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全力!読書感想文 『しき』

 “簡単に読めるから大勢が気付かないが、それはものすごい、小説のイノベーションだ。”

 文庫版の長嶋有さんによる解説。最後の一文に膝を打った。「そうそう、まさにそれだ!」と。僕がこの本を読んで感じたすごさがこの一文にすべて表現されている。

 『しき』は初めて読む町屋良平作品だった。言葉のセンスがすごい、とおすすめしてもらっていた本だ。

 このおすすめワード「言葉のセンスがすごい」を聞いて、僕はなんとなく、千鳥ノブの「クセがすごい」を連想していた。テレビの観すぎなのか、観ているテレビが偏りすぎなのか、「大クセ作品かぁ〜なんとも楽しみ!」くらいのノリで読み始めたのだが、『しき』の小説世界は僕の想像していたものとまったく違った。

 最近、読書感想文執筆のため伊坂幸太郎『逆ソクラテス』を読み返した。子供が主人公の短編集だ。その後書きで、子供目線で小説を書くことの難しさについて言及されているのだが、『しき』を読みながら僕はこれを何度も思い出した。

 “子供が語り手になれば、その年齢ゆえに使える言葉や表現が減ってしまいますし、こちらにその気がなくとも子供向けの本だと思われる可能性があります。懐古的な話や教訓話、綺麗事に引き寄せられてしまうのは寂しいですし、かと言って、後味の悪い話にするのもあざとい気がします。”

 『しき』の主人公は、高校2年生だ。子供ではあるが、大人になりつつもある。いや、子供でもないし、大人でもないのかもしれない。『逆ソクラテス』に収録されている短編の主人公は主に小学生だから、より引用したようなジレンマを感じやすいのだとは思うが、『しき』もきっと、高校2年生を主人公にしたがゆえの「表現の幅」に関するジレンマを抱えている。

 ちょうど大人と子供の中間、どちらでもあるようで、どちらでもないような、小さな隙間の時間を生きる主人公の目から見た世界は、無慈悲なほどにリアルだ。そのリアルさは、たしかに「センスがすごい」描写によって生まれている。

 ぜひ書店で手に取ってぱらぱらとページをめくってみてほしい。きっと「あれ、なんか平仮名多いな」と思うのではないだろうか。主人公を「かれ」と書いていたり、漢字でもよい、というか漢字のほうがどちらかといえば馴染みがあるような言葉をあえて平仮名で表記していたりもするのだが、そもそも難解な単語が避けられている。ものすごく読みやすい。

 『しき』のすごさはそこにある。誰にでもわかる簡単な言葉のみで、容易に言い表わすことのできないことを描き切っているのだ。

 河原に行くといつもいる、ほとんど家に帰っていない友人が、知らない女の子を妊娠させた。主人公はそのことを誰にも言えない。なぜ言えないのかもわからない。ずっと、ずっと、考える。考えても、わからない。「どれだけ考えてもわからなかった」とでもして、それ以上深い自己との対話を拒絶するのは簡単だ。わざとじゃなくても、そうやって逃げることに僕たちは慣れている。でも主人公はそうしない。町屋良平はそうしない。主人公自身の言葉で、行動で、深く深く「わからない」の中へ潜っていく。

 そういう丁寧さ、真摯さの積み重ねが、この小説の、吸い込まれるようなリアルさを形作っている。そしてそれらすべてが、平易なのに他の誰とも違う、独特の雰囲気のある言葉(そう、まさに「センスがすごい」言葉)で書かれている。

 『しき』はそんな小説だ。こんな読書、初めてだった。早く他の作品が読みたい。僕はもう、すっかり町屋良平の虜だ。


<あとがき>

 『しき』にもし興味をもってもらえたのなら、文庫版を手に取ってみてほしいです。冒頭で引用した解説がとにかく素晴らしいので! “「世界の解像度をあげ」た小説”という表現が、ものすごくしっくりきます。

 それと、次のショートショートは水曜に出します。今後は毎週水曜+αという日程で公開していく予定ですので、どうぞお楽しみに!

 こんな感じの読書感想文も不定期で積極的に出していくのでチェックしてもらえたら嬉しいです〜📕

 それではまた!

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