
固定価格? コストプラス? : 民間宇宙企業からのサービス調達の最適解とは-
この記事は
◆筆者:宇宙輸送(ロケット)のスタートアップで働いている人
◆対象:宇宙業界における政府による民間からのサービス調達の動向に興味がある方
◆内容:アメリカで起こっている民間宇宙企業への発注形態にまつわる議論を取り上げる
※宇宙ビジネスに関する記事を毎月投稿する「#まいつき宇宙ビジネス」シリーズ:2024年11月分
はじめに
この20年間で宇宙産業に起きた1番の変化といえば「民間宇宙企業の勃興」でしょう。
特にスタートアップが資本市場から資金調達をして、市場に価格破壊を起こしたり新しいアプリケーションを提案したりと業界を活性化させています。その旗手がアメリカのSpaceXであることに異論を挟む方はいないと思います。
政府にとっても民間が盛り上がることにはいくつもメリットがあります。
民間ならではの市場が形成されることで官製プロジェクトが大多数を占めていた時代に比べ、雇用や経済効果は大きくなります。
何より直接的なメリットとして、今まで政府が行なっていた宇宙活動を民間からのサービス調達に切り替えることで政府支出を抑えつつ産業促進にもなる一挙両得のアクションができることです。
しかし、ここにきてその恩恵をもたらしてきた発注の仕組み「固定価格方式」に黄色信号が点り始めました。これまで主流だった「コストプラス方式」への回帰を求める企業も現れています。
本記事では、この流れを取り上げた2024年11月21日の記事「As NASA increasingly relies on commercial space, there are some troubling signs」をもとに、現状をみていきたいと思います。
固定価格方式 と コストプラス方式
固定価格方式
あらかじめ決めた金額で取引でサービス調達をする契約形態。
近年、アメリカ(NASA)がとっているのは主にこちら。
政府側:民間の競争原理によるコストダウンやタイムライン遵守を促せるためメリットが大きい。
民間企業側:コストダウンをするほど利益を生めるモチベーションになる一方でプロジェクトの遅れや開発の問題を抱えた場合、赤字を引き起こしてしまう負の側面がある。
◆一例:Development of the Commercial Crew Program (CCDev)
・NASAが資金供給をして、ISSへの人員輸送サービスを民間調達するため開発支援から行なったプログラム。このプログラムにより、SpaceXのCrew-DragonとBoeingのStarlinerが生まれた。
コストプラス方式
開発にかかったコストに一定額の利益相当金額を加えた金額でサービス調達をする契約形態。
過去に一般的だったのはこちら。
政府側:民間企業が途中で潰れたり撤退するリスクは減るが、当初の見込みより予算が増大したりタイムラインが送れる可能性が高まる(民間企業側にそれを抑止するモチベーションが働きづらいため)。
民間企業側:たとえ開発が遅れたり想定より費用がかかったとしてもその文政府から支払われるため、利益が保証されている。
◆一例:Space Launch System(SLS):
NASAがArtemis計画のために開発する基幹ロケット。コアステージ、ブースターともにコストプラス方式で契約されており、開発の遅れに伴うコストの増加が議論になっている。
比較
単純に考えると、政府の視点では前者(コストプラス方式)の方がメリットが大きいと言えます。
しかしこの方式を取れるのも、競争原理が正常に働くのに十分な数・技術力をもった民間プレイヤーが市場にいることが前提です。
アメリカで起こっていること
NASAはコストプラス方式でのサービス調達を増加
現在のアメリカの宇宙政策の柱はご存じArtemis計画です。さらに、ポストISSの要、商業宇宙ステーションプログラムも進めています。
これらにおいて、NASAは民間宇宙企業をフル活用しようとしています。
月面への貨物輸送、有人輸送、宇宙服から通信サービスまで。
コストプラス方式もSLSのような技術開発の不確実性が高いとされるプロジェクトでは残っていますが、多くは固定価格方式での契約です。
加えて、「はじめに」でご紹介した記事によると、第2期トランプ政権ではより一層民間企業に傾倒する計画であると伝えられています。
大赤字を出す企業・撤退する企業
しかし、固定価格方式により大赤字を出したり、撤退を選択する企業が出始めています。具体例は下記の通りです。
「固定価格方式ではもう受けられない」
そして、コストプラス方式による開発に慣れきった既存大手企業からは、「固定価格方式ではもう受けられない」とNASAに伝え、コストプラス方式に戻すようロビー活動を行っていると記事は伝えています。具体的に挙げられた社名か下記。
> Boeing、Northrop Grumman、Lockheed Martin
NASAがもたらす課題への指摘
それに加えて記事では、NASA側にも問題があることを指摘しています。
過去にCCDevで行ったような開発支援がなく、いきなりサービス調達に臨むものが出ていること。
政府以外に顧客がいないようなニッチなサービスにおいても固定価格方式がとられることで、民間企業としては開発した技術の事業化が難しいケースがあること。
サービスとして調達する固定価格方式であるのに、開発段階でNASAから細かい要求が課されそれが重荷になっていること。(まるでコストプラス方式のようだと表現されています)
また、成功を収めた初期段階の商業プログラムを主導したメンバーがNASAから抜けていっていることも懸念として挙げられています。
今後の動向は
以上のように固定価格方式に移行しつつある中で、さまざまな問題・課題が噴出していることがわかります。
(ここからは私見ですが)しかしCrew-Dragonのような成功例も出ており、現在進行形の案件でも例えば SLS と Starship のでは「政府が支払うコストが10倍違う」と記事で述べられている通り、もう昔のようなコストプラス方式主流の時代には戻れないように思います。
多くを固定価格方式でサービス調達し、野心的なプロジェクトを民間主体で実現しようとするArtemis計画の成否が、この議論の次の分水嶺になることは確実です。
また、アメリカの動きは日本を含む諸外国にも強く影響を与えます。
日本の基幹ロケット・H-3はコストプラス方式で開発されましたが、次世代のロケットや宇宙機において日本政府が固定価格方式による競争的プログラムを導入してくるのかどうか、アメリカの動きにかかっているのは間違いありません。
注目して見守りたいと思います。
まとめ
今回は文字づくしで読むのが大変だったかもしれません。。
しかし、「宇宙ビジネス」つまり”宇宙の商業化”を語る上で非常に重要なテーマですので今回整理させていただきました。
最後までお読みいただきありがとうございました。
今月は以上です。
Written by Genryo Kanno : https://genryo.space/