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あらびき桃太郎 - 3 「智辯大付属中京商業学園広島第一」

 ばあさんは川で拾ったそのブタを家に持ち帰りました。

「おい、クソジジイ! ちょっと外出てきてみろよ! とんでもねぇもん手に入れてきたで!! 」

 居間のテレビで甲子園を見ていたじいさんは、返事をせず代わりにテレビの音量を大きくしました。

「おいジジイてめぇ!家内の声を聞きたくねぇってか!……はぁーん分かったよ。アンタの返事は受けとった。じゃあ桃井はアタシ一人でいただくことにするからね!!後悔してショック死しな!」

 甲子園は現在9回裏ツーアウト。このバッターを打ち取れば智辯大付属中京商業学園広島第一の初優勝が決まる。アナウンサーの声にも緊張が走っていた。

「さぁ! あぁ……。えっと、智辯大付属中京工業、違う!失礼しました!智辯大付属商業広島……違う!! 失礼しました! ひぃ! いやあぁ!解説の山本さんこっち見ないで! アンタの顔が怖いのも原因なんだよ!? ふぅー。トルネード投法、トルネード投法。よし。智辯大付属広島商業中京智辯第二中のピッチャー……。あれ? ボールはどこだ! ボールはどこに消えた!! いや、違う!整列しているぅー!! ゲームセットだ! ゲームセ 」

 じいさんはテレビを消して、仕方なくばあさんの様子を見に行きました。ばあさんは焚き火をたいて、その上に縛り付けたブタを吊るしていました。

「ちょおおおぃ!ババア!なにやってる!!なにその巨大なブタ!?やめて!今すぐやめて!変なウワサ立つから!」

「なにやってるってアンタが呼んでもこねぇから、一人でBBQだろうが。川で拾ってきたんだよ!桃井はアタシが一人で全部食べるんだ」

「やめて!俺ムリ耐えられない!泣いてる!ブタ泣いてる!」

 じいさんは足で土をかいて焚き火の炎を消し、吊るし台を蹴り倒しました。ブタも一緒に崩れ落ちます。

「なにすんだよこの意気地なしが!しょーがねぇだろ!そうやって生きてるんだよアタシたちは!たくさんの殺生の上で今日も息を吸わせてもうてます!!いいから桃井を食わせろ!」

「その桃井ってのなんだよ!」

「コイツの名前に決まってんだろ!家に帰りながら決めたんだよ!」

「なんでそんな人間味あふれる名前つけた!?食べづらくなるだろ普通!狂ってんのかババア!」

 その時、空の大きな雲が真っ二つに割れ、上空から光が差し込みました。柔らかな光でした。その光は、スポットライトのようにばあさんたちに注がれます。

 空から何者かが降りてきました。その者は、背中から天使のように真っ白な羽が生え、頭の上には天使のようなリングが光っています。つまり天使でした。天使は光の中をまっすぐに降りてきて、ばあさんとじいさんの元に降り立ちました。

「やぁ、私は大天使ガブリエル。お前たちに予言を送ろう。心の準備はよいか」

 ばあさんとじいさんからは返事がありません。ガブリエルは声を少し大きくして言いました。

「やぁ、私は大天使ガブリエル。お前たちに予言を送ろう。心の準備はよいか」

 ばあさんとじいさんからは返事がありません。

「もしもし、ねぇ聞いてます?大天使ガブリエルです。分かりますよね?受胎告知です、受胎告知。驚いたりありがたがったりしてよ、もっと」

「いや、ちょっと急すぎてよく分かんないよ。受胎告知って、アタシ74歳だよ?無理だよ。産めないよ。アタシ死んじゃうよ」

「大丈夫だ、安心、あっ」

 ガブリエルは思い出したように片膝をつき、二人の前に右手をスッと出しました。目を細めて顔はスンと。ちょっといい声で。

「大丈夫だ、安心しなさい。授かるのは君じゃない。君が朝に拾ったブタだよ。彼女が救世主になる男の子を授かるんだ。とても神聖なブタさ。さぁどこにいるかな」

「……えっ? ブタ? あぁ。ブタなら……下です」

 ガブリエルは自分の足元に目をやると、ブタを踏みつけていることにようやく気づきました。慌てて飛び降ります。飛び降りた時のキックでブタが「ピギャッ」と鳴きました。

「あっ!あぁ……。すまない。失礼した」

「泣いてる。桃井泣いてるって。俺もう無理だよ。川に帰そうよ」

「帰すならせめて山だろうがジジイ」

 桃井は縛られたままの姿で横たわり、目にはじんわりと涙をにじませていました。

<第4話につづく>

イラスト : 石川マチルダ

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