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緻密な論理的分析から溢れ出すヒューマニズム的な温もり(前編)ーテッド・チャンの17個の小説を読んで
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緻密な論理的分析から溢れ出すヒューマニズム的な温もり(前編)ーテッド・チャンの17個の小説を読んで

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社会と人間の本質を見透かした方々は、何を考え、どういう感情を抱いて日々を過ごしているのだろう。失望か、それとも未来への更なる期待か。それはきっと人それぞれで、二元的に楽観主義か悲観主義だと評価できないことだと思う。テッド・チャンの17個の小説を2回読んだ私が感じたのは、ああ、なんという深く揺るぎのない愛情の塊なんだろうということだった。

テッド・チャンはSF界隈で名だたる特別な方で、1990年『バビロンの塔』をもってデビューして以来、17個の小説しか書いてなかったが、どれも素晴らしくて、ヒューゴー賞やネビュラ賞などいろいろ獲得した。この記事の前編では、私が感じたテッド・チャンの小説のいくつかの特徴をいくつか述べ、(中・)後編では17個の小説それぞれの感想を語りたいと思う。

(文章に挿入された曲は、テッド・チャン『あなたの人生の物語』が原作の映画『メッセージ』のOSTアルバムより)

微に入り細を穿つ分析と観察

一般的なSF小説と違い、テッド・チャンの物語の舞台設定は広大ではなく、降り注ぐ宇宙船も、百年以上にわたる技術変遷もなかった。物語たちはいつもどこか些細な事件とある個体から始まって終わり、終始一人称の語りである話もいくつかあった。しかし、私はテッド・チャンの厳密な論理的分析と人間性の洞察にいつも驚かされる。

テッド・チャンの物語の着眼点は、SF設定の実現可能性になかった。一見ありえない、SFよりファンタジーに近いと思うほどの設定から始まる話もいくつかあった。一方、物語はいつも緻密に分析と推理により展開される。(厳密すぎてシビアで読みづらいという印象を与えてしまうところもありますが、、)故に、設定を受け入れた上で読み進めていたら、すんなりと作者の考えに沿っていける。そしてテッド・チャンの物語の着眼点は、よく人間性のところに置かれる。つまり、特定な舞台設定において、ある人間がどう考え、どういう行動をとるのかが悉く語りつくされる。その観察力と洞察力の高さと、文字から伝わる真摯さを、読者のみんなは感じられるのであろう。

組み込まれたインテュイション・ポンプ

テッド・チャンの物語のSF設定は、どこか見たことあるような設定がいくつか組み込まれている。特に『商人と錬金術師の門』では、なんとタイムマシンというありふれたSF設定から織りなされている。ふん、タイムマシンなんていくらでも語られてきただろう。時間のパラドックスか決定論の話か、一体どういう話を見せてくれるのだ?そう思った私は、まさにテッド・チャンの思う壺になったと、読了のときすぐわかった。

私の例が示したように、人々のよく知る事柄を取り入れることで、読者に直観を使わせ物語の進行を予想させるという技は、インテュイション・ポンプと呼ぶ。テッド・チャンのインテュイション・ポンプの使い方がとても上手い。斬新ではないSF設定から始まるが、テッド・チャンはいつも違う角度から進行を誘導させ、終わりに全く違う視点を見せてくれるのだ。しかもそれはいわゆる反転式エンディングではなく、後味の深いまろやかなお酒のように、読者に「はー」とため息をつかせる、吟味する甲斐のあるエンディングである。

ヒューマニストの広いふところ

20世紀末のSF作品によく見られる特徴は、科学技術の発展主義がもたらす悲劇と災難の可能性を取り上げ、それをもって警鐘を鳴らすことであるという。しかし、テッド・チャンの物語は、技術の発展の結末が終わりではない。その果てに希望をいつも見出している。そしてその希望はどこからでもなく、まさに人間自身の信念と感情からもたらされたものだ。

彼の物語の中で、自由意志と決定論の存在は何回も語られた。しかし、自由意志が存在しないと結論付けられた後も、テッド・チャンは人間性への讃嘆をやめなかった。それほど科学技術の発展の結末を見据えても、人間から生まれた感情と芸術は物理的法則に収められずと信じ、そして私にそう信じ込ませた。


次編より、短編集『あなたの人生の物語』の物語から語りたいと思う。

#読書の秋2021


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