
英語の電話って難しい。
アメリカに移り住んで8年が過ぎた。
英語を使って暮らすことにはずいぶん慣れた。初対面でもそれなりに雑談ができるし、訪問セールスの撃退もうまくなった。
対面ならどうとでもなる安心感があるのだけど、電話をするのはいまだにぴりっと緊張する。
日本語でもそうだけど、電話口で聞き取るのは難易度があがるのだ。機械を通した声は、明瞭さが減って聞きにくい。それに、顔が見えない分、耳だけにしか頼れない。対面で会話しているときは、思う以上に耳以外からの情報で理解を補っているものだ。
そうは言っても、ここに住んでいるのだから、電話を避けて通るわけにはいかない。電話をする機会は、生活の中に当然のものとして組み込まれている。子どもの学校とのやりとり、医療機関の予約、テイクアウトの注文など、数えあげたらきりがない。
先日、電話越しに「この聞き取りムズイねん!」と大阪弁で叫びそうになった会話がある。
わたしは、医療機関の受付の人と電話していた。子どものために診察の予約をとった。初めて行くクリニックなので、言われるがままに医師を割り当てられたのだが、わたしはその医師の名前を正確に聞き取る必要があった。
電話口の彼は、さらさらっと名前を教えてくれた。でも、それは英語圏のよくある名前ではなかった。アメリカは移民の国なので、世界中の名前が溢れている。馴染みがなさすぎて、一度聞いただけでは再現できない。
やばい。これはスペルを一字ずつ聞き取らないといけない。
覚悟を決めて、「スペルを教えて」と告げると、その人は「オッケー」と明るく返事をした。
英語圏では、口頭でスペルを伝えるときの定型の言い方がある。
A as in "apple"
B as in "boy"
C as in "car"
……
(あるいは、A for apple, B for boy……)
アップルのA、ボーイのB、カーのC...…といった具合に、単語と結びつけて言うことで、聞き間違えを防ぐのである。b、d、p、tのように子音が同じものは、ネイティブでも間違えやすい。mとnなんかも、どっち?となりがちだ。
だから、一つずつのアルファベットに、説明をつけていくのである。
各アルファベットに対応する単語は、人によって微妙に違う。いずれにしても、誰でもわかる簡単な単語が使われるけれど、ゆるく共有されているだけで、しっかり統一されている感はない。
ちなみに、NATO phonetic alphabet なるものが標準として存在するみたいだが、わたしがこれまで聞いてきたものはこれじゃない。実用レベルではさほど普及していない気がする。

(ウィキペディアより)
さて、電話口で、よーいドン!と始まったスペル伝言ゲーム。わたしは紙とペンを手に立ち向かった。
A as in apple, K as in kind, H as in house, I as in insect, L as in light, E as in ear, S as in sure, H as in house……
まず言いたいのは、彼は、なぜ非英語ネイティブに手加減して話せないのかということだ。少しゆっくりめに話すとか、一語ずつ丁寧に発音するとかいう思いやりが一切ない。それどころか、これ、早口言葉の大会なんか?っていうくらい速い。
しかも、この調子で一気に駆け抜けるのだ。後で数えてみたら20文字もあった。文章じゃないので抑揚もないし、文脈もないし、まるで暗号か呪文である。
わたしはそれを、暗号解読の技術者のように必死で書き留めていった。
20文字のうち、2文字くらい落としたけれど、全体像はつかめた。もう一度聞きなおす気力はなかったので、後でクリニックのホームページで調べた。
最初からこのページを見ながら聞けばよかったと後で思った。
(おしまい)
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