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#5 子どもの値段は1000万円…大人も泣ける山田悠介作品!

愛する息子・優を病気で亡くした泰史と冬美は、ある会社を訪れる。そこで行われているのは、子どものレンタルと売買。二人はリストの中に優そっくりの子どもを見つけ、迷わず購入を決めるが……。100万部を超えるベストセラー『リアル鬼ごっこ』をはじめ、若者から圧倒的な支持を受けている山田悠介作品。本書『レンタル・チルドレン』は、「大人も泣ける!」と評価の高いホラー小説です。その冒頭を特別に公開します。

*   *   *

コツコツという足音が聞こえ、泰史はスッと顔を上げた。水色のスーツを着たメガネの男が近づいてきた。左手にはノートパソコンを抱えている。

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「お待たせいたしました」

「あ、どうも」

泰史は立ち上がり、まず自分の書いた用紙を渡した。

「里谷泰史様、冬美様ですね。ご来店ありがとうございます。まずは別室に案内させていただきます。さあどうぞ」

「冬美。行こうか」

泰史と冬美は、男の後ろについていく。エレベーターに乗り込み、二階へ移動した。

「こちらです」

廊下は静まり返っている。いくつもの扉があるが、それぞれ中には客がいるのだろうか。そんな様子はないが。

男は五つ目の部屋で立ち止まった。

「さあどうぞ」

先に泰史と冬美を入れ、男が扉を閉めた。

「どうぞ座ってください」

部屋は六畳程度。中央には白いソファと黒いテーブル。床にはベージュの絨毯。カーテンは男のスーツと同じ色で水色。目につくのはそれだけだ。

泰史と冬美がソファに腰掛けると男も向かいに座った。

「申し遅れました。私、岡本と申します。よろしくお願いします」

泰史は名刺を受け取った。

岡本貞晴。改めて見ると、年は自分と同じくらいだろうか。おっとりとした目。笑みをたたえた口元。虫も殺さぬような穏やかな顔をしている。

岡本が、最初の質問をしてきた。

「失礼ですが、どこでお知りになったのでしょうか?」

泰史は名刺から目を離す。

「いや、私の兄の知り合いが、実際にお宅の……」

その先、どう説明したらよいのか咄嗟に出てこない。

「そうでしたか」

今度は、泰史のほうから岡本に尋ねた。

「それで、本当に子供の……何というか」

岡本はあっさりとこう言った。

「ええ。レンタルしております」

まだ実感が湧かない。どういう仕組みなのだ。

「初めてでよく分からないので、説明していただけますか」

岡本は、満面の笑みを浮かべた。

「私どもの会社は、主に養護施設にいる子供や、親から捨てられてしまった子供たちを集めて、様々な事情を抱えたお客様に幸せを与えられたらと、レンタルさせていただいております」

もちろん意味は通じる。しかし非現実的すぎて、まだ信じられない。なぜこんなにも淡々と話せるのだ。

「期間は二週間です。お客様には子供に名前をつけていただきます。そして、我が子のように生活していただければ嬉しく思います。現在、男の子の場合は五十万。女の子の場合は六十万となっております」

二週間で五、六十万。決して安くはない値段だ。

「女の子のほうが高いのは?」

「単に、女の子のほうが数が少ないからです」

「なるほど」

「二週間のレンタル後、その子を気に入っていただけた場合は、購入することも可能です。そちらは男女とも、一千万円となっています」

「一千万?」

思わず声を上げてしまった。金額の大きさに驚きを隠せなかった。

「少々お高いですが、実際、何人ものお客様がご購入されています」

「はあ……」

狙いはそこだと思った。本来の目的は、レンタルではない。購入するまで、気に入る子を紹介する。その段階でも金が入る。うまい仕組みだ。

「大まかな説明は以上です」

そう言って、岡本はノートパソコンの蓋を開いた。

「この中に、子供たちの顔写真とデータが詰まっています。ご覧になりますか?」

泰史は、冬美の様子を確かめる。岡本の話など全然聞いていないようだ。

「一応、お願いします」

「かしこまりました」

岡本はパソコンを起動させ、マウスをクリックしていく。

「こちらです」

泰史は、パソコンの画面を見せられた。

『レンタルリスト』

そこに映っている内容に唖然としてしまった。岡本と目が合う。

しかし彼は、どうしたんですか? というような表情をしている。

「まさか……」

画面には、三十人くらいの子供の顔写真が映し出されていた。一人ひとり小さく区切られている。

『次のページ』という表示があるということは、まだまだいるということか。

「現在、九十二人の子供たちが登録されています」

「九十二人も」

「気になる子がいたら、クリックしてください。詳しいデータを見ることができますので」

気づかないうちに、泰史はマウスを握っていた。適当に、ボタンを押してみる。すると、顔写真が等身大に切り替わった。

十二番。女の子だ。

年齢、十歳。身長百四十センチ、体重三十四キロ。赤いパーカーに青いスカート。

どこで撮影されたのか、後ろには林が広がっている。

首の辺りで髪の毛を二つに結んでいる可愛らしい子だ。目尻にある小さなほくろが特徴的。気になるのは、親に捨てられたとは思えないほどの笑顔を浮かべているということだが、考えすぎだろうか。

「じっくりとご覧ください」

岡本の営業スマイルにどう反応したらいいのか。

「はぁ……」

彼らからしたら、普通の世界なのか……。

泰史はまだ、この現実を受け入れられないでいた。しかしこうしてリストがある。頭の整理がつかない。

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次のページをクリックすると、また違う子たちの顔写真がズラリと並んだ。

五十四番。四歳。男の子だ。身長百五センチ、体重十六キロ。ディズニーキャラクターがプリントされているトレーナーに、小さな小さなGパンを穿いている。

髪の毛は少し茶色で、肩まで伸びている。狐のように尖った目で、一見無愛想にも見えるが、やはり笑っている。

六十番。六歳の男の子。

七十番。五歳の女の子。

七十七番。八歳の男の子。

泰史は次々とクリックしていく。

みんな、楽しそうだ。そう指示されているからだろうか。

『お願いだからレンタルしてください』

写真から、こんな声が聞こえてきそうだった。

「どうかしました?」

泰史は我に返る。

「い、いえ。何でも」

と言って笑ってごまかす。

「ふ、冬美も見てごらん」

彼女もようやく、画面に目を移した。

泰史は最後のページをめくった。一応全部確認して、それで帰るつもりだった。サラッと適当に見ていく。

「どうですか?」

岡本に尋ねられ、泰史はうーんと悩んだふりをした。

もう少し考えさせてください、と答えようとしたその時だった。突然、冬美に異変が起こった。

目を大きく見開き、

「あなた!」

と驚いたような声を発したのだ。明らかに様子のおかしい冬美に、泰史は身を硬くした。

「あなた!」

服を引っ張られて、現実に引き戻される。

「ど、どうしたんだよ」

冬美が、真剣な顔つきで画面を指差している。

「この子……」

次の言葉に、泰史は耳を疑った。

「優だわ」

九十二番。最後の子だ。

「そんなわけないだろ」

小さな顔写真では分かりにくい。しかし絶対に違う。優は死んだのだから。

「優だわ。間違いないわ」

困り果てている岡本に、すみませんと頭を下げ、泰史は九十二番の子にカーソルを当てた。

クリック。

等身大写真に切り替わる。

次の瞬間、泰史はマウスを力強く握りしめていた。

「ま、まさか……」

泰史と冬美は画面に釘付けとなった。

四歳。百二十二センチ、二十二キロ。

おかっぱ頭。真ん丸の目。薄い眉。大きな口。

脳裏に、優の姿がはっきりと映った。パパ、ママ、と元気な声が響く。

「嘘だろ……」

優に、そっくりだ。いや、優本人ではないか。そう思うくらい。体型まで一緒なのだ。鉄棒から落ちた時の膝の傷痕がないだけで、その他はほぼ全て……。

「優よ。やっぱり優なのよ、あなた!」

「そんなはずは……」

分かっている。優ではない。しかしここまで似ていると、優が死んだのは実は夢だったのではないか、と考えてしまいそうだ。それほど酷似している。どこからどう見ても、優なのだ。

しかし気になるのは、この子だけ笑っていないことだ。暗い顔で、瞳に輝きがないのだ。捨てられた子なのだから、これが普通といえば普通なのだが。

「どうかされましたか?」

二人のあまりの驚きように、岡本が尋ねてきた。泰史は過去を語った。

「二年前、息子を病気で亡くしたんです。五歳でした。それから私たちは、ショックから立ち直れずにいました」

「まさか、この中に……?」

「はい。信じられません。九十二番の子が、息子にそっくりなんですよ」

「……九十二番」

「はい。最後に映っている子です」

なぜか岡本は、気まずそうに下を向いてしまった。そしてこう訊いてきたのだ。

「レンタル、なさいますか?」

したい。それが正直な答えだった。優だと思って暮らせばいい。また幸せな生活が戻ってくるのなら、お金なんて惜しくない。

泰史は、冬美に自分の気持ちを伝えた。

「なあ冬美。預かってみないか? この子を」

彼女のためでもあった。昔のように、明るい冬美に戻ってくれたら。

「優よ。優なのよ……」

冬美はまだ、落ち着きを取り戻せない様子だった。泰史は岡本に強く頷いた。

「お願いします」

しかし岡本の表情は浮かない。

「どうかしました?」

彼は言いづらそうに、口を開いた。

「実はその子、耳に障害を持っていまして」

「え?」

予想外の言葉だった。

「恐らく親は、障害があるのを理由に捨てたのかと……あくまで推測ですが」

「全然聞こえないんですか?」

「そのようです」

「じゃあ、喋ることもできない?」

「そういうことです。手話も、分からないようで」

「そんな。可哀想に……」

いくら優に似ているとはいえ、さすがに泰史は考え込んでしまった。

どうすべきか。障害があるだけで、レンタルするのをやめるのか? 拒否するのか。

「私が言うのもなんですが、とりあえず二週間生活してみてはいかがでしょうか?」

泰史は、もう一度、九十二番の顔に視線を移した。

優、そのものだ。見ているだけで目頭が熱くなる。優と過ごした記憶が、次々と蘇ってくる。

パパと呼ぶ声が聞こえるのだ。




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