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【ジャーロ】評論・コラム ★全文公開中

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ミステリー誌「ジャーロ」より全文公開。 【note連載中の評論・コラム一覧】 日本ミステリー文学大賞の軌跡 新保博久⇔法月綸太郎 往復書簡「死体置場で待ち合わせ」 名作ミステリ… もっと読む
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亡霊に呪縛された国|千街晶之・ミステリから見た「二〇二〇年」【連載最終回】

▼前回はこちら 文=千街晶之 第七章 亡霊に呪縛された国(最終回)  今回で最終回を迎えるこの連載を最初から読み返してみると、安倍晋三元首相の名前がどの章にも登場していることに気づいた。第一章では、長期安定政権という極めて有利な条件があったにもかかわらずコロナ禍に対し後手後手の対策しか取れず、事態を投げ出すように退陣した首相として。第二章では、結果的にコロナ禍の混乱の中で開催されることになった東京五輪を招致し、そのために福島原発について「アンダーコントロール(状況は統御

【本日発売】ジャーロ最新93号 目次紹介!

ジャーロ NO.93《2024 MARCH》 祝・第二十七回日本ミステリー文学大賞&新人賞! 今野 敏 大賞受賞記念ロング・インタビュー インタビュアー/関口苑生 斎堂琴湖 新人賞受賞記念インタビュー インタビュアー/吉田伸子 【読み切り短編】 方丈貴恵「ドゥ・ノット・ディスターブ」 〈アミュレット・ホテル〉新シリーズ 犯罪者御用達ホテルの絶対的ルール。それを破る者とホテル探偵の対決が再び始まる。 浅倉秋成「完全なる命名」  チャンスは一度。期限は14日。一世一代の

人間は愚かであり、その人間が生み出した社会も間違っている|杉江松恋・日本の犯罪小説 Persona Non Grata【第12回】

▼前回はこちら 文=杉江松恋  西村京太郎は、本質的に犯人小説の作家であったと思うのである。  その名を高らしめたのは一九七八年の『寝台特急殺人事件』(現・光文社文庫)に始まるトラベル・ミステリーの作品群であり、主人公の十津川省三警部は名探偵の代名詞と言っていいほどの人気キャラクターに成長した。十津川は初めから鉄道専門の探偵だったわけではない。初登場作は『赤い帆船』(現・光文社文庫)で、日本人で初めてヨットによる単独無寄港世界一周を成しとげて英雄となった内田洋一が不審死

日本ミステリー文学大賞の軌跡・第8回 鮎川哲也|松本寛大

▼第7回はこちら 文=松本寛大(探偵小説研究会)   二〇〇二年九月二十四日、鮎川哲也が世を去った。八十三歳だった。  同年、第六回日本ミステリー文学大賞において、その功績を讃え、特別賞が贈られた。皆川博子による講評は以下の通りだ。  鮎川先生は、本格一筋の困難な道を進んでこられました。一時、息の根を絶たれたかにみえた純本格が、若い方々の擡頭により復活したとき、強い支持を惜しまず、激励してこられたのも鮎川先生でした。ご生前に間に合わなかったのが痛恨事です。  講評にあ

梶龍雄の学年誌付録|森 英俊・Book Detective 【ディテクション79】

▼前回はこちら 文=森 英俊  前号で梶龍雄の別名義(緑川良)の子ども向け推理クイズ本を取りあげたのに続き、今号では、1960年代の前半に小学館の学年誌の付録として発表された、梶名義のジュニア・ミステリ長編に焦点をあてる(この当時の作者名の表記は梶龍雄ではなく、梶竜雄になっている)。全12作のうち再録されているのは、『透明な季節』で江戸川乱歩賞を受賞した年(1977)にソノラマ文庫で刊行された、『影なき魔術師』の表題作ならびに併録長編の『消えた乗用車』のみで、文庫版での表

ミステリと「超実写」ゲーム|竹本竜都・謎のリアリティ【第54回】

▼前回はこちら 文=竹本竜都 サム・バーロウ 『Her Story』(2015) 『Telling Lies』(2019) 『IMMORTALITY』(2022)  前々回の連載担当分において筆者は、レフ・マノヴィッチのいう「オールドメディア」⇔「ニューメディア」、つまりアナログで物理的・固定的なメディア⇔デジタルで可塑的・インタラクティブなメディアという分類を元に、デジタルゲームというニューメディアでありながら擬古的にオールドメディア的な装いをしようとする作品群を「ク

正しくない人々の「正しさ」②|千街晶之・ミステリから見た「二〇二〇年」【第10回】

▼前回はこちら 文=千街晶之 第六章 正しくない人々の「正しさ」(承前)  前回から今回までの二カ月のあいだに、「表現の自由」やポリティカル・コレクトネスの問題に関わるトピックが幾つか報道されたので、今回はまずそれらに言及したい。  二〇二三年七月二十四日、ミステリ作家の森村誠一が逝去した。彼は元ホテルマンという経歴を生かしたミステリ『高層の死角』(一九六九年)で第十五回江戸川乱歩賞を受賞してデビューし、『人間の証明』(一九七六年)をはじめとする作品群は映像化とのタイ

人間は愚かであり、その人間が生み出した社会も間違っている|杉江松恋・日本の犯罪小説 Persona Non Grata【第11回】

▼前回はこちら 文=杉江松恋  山田風太郎にとって犯罪は相対的なものであった。  この作家は確固とした倫理の基準を持っていた。それは社会規範とは別物で、人間という存在の根底に関わるものだった。法は文明の一部だから、社会的な存在としての人間を構成する要素ではあるが、絶対的なものではない。法を犯すか否かよりも、もっと重要な問題がこの作家の中にはあった。作中に出てくる犯罪者は、事態を深化させてこの問題を浮かび上がらせるために描かれたのである。そのため、彼らは非常にねじくれた動

天藤真『大誘拐』〈後編〉~熊野本宮大社(和歌山県)、十津川温泉(奈良県)|佳多山大地・名作ミステリーの舞台を訪ねて【第11回】

▼前回はこちら 文・撮影=佳多山大地 3  前日(五月十一日木曜日)は串本からさらに新宮まで鈍行で移動し、そこで一泊。なお、この区間を電車で旅する人は、串本駅を出てすぐ、まるでジョーズの歯のような橋杭岩が民家の屋根の向こうにニョキニョキ突き出して見える奇観[写真①]をお見逃しなきよう。新宮での晩ごはんは居酒屋で簡単に済ませたが、一人前の刺し盛のなかで熊野灘の真鯛の甘さが格別だったことだけ書いておく。  ――さあ、いざ柳川家のお屋敷のまぼろしを探す勝負本番の金曜日。ビジ

日本ミステリー文学大賞の軌跡・第7回 都筑道夫|横井 司

▼第6回はこちら 文=横井 司(探偵小説研究会)  第六回日本ミステリー文学大賞は都筑道夫が受賞した。選考委員は阿刀田高、権田萬治、佐野洋、皆川博子の四名。《選考経過》では「ミステリーの長・短編、評論、エッセイ各分野において半世紀以上にわたり活躍を続け、後進に指針を与えた都筑道夫氏が受賞と決定」したと報告されている。第一回の大賞受賞者である佐野洋は《選評》において、日本語版『エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン』(通称・日本語版EQMM)の匿名コラムを愛読していたとい

推理クイズ作家・緑川良|森 英俊・Book Detective 【ディテクション78】

▼前回はこちら 文=森 英俊  少子化の進行や市場の変化にともなって、現在は《小学一年生》のみの発行になっているが、小学館がかつて出していた《小学一年生》から《小学六年生》までの雑誌は学年誌の総称で呼ばれ、付録が呼び物になっていた。毎号ついてくる付録にはさまざまなものがあり、漫画や小説・読み物の付録と並んで人気の高かったのが、推理クイズの類である。小学生向けではあるものの、大人が読んでも楽しめる要素があり、単なるクイズ本と侮ってはならない。なかでも驚かされたのが、凝りに凝

私怨と摂理――平井 玄『鉛の魂 ジョーカーから奈良の暗殺者へ――恨みが義になる』|笠井 潔・ポストコロナ文化論【第8回】

▼前回はこちら 文=笠井 潔  二〇二二年の七月八日十一時半ごろ、奈良市の大和西大寺駅北口前で参院選応援演説中の安倍晋三元首相が銃撃され、その日のうちに死亡が確認された。その場で逮捕された山上徹也は、直後の取調べで「特定の宗教団体への恨みが犯行動機である」と語った。この供述は公表されたが、問題の団体が統一教会(現在は世界平和統一家庭連合に改称しているが、本稿では旧略称の統一教会を用いる)である事実を翌九日の時点で報道したのは、フランスの「フィガロ」紙など海外メディアに限ら

ミステリと声|冨塚亮平・謎のリアリティ【第53回】

▼前回はこちら 文=冨塚亮平 『インヴェンション・オブ・サウンド』 チャック・パラニューク(早川書房) 『サバイバー』 チャック・パラニューク(早川書房)  声はときに、「人を破滅へ誘いこむ力」を帯びる。『インヴェンション・オブ・サウンド』(二三年、原書二〇年)の語り手は、オデュッセウスの神話におけるセイレンの歌を引き合いに出しつつこう述べる(一〇四頁)。聴くものすべてを絶叫させ、彼らの死を招く恐るべき究極の悲鳴はなぜ、どのようにして生まれたのか。チャック・パラニュー

正しくない人々の「正しさ」|千街晶之・ミステリから見た「二〇二〇年」【第9回】

▼前回はこちら 文=千街晶之 第六章 正しくない人々の「正しさ」  この章では、ポリティカル・コレクトネス(政治的正しさ)と表現との関係について語ることになるが、本当にミステリについて論じているのかと思われてもやむを得ないくらい脱線を繰り返す記述になることをあらかじめ断っておく。それだけ、さまざまな具体例を挙げなければ語るのが難しいデリケートな問題でもある。 《文學界》二〇二一年九月号に掲載された能町みね子と武田砂鉄の対談「逃げ足オリンピックは終わらない」において、武