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ラーメン店と居酒屋の暗黙の不文律。

「一徹」2021年4月30日(金)

今年のこの地の連休は、季節に応じない寒さに見舞われて、冷涼どころか冷酷なほどの雨と風が市民の体をこわばらせた。
朝からストーブをつけて暖を求めるも、取るに足らない用事のためにダウンジャケットとグローブを着用して中心地へと急いだ。

狸小路商店街のアーケードで雨を凌ぐも、人の気配が薄らぐ路は容赦なく冷風を体に浴びせかかる。
5月前日ということも手伝って、その寒さは遣る瀬のない空腹の虚無へと追いやる。
昼下がりの只中に、緋色の暖簾が哀しげに震えていた。
その店は、日中のラーメン店と夜の居酒屋の混濁した表象を維持している名物店でもある。
扉を開けると、これだけの名物店でも無人であった。
だが、店内は有り難いほどに暖かい。
カウンター越しの寸胴が発する熱もさることながら、ストーブからの熱が店内を暖めていたのだ。
この空腹の虚無を克服するには、札幌ラーメンとしては珍しい「正油ラーメン」と「小ライス」で挑むほかあるまい。
不意に考えた。
「醤油」ではなく「正油」という表現に、何らかの見えざる意図があるのだろうか?
その最中にも乾いた調理音が俄かに響き渡ると、その温もりは徐々に熱へと変貌していった。
丼の中の容姿は明らかに味噌ラーメンの混濁を称えていて、注文を間違ったかと思うほどなのだが、豚骨を基盤にしたスープは絶妙なほどに独特の正油で、ネギとモヤシの調和とともに、主役の直線的な中太麺をしっかりと支えている。
「小ライス」を注文したはずが、普通以上の量で発酵の強いキムチがライスを促した。
ふと首筋と背中に何かを感じた。
汗、その小さな粒子状の汗が俄かに大粒となり、忘れかけていた暑熱を取り戻す。
そうして、静穏な満腹は空腹な虚無を打ち消した。
扉を開けると、汗の滲んだ全身に冷酷な強風が挑発を試みる。
が、ダウンジャケットのファスナーを降ろしたまま歩いた。
その冷酷な強風は、どこか優しい表情を浮かべているようにさえ感じた…

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