6日銀座の観世能楽堂にて上演が予定されていたが、コロナウイルスの関係で無観客上演となった。この度、Blu-ray&DVDとして販売が決定。カメラが自在に動き回ることで最高の映像美を実現し、特典映像としてメイキングムービーや萬斎、太一郎らの出演者インタビューが収録されている。有料動画配信なども予定されている。

白雪姫

初回限定版 ブルーレイ(80分)盤 11,000円            通常盤 5,000円、  動画配信 980円 など様々なメディアでご覧いただくことができます。        
【発売日】2020年8月14日(金)
【販路】クラウドファンディング「SILKHAT(シルクハット)」        【URL】https://silkhat.yoshimoto.co.jp/projects/1815/



ガス灯

  ▪️銀座 店主コラボ 「銀座玉手箱」プロジェクト


銀座玉手箱

新型コロナの影響で、大きく経済的打撃を受けている銀座を元気にしたいと、新旧の専門店主たちが販売プロジェクトを立ち上げた。銀座の名品から新しい発見のある逸品までをまとめて販売するプロジェクト。老舗「松崎煎餅」「黒田陶苑」、そして新しい息吹を呼び込む「銀座もとじ」「木挽町よしや」「銀座夏野」「森岡書店」などがコラボして、「銀座を忘れないで」の思いを込めて「銀座玉手箱」を発売した。

「銀座は、明治の大火をはじめ、関東大震災、大戦と幾度となく危機に陥り復興してきました。そんな力強い街に僕は生まれ育ち、そして再び危機が立ちはだかっているのだと思っています。
自分ができることは、大きくないですが、街の仲間たちと手を取り合って、真摯に商売と向き合っていけば、必ずや明るい未来は見えると信じています。そして、街の人間だけではなく、銀座ファンの皆さんも含めて新しい銀座を見つけていきたい、つくっていきたいと思っています。
笑顔で元気にみなさまとお会いできる日を、一同楽しみに待っております!」
発起人の一人、創業256年松崎煎餅・8代目の松崎宗平さんの言葉が熱い。

この機会に「おうちで銀座に出会える」銀座の発見、覗いてみませんか?

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◆ 編集後記(editor profile)

予想もできないことが次々と起こり、心が休まらない毎日が続いています。そんな時は、

「今は根を強くするチャンス」

だと、人間国宝・野村萬師(狂言師)は云います。90歳を超えてなお、「世阿弥をバックボーンに、硬直化した能を生きた能に蘇らせるために闘う」と。

若手能楽師のホープ坂口貴信師のお話を伺いながら、実に「新しいメディアと能は相性がいい」ことを感じます。それは、能がシンプルで、ある意味で変幻自在だからではないでしょうか。銀座でも、「変化」することを厭わず進取に励んできた歴史が今、問われています。老舗の若い店主を中心に「新しい銀座」でお客様をおもてなししよう、という活動も生まれてきています。

イノベーションとは、視点を変えること。私たち一人一人も、自分自身を咲かせる一歩を進めていきましよう。

本日も最後までお読みくださりありがとうございます。

           責任編集:【銀座花伝】プロジェクト 岩田理栄子


東京銀座TRA3株式会社 | TRA3では、世界一の商業都市銀座を舞台に、3次元で感じる楽しさを「おさんぽ術」や「イベント」「銀座商品」など、バラエティ豊かにお届けしています。私たちの会社は、日本を元気にするために、東京銀座ブランドの価値を再発見し、活かし、広げ、人に街に“豊かさの連鎖反応”を起こしていきます。
tra3.jp

〈editorprofile〉                           岩田理栄子:【銀座花伝】プロジェクト・プロデューサー         銀座お散歩マイスター / マーケターコーチ                               東京銀座TRA3 株式会社代表取締役         著書:「銀座が先生」芸術新聞社刊

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