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色鮮やかな海鮮丼とザンギの密やかなる饗宴。

「寿司・中華料理 福禄寿」2021年1月21日(木)

四季折々の豊かな表情を見せる札幌の中でも、冬はただひたすら白に染まり、しばしば生じる寒暖差は町を灰色に染めたかと思うと、路面を凍らせては住み慣れた者でさえ転倒を余儀なくされる。
しかも、この街の都心部の構造は端的に厄介で、札幌駅と大通駅をつなぐ地下歩行空間の存在によって分断された地上のビル群は、白い季節の間は地上の寒さを避ける人々との隔絶に悩まされる。
さらに言えば、碁盤の目の直線的な街並みの中に、再開発された美麗な姿のビルと古く朽ち果てたビルとが混在しているがゆえに、その色褪せぶりは一瞥だけでは見分けられない。
それが盲点であった。
その盲点こそ、この店との出会いを阻んでいた。

人影の少ない駅前通りの陰鬱としたビルの中に忍び入る。
かなり古そうな狭苦しいエレベーターに乗り込み、軋む音と到着階を告げるチャイム音が意味のない不安を煽った。
シャッターの閉じた店の隣で、営業しているのか定かならない店が灯りをこぼしていた。
中に入ると細長い通路が出迎えた。
まだオープンしているか否かは判然としない。
『いらっしゃいませ』
明るく切れのある掛け声が不意に響いた。
奥に入ってゆくと、意想外の混雑ぶりに思わず唖然としてしまった。
ソーシャル・ディスタンスを施したカウンター席のほぼ中央に座した。
目の前には、寿司ネタが煌びやかに並び、メニューには中華料理のメニューが書き記されている。
周囲を何気なく見渡すと、海鮮を食する客もいれば、中華料理を楽しむ客も見受けられた。
そして正面に再び目を向けると、寿司ネタが「気まぐれ海鮮丼」を惹き寄せた。
爽快な笑みを浮かべたスタッフにオーダーを告げると、
『ザンギもいかがですか?1個でも注文できます』
その接客に吸い寄せられるように追加した。
メニュー名からして、きっと目の前で大将が気まぐれにネタを選んでいるのだろう。
何が登場するかを想像しながら待つと、溢れんばかりのネタが踊る丼に目を奪われた。
このネタの豊富さもまた気まぐれなのだろうか?
まずは鯖、次にマグロ、そしてホッキ…という聖地巡礼のように食べ進むと、そこにザンギが運ばれて来た。
赤みの帯びた拳骨ほどの大きさのザンギに、揚げたての乾いた音の余韻が耳をかすめる。
海鮮丼とザンギという、一見奇妙な組み合わせは、しかし内奥から込み上げる無尽蔵な食欲を掻き立てて襲いかかって来る。
バランス良く酢の効いたシャリは、不思議と肉厚みなぎるザンギにも協調した。
気がつけばネタを追い越して、先にザンギを食べ尽くした。
最後の玉子を以って気まぐれ海鮮丼を征服した時、会心の満足とともに、ある言いようのない余念が湧き上がって来た。
ある余念、それは今まで何故この店に訪れなかったのだろうと…

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