世界最強の稼ぎ方

華僑のボスに叩き込まれた 世界最強の稼ぎ方 6┃大城太

 その次の週、僕は小学校の教室でシュンの担任教師と向き合っていた。

 ベテランらしい女性の先生は、案の定シュンの問題行動を並べ立ててくる。

授業中の私語が多い。周りの生徒にも話しかけるのでみんなの勉強の邪魔になっている。体育だけは集中して授業を受けるが、それ以外の教科は上の空。忘れ物が多く、宿題の提出もムラがある……。

 息子のことをくどくどとこき下ろされ、僕の頭にはひとつひとつの苦言に対して息子をかばう言葉が浮かんでくる。

今までの僕なら、得意の口で理屈をこねくり回し、先生を言い負かしていただろう。

 でも今は違う。〈まず人に得をさせよ〉というボスの教えを思い返していた。ひとつ深呼吸をしてから、先生をまっすぐ見つめて言った。

「先生のおっしゃるとおりです。息子は勉強に興味が持てず、そのせいで忘れ物も多かったのでしょう。親の監督不行き届きで、授業にも差しさわりがあったとのことで申し訳ありませんでした。
 でも、先日親子で話し合いをしたら、ようやく勉強の大切さを理解できたようです。塾通いもスタートすることにしました。それに学習計画を立てて、妻がそれをチェックすることにしたんです。これから息子は変わっていくと思います」

 そう告げると、先生の態度が一変した。

「あのシュン君にどうやって勉強の大切さを理解させたんですか? ぜひ聞かせてください」

「そんなにたいした話じゃありません。あの子はサッカーが大好きなので、『お前の好きなサッカーは頭脳プレーが必要だから、勉強して頭を鍛えておくと役に立つよ』という話をしたんですよ」

「そうでしたか。ご家庭によって勉強に対する方針は全然違うんですよね。家庭学習をさせるようお願いしても、『うちの子は勉強できなくても構わない』とか『勉強させるのは先生の仕事でしょう』なんておっしゃる親御さんもいらっしゃって……。困るのはお子さん本人なので、教師としてはなんとかしたいんですが」

「今の先生方は大変ですよね。先生のような熱心な方が息子の担任で本当によかったです」

 そう伝えると、堰(せき)を切ったように先生の口から愚痴があふれ出た。

余計なことは言わず聞き役に徹することで、先生と打ち解け、味方につけることに成功したみたいだ。

 目の前のささいな勝ち負けにこだわらず、長い目で見て自分と家族の得を考えることができたのだ。「賢いズルさ」に近づけたという自信が持てた。


 それからも僕はことあるごとに「何か困ってることない?」とユキに声をかけ続けた。「一度で満足したらアカンで」とボスが言っていたことを肝に銘じて、妻に利用されることを毎日の習慣にしたのだ。

 はじめは不審がり、微妙な反応だったユキも、最近では自分から僕に相談を持ちかけてくれるようになった。

ユキとの協力関係ができてきた。

 ほとんど口をきくことがなかったユキとの関係は、今では大きく変わり、子どものことを中心に毎日よく話すようになった。

長男が勉強するようになると、なんでも真似したいチビたちも勉強することに興味を持ちはじめた。

まさに万々歳だ!


 学校の面談から2ヶ月ほど経ったある日、リビングで洗濯物を畳むユキに話しかけた。

「どう、何か困ったことない?」

「あなたは最近そればっかり」

 ユキはそう言って笑った。

「もう十分、助けてもらってますよ。それにしても、あなた変わったね。昔とは別人みたい。あんなに自分勝手で家庭のことなんて見向きもしなかったのに、最近はPTAの役員やら町内会の役員まで引き受けて。最近のあなたには驚かされっぱなし」

「そうかな。もしそうなら、すべてはボスのおかげかな」

「ボス?」

「前に少し話したことがあったろ。すごい人に会ったって。在日華僑の間で〝ボス〟と敬われている人物で、僕が変われたのもボスに会ったことがきっかけなんだ。
 ボスに言われたよ。家庭を大切にできない人間が成功なんてできるわけないって。言われるまで思いもしなかった。成功して金持ちになれば家族も幸せになる。そう思い込んでたんだよね。
 でも今は違う。家族の幸せなしに仕事の成功なんてあり得ないって理解できたよ」

「ふうん。すごい人なんだね」

「ああ。だから、ボスからもっとビジネスのことを学びたい。そして起業したいと思ってるんだ」

 僕はユキの目を見て言った。面と向かって起業の意志を伝えるのは初めてだ。ユキは洗濯物を畳む手を止めて、黙っている。反応を待つ間、柄にもなく心臓が高鳴った。

「……何を夢みたいなこと言ってんの。あなたには家庭があるんだよ。安定した会社でしっかり働くのが家族のためでしょ」

 ダメだったか。でもここで諦めることはできない。わかってもらえるまで時間をかけて話をしよう。

「だけどね」と話し出そうとする僕を見て、ユキはいたずらっ子のような笑顔になった。

「って、昔のあなたにならそう言ったと思うよ。でも、今のあなたは違う。私のことも子どもたちのことも考えてくれている。そういうあなたの夢なんだから、私たち家族の夢でもあるでしょ。一緒にかなえていこうよ」

「あ……ありがとう!」

「私はあなたを全力で応援する。会社もいつ辞めたってかまわないよ。生活のことはなんとかするから」

 その言葉にふいに目頭が熱くなって、慌ててティッシュを取り、洟(はな)をかむふりをして目元を拭った。

 妻が夫を応援するのは当たり前だろう、とこれまでの僕はいつも苛立っていた。本当はユキだって応援したいと思ってくれていたのに、それに応えられる自分ではなかっただけなんだ。

僕には相手の気持ちを考える余裕がなかった。

人に得をさせる、ましてや身内に得をさせるなんていう発想が出てくるはずもなかった。

 でも、今回ボスの宿題をやってみて、僕は強く実感していた。賢いズルさは、自分も周囲も幸せにするんだってことを。

易窮則変、変則通、通則久

 ダイニングテーブルで開いていたノートにくっきり浮かび上がるボスの大きな字が、今まさに自分が変わり、道が開けたことを告げてくれているようだった。

ボスの教え
・知識、経験、体力、時間、自分が持っている何かを人に利用してもらう
・相手のことも自分のこともよく知れば、百回戦っても負けることはない

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