見ず知らずの人

 見かけるといつも窓際にいて、外を眺めていたような気がする人だった。正直、それが本当の記憶なのかはとても怪しい。
 私はそんなに彼をまじまじと時間を割いて追いかけていた訳ではなくて、正直どんな顔をしていたのかも朧げで、仲の良い友人があの人はなんか違うだ、素敵だと言うものだから、そうなのかな。と遠巻きながら眺めていた程度だった。
 聞く話で彼の姿を縁取っていくと、彼はとても面白い人だった。
 見た目からは想像できない部分がたくさんあるようで、たまに目の端に映る彼の姿からは、話で聞く姿を想像する事が出来なかった。
 と感じたことは覚えているのだが、肝心のどんな話だったかは一切忘れてしまっていて、唯一思い出せるのは、仲の良い友達の前では非常に口が悪く、ヘビースモーカーである。という事だった。
 絵を描く人なのに。と愕然としたのだが、どんな絵を描く人なのかも知らなかった。なぜ絵を描いているのかも、おそらく誰かが教えてくれたが、忘れてしまった。
 おとなしい人だったような気がするが、まともに声を聞いた事すらなかった。
 
 ぶつぶつとした表面の絵で、光のさす部屋に人みたいのが立っていて、だけどよくみるとそれは人でなくて、別のなにかだったみたいな。ぼやぼやとした感じで、錆びているみたいにもみえるのだが、木の机にもみえるような物体もある。
 これはなんの絵だろうな。と題名を見ると、窓際の彼の名前が書いてあった。絵描いてたっけな。というのと、やっぱりな。と何でか感じた。
 たまたまこんな事もあるもんなのか。としばらく彼の絵を眺めて、ぱらぱらと雑誌をめくる。
 
 みんなあの頃から一目置いていたのだ。私もつられて一目置いていた。
 どんな人だったのかは、今も全く知らないが、そんなに気になって覚えていられる人と出会うのは、人生にそんなに多くはないのだと、あの頃は全く知らなかった。

 違和感といっても良くて、異質といってもいいようなそこに流れているおかしな気配。
 しっかりと思い出せる、なんでか少し懐かしいような感覚。

 早速、あの頃の友人に連絡をしてみると、知ってると思ってた。としばらくして、忘れた頃にごめんごめん。いう感じで、返事が来た。
 それから、仲良いと思ってた。と続いていて、話した事もない。と伝えると、心底驚いたような嘘でしょ?という返しが入っていた。

 もしかして友人だったのか?と思い返してみたが一度も話した事はやっぱり無かった気がする。
 あんたの話聞いて楽しそうに笑ってなかったけ?と返事が続いていて、自分のことも朧げに思い出す。

 確かに、あっちにもこっちにも出かけて行っては、話したいことをぺらぺらと話して、ひとしきりきゃっきゃとすると、また別に楽しそうな所にふらふらと足を運ぶような人であった。
 
 忘れてしまっていた出来事の中に居るあの人は一体誰なのか?
 
 コーヒーでも淹れるかと台所に移動する。ケトルに水を入れスイッチを押すと、しばらくしてコポコポと音が鳴り始める。沸騰するケトルの中のお湯の音を聞きながら、この日課もいつからのものだろう?と思い返してみるのだが、全く思い出せないのだった。
 
 


 

 
 
 

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