Shinya Matsuyama
愛着とメンテナンス

愛着とメンテナンス

Shinya Matsuyama

自分の考えを書いてやる。やや勢いで書くので「やる」と言った。

メンテナンス

昔から自分の場合は作ったものは自分しかメンテナンスできないということが多い。というのも、パソコンで動くような展示物なんかはそうなることが多い。プログラムして作ったわけで、その仕様は毎回違う。使い方のマニュアルは書くけど、トラブルがあった場合は作った人にしかわからないことが多い。(バグがないシステムでも、ハードやさまざまな要因でうまく動かなくなることはある)

その上、基板やなんかも作ってしまうことが多く、システムとしてはなかなか複雑になる。機材屋さんに手が出せないものを作るわけで、メンテナンスの話も自分に回ってくることがほとんどだ。

メンテナンスをどう捉えるか

メンテナンスというのに予算がついてないことが多いのは事実だ。メカが入ってるものや、サーバーが関わるものは基本的にはメンテナンスが必要で、ランニングコストがかかるということは説明される。正確には、パソコンが使われるシステムは全てメンテナンスが必要になる。iOSを使うとプロビジョニングを毎年更新することになる。(ブラウザベースやAppStore公開アプリは必要ない)

まず、メンテナンスは定期的にするのが前提だと思う。展示の形式であれば、それは必ず必要だ。不具合がなくとも発生する前にメンテする。

だが多くの場合は予算化されておらず、不具合があったときに慌てて連絡が来ることが多い。

その時どうするか

ビジネスとして考えると、瑕疵期間が過ぎていれば、メンテナンスは工数がかかる仕事なので、必ず費用を払ってもらう必要がある。だが、通常は我々制作を担当した立場に直接連絡が来ることはなく、間の代理店や機材屋さん、さまざまな人の判断の先に我々に話がくる。見積もりをしてから費用が出れば対応となる。

だが、ここで問題になるのは、作ったものへの愛着だ。自分の手でそこそこの熱量でいいものを作ろうと振り絞って作ったものは、基本的に愛着に溢れる。それを直せるのは自分だけだとなれば、さらに「直してやりたい、一刻も早く」と思うのが作り手の正直な気持ちだ。

自分の場合、納品時に重々ランニングコストがかかることをいい、遠隔でメンテナンスできるルートを用意しておく。本来なら予算がつき、仕事として監視し続けるのがいいのだが、なんだかそうならない。そもそもの前提が違うのだろう。

仕事としてはダメなんだけど、自分は自分の趣味と捉えて直してしまうことがある。かかった分を支払ってもらえるならありがたくいただくが、お金の話ができないならば、自分と自分の作ったもののために早急に直す。

そもそもなんのために作るのか

自分は作ることを仕事にしたけど、作るのが好きだから仕事にしてる。誰にも作れないものが作りたいとかそういうチャレンジでもあって、日々頑張ってる。展示を見る人にも最高の体験となるように考えて作る。

そうやって作ったものが正しくメンテナンスされないのは悲しい。メンテナンスを含めた運用が計画されてないのは全く間違ってると思う。

でも、メンテナンスされないのをそのまま見過ごすこともできない。自分が作ったものが動いてないのは悲しい。情けない。

損とか徳とかじゃない

自分がタダでメンテしてるということが知れるとなんかおかしなことになるかもしれない。メンテナンスはやっぱりタダなんだとか、作り手の弱みにつけこめばタダでやるぞあいつらと。

いや、そういうことじゃない。

クライアントも代理店も、制作会社も、全てがプライドを持って取り組めば変なことにはならない。損得ではなく生き様の問題だ。

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siro Inc.