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あらびき桃太郎 - 4 「ワンナイト」

「なぁ、お前たちどうしてブタを縛りつけていたんだ? コイツ、すごくありがたいブタなんだぜ」と、ガブリエルは桃井の足に巻きつけられていたヒモの結び目をいじりながら、ばあさんとじいさんに尋ねました。

「あ、いや、なんかその……。授かりそうだなぁーって思って。絶対授かるじゃんコイツ。逃がしたらアカンやつだなーって感じたんだよね」

 そう答えるばあさんを、じいさんは横目に見ていました。結婚生活もかれこれ53年。まさかこんな女になるとは思いもしませんでした。

「ほぉー、下界の人間に判断できるとは。なかなか見る目があるな」

 ガブリエルはヒモの結び目を緩めようと必死でした。だが、全くほどけそうな気配はありません。

「まぁね。それで、救世主の男の子って言ってたけど、どういうことだい? 私たちを救ってくれる男の子か?」

「あーいや、お前たちのというわけじゃない。この世界全体の救世主という意味だ」

「あぁ。なんだそうなのか」

「なにか不満か?」

「いや、私たちを金銭面で救ってくれる子なのかなぁって考えてたのさ」

「なんだお前たち、あれかなのか。貧しき者なのか」

「そんな面と向かって言うもんじゃないぜフライドチキン」

「あーもう、なにこれ。ムリ」

 ガブリエルはブタのヒモをほどくのをあきらめました。ばあさんの堅むすびは思ったよりタフだったのです。

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「ガブリエルさん。その救世主って桃井がどう授かるんでしょうか? そんな急に妊娠したりとかするもんなんですか? 神の力とかで」と、じいさんはガブリエルに尋ねた。

「いや、そこんところは知らないな」

「あぁ知らないんですか」

「そう。僕は予言を告げるだけだからね。授かり方はお任せしてるよ」

「お任せって……一匹だけじゃ授かれないじゃないですか普通」

「ウダウダうるさいよじいさん。そこんところはなにも知らないんだ。僕に聞くな。マリアに聞け」

「えぇ。そんなぁ」

「とりあえず、桃井の彼氏探しすればいいってことだろ?」と、ばあさんが割って入ってきた。

「そういうことでいいのか?」

「ってなると、街か山だな」

「絶対山でしょ」

「じゃあ、家の裏山に置いておこう。で、明日の朝様子を見に行こう」

「明日の朝? ちょっと早すぎやしないか」

「モテる女はワンナイトで充分だろうが。なんだじいさん、忘れたのか?」

 と、ばあさんに言われたのでじいさんは、ばあさんとの出会いを思い出してみました。いわゆる普通の社内恋愛をし、4年の交際を経た結婚でした。なぜそんな言い方をしてきたのか、じいさんには全く分かりませんでした。

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「……まぁ、じゃあとりあえず一晩山に放してみるか」

「たぶんイノシシかシカかタヌキ辺りをオトしてるだろ」

「イノシシであることを祈るよ。他じゃ愛せないかもしれない」

 じいさん、ばあさん、ガブリエルの3人は、桃井を連れて裏山に向かいました。

「おお、これは立派な木だ。この木の幹に桃井をつなげておくとしよう」と、大木を見上げながらばあさんは言った。

「えっ。つなげておくのかい」と、驚くじいさん。

「そりゃそうだろう。逃げられたらどうするんだよ」

「それはそうだけど、そんなせまい移動範囲じゃオスと出会える回数が減っちゃうんじゃない」

「ジジイよ。いい女には移動範囲なんて関係ない。男の方からひょいひょい寄ってくるんだよ。アンタもそうだったじゃないか」

 じいさんは、ばあさんとの出会いを再度思い出してみました。やはりどの角度から見ても、売れ残り同士の社内恋愛です。間違いありません。なぜばあさんは、さっきからそんな言い方をしてくるのでしょう。

「……まぁ、じゃあここにつないでおこうか」

「おうよ。これでばっちりだろ。あとは一晩待つだけだな」

 桃井を大木につなぎ、じいさんたちは家に帰りました。そして明日の明け方、様子を見にくることに決めました。

 山道を降りていくじいさん。ふと後ろを振り返ると、先ほどから存在感を消していたガブリエルがしれっと着いてきていることに気がつきました。

「……いやいや、えっ? ガブリエルさん、アンタもうちにくるんですか? ってかいつまで下界にいるんですか。早く空に帰りなさいよ」

 ガブリエルは目を細め、二人の前に右手をスッと出し、ちょっといい声で言いました。

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「帰る場所がないんだ。わたしを泊めたまえ」

「いや、それしたらなんでも言うこと聞くと思うなよ」

「あと夕食と風呂も用意しろ」

「すげぇワガママ。ほぼ悪党じゃん」

「マリア以降、予言を外しまくっているから、もうお上に嫌われてるんだよ。だから堂々帰る場所がない。今回ダメだったらいよいよ終わり。天使の羽根が刈り取られ、ランドセルのショルダー部分の材料にされるんだ」

 ガブリエルの目にはうっすらと涙がにじんでいました。

「いや予言外れるんかい。今回も望み薄じゃねぇかよ」と、じいさんは思いましたが、言葉にするのはやめておきました。

「いや予言外れるんかい。今回も望み薄じゃねぇかよ」と、ばあさんははっきり言いました。

 坂道を下っていく3人の背中を、オレンジ色の夕陽が照らしていました。

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<第5話につづく>

イラスト : 石川マチルダ

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