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『まず牛を球とします。』で見た、虚数の白昼夢

本屋で一目惚れ、およそ初のSF小説に挑戦

久しぶりに紙の本を買った。俗にいうパケ買いだ。
紙は引越しのとき面倒だし、信号待ちでも読める電子書籍がいいよねとか思いながらも、こういう事があるから本屋に行くのはやめられない。

何これ、可愛くないですか?

この表紙。ポップでサイケデリックで、ドット調。何より色味がカワイイ。
こういう物を称賛する語彙力が無いことが悔やまれる。
例えていうなら、鳥獣戯画を見たときのトキメキに似ている。さっきまでサイケだの色味だの言ってたのに、並べたのがよりによって鳥獣戯画。

ちなみにカバー外すとこんな感じ。

どことなくノスタルジックな雰囲気も素敵。これはあれだ。人前で澄まし顔で読みたい本だな。研究室の自分の机の上に飾りたい。おしゃれだし、SFだからきっと頭良さそうに見えるだろう。

数を食べる

夢と数学と我が乱心

勢い余ってnoteを書き始めたはいいものの、まだすべての短編を読んだ訳ではない。訳ではないのだが、情緒を狂わされた話があったので、どうかお聞き願いたい。

※ここからは小説のネタバレと、私の妄言が多分に含まれる。
それではどうぞ、柞刈湯葉さんで、短編『数を食べる』の冒頭です!

 退屈な話の代表格といえば、数学の話と、他人の見た夢の話だ。
 だからこの話は、世界でいちばん退屈な話かもしれない。なにしろ、わたしが見た夢の話で、しかも、数学の話なのだから。

柞刈湯葉『まず牛を球とします。』河出書房新社 2022年 p.56

意義あり!
常日頃、微分方程式で遊んだりして生きている人間として、見逃す訳にはいかない。「数学の話が退屈」なんて!
(「常日頃微分方程式」なんて書くと、ものすごい常微分方程式っぽい字面になりますね。)
憤慨しながら読むと、どうやら虚数iに不満を持つ女子高生が、授業中の居眠りで見た夢の話らしい。

現実ではあり得ない常識が当然のようにまかり通っているのが夢あるあるだが、彼女の夢では「数」と「物」を分割することができた。
友人が、3個のリンゴを「3」と「リンゴ」に分ける。
3個の「個」は消え、残った「3」と「リンゴ」を2人で食べるのだ。
ただし何でもかんでも分割できる訳ではなく、対象によって難易度が違うんだとか。
友人と話す彼女を横目に、私のテンションはここで最高潮に達していた。

数字と、物を引き剥がす。
私は本を両手に掲げ、自室を1周した。この後の展開に気づいてしまったのだ。
つまりはそうだ。これこそが伏線回収。
そう、彼女はきっと今から虚数iを引っぺがすのだ!なんて甘美!
彼女はどこで虚数を見つけるのだろう、どの物質から剥ぎ取って、iはどんな味がするのだろうと考えると、部屋をもう3周くらい回っても足りない程の興奮に包まれる。

逸る気持ちを落ち着かせながらページを捲った。
まどろみの中、彼女は思う。
私と友達、今ここには2人の生徒がいる。
それを「2」と「生徒」に分割できるならば、分かれた「生徒」とは一体誰だ?
恐ろしい考えが頭を巡る。そんなとき、終わりは唐突にやってきた。
授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響いたのだ。

いや、夢落ちかよ!!!!!!!!!!!

この話の冒頭を読んだときは、まさか読了した後の感想がこうなるとは、夢にも思わなかった。
え、虚数は!?私はiの物語を読んでいたのではなかったのか?途中から見ていたのは、私の白昼夢だったのか?

終わりに

まあしかし、優れた小説というのはたとえ叙述トリックであることが事前に分かっていたとしても「まさかこんな結末が!」となるものである。
今回の私の一人相撲とも呼べる読書がそれに該当するかは知らないが、事実、彼女の話は私が今まで聞いた夢で最も魅力的だった。
続きの短編は研究室で読もう。周りに人がいる状態で、徐に本を手に取って。

蛇足 〜昔話〜

そもそも対して好きでもない虚数の話にここまで湧き上がったのは、私の高校の頃の思い出によるものが大きい。
所属していた理系クラスでは、グループで研究活動する授業があった。そこで虚数について調べていた班の、その人たちの研究発表のタイトルは「気まぐれなi乗」
こんな、こんなハイカラなタイトルがあるか!普段、理系ジョークを言って笑っている男たちの、誰がこれを考えついたのだ!
正直、発表の内容は全く覚えていないし、メンバーさえ朧げだが、このタイトルがスクリーンに映し出されたときの観衆のどよめきと、感動はずっと忘れられない。
彼らが今でも数学が好きだといいなと思う。


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