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続・下町音楽夜話 0302「ブランニューな歌」

最近面白いと思うのは、若い方がお店にいらしてアナログ・レコードを初めて見たとおっしゃっている割りに、音がいいということは理解していらっしゃることだ。「ああ、本当だ。」「やっぱりいいね。」という流れになる。それでも、「どうして音が出るのか不思議~。」というところも共通している。ビニール板を針で擦って音が出るということが理解できても、どうしてあれだけいい音で鳴るのかは自分でも上手く説明できない。「本来ならシャリシャリしたノイズ的な音なのに、一定の割合で低音成分を増幅することで本来の音に復元できるんですよ。」などと言っているが、概ね理解はしてもらえない。大学生くらいの女子に「理屈は分かっているんです。現物を見るのも聞くのも初めてですけど。」と言われ、返す言葉を失うこともある。「はぁ…。」

時代とともに同じものを表す言葉が変わることはよくある。アナログ・レコードもその一つだ。買い始めた頃はレコードであり、大きいのがLP、小さいのがシングルだった。小さいヤツでも4曲入っているのがEPと呼んでいた。12インチ・シングルが出回り始めた頃に、シングル盤は7インチというサイズを頭につけて、7インチ・シングルとも呼ばれるようになった。また4曲入りだが45回転のものはマキシ・シングルと呼ばれた。

次にCDが出てきた頃から、レコード盤を総称してアナログ(盤)という言葉が使われ始めた。デジタルの対義語なので、これは分かりやすかったが、7インチ盤を全てEPと呼ぶような人/店も出てきた。「おい、違うだろ。」と思ったが、世の中の音楽メディアの主流から外れていく過程で、どうでもいいことになってしまったようだった。

その後レーザーディスクだの、MDだの、デュアルディスクだのいろいろ出てきたが、いずれも長続きしなかった。録音メディアはカセットテープからMDになったり、CD-Rになったり、いろいろだったが、販売用のメディアはCDがどんどん高音質/高品質になっていった。一方でダウンロード販売が生まれ、定額配信制などのサービスになっていってしまった。そして、まさかのアナログ盤の復活である。ここにきて、配信サービスやダウンロード販売に対する概念として、物理的なメディア、すなわちアナログのビニール盤やデジタルデータを格納したCD/DVDなどのディスクを総称してフィジカルという言葉が使われ始めた。紙ジャケットCDに愛着を感じることは理解できるので、「なるほど」とは思うが、アナログとデジタルを一緒にすることにはどうも違和感を覚える。

所有欲を満たすアイテムとして、フィジカルでないといけないと言うつもりはないが、やはり物質的に手に取れないものはコレクターズ・アイテムになり難いという気もする。自分の場合、HDDプレイヤーに10万曲入れてあっても、これを大事にする意識が全く無いことが、そういう気持ちの表れなのだろう。やれレア盤だ高額盤だという概念がないフラットな世界に、寂しさを感じなくもない。ただ、金額の問題だけではないことは、なかなかご理解いただけないようで、とても高額では取引できない汚レコードでも、愛着のある曲であれば、手放したくなかったりする。オリジナル盤でなくとも、子供の頃になけなしの小遣いで買った再発盤はやはりお宝であり、個人的に大事なものなのである。配信サービスにはない感覚だろう。

始めて半年が経ち、最近ではあえて断らなくなったが、ラジオ番組でも、自分はアナログ盤で鳴らすことにしている。別にそういうオーダーがあったわけではないが、アナログ盤を扱うレコード屋もやっているのだから、少しはプロモーションにもなるだろうと思ってのことである。自分が鳴らした音を聴いたリスナーさんがアナログに興味を持ってくれるとも思っていないが、「意外にいい音で鳴るな」と感じてくれる若者が一人でもいてくれればという程度である。「フィジカルも悪くないですよ…ホント」。

先日のラジオ番組のお題は「ブランニューな歌」というあまりに抽象的なものだった。新年だからという意味ではU2「ニュー・イヤーズ・デイ」などでいいかとも思っていたが、曲が持つメッセージや背景を考えると、どうも気分が上がらない。むしろ歌詞を見て前向きな曲を選び、さらにはできるだけ難しいことをやっていない曲を選んでみた。個人的には、いろいろ考えさせられるメッセージ色が強い曲よりは、何も考えずにノレるシンプルな曲の方が気分は上がる。

唯一、他の曲とは違う理由で選んだのがブレッカー・ブラザーズの「イースト・リヴァー」である。ファンキーかつアグレッシヴなこの曲を7インチ盤で鳴らすということには少々拘りがあったのである。テリー・ボジオがドラムスを叩きまくっている、いかにもやんちゃなこの曲が大好きなのだ。しかも名盤「ヘヴィメタル・ビバップ」の1曲目である。大名曲「サム・スカンク・ファンク」を差し置いて、アルバム冒頭にこの曲を持ってきたアーティストの意向を考えると、これはフィジカルで鳴らさないと意味がないのだ。しかも7インチ・シングルでリリースしているのである。これは7インチ盤で鳴らしてこそ意味がある曲であり、気分も上がる「ブランニューな歌」というものなのである



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