デジタルサイネージ2020を2020年に読んでみた。
中村伊知哉さんが理事長を務める、一般社団法人デジタルサイネージコンソーシアムが2016年に出版したデジタルサイネージ2020という本があります。
2016年当時、OOH広告業界内の課題図書的な立ち位置で、上司から自費で買って読んでおけよ。と言われて読みましたが、昨日ふと本棚に並んでいるのを見て、2020年になって改めて開いてみることにしました。
読んでの感想は2つ、この本で予想されている未来は概ね現実になった一方で、書かれていないことが実現できていない。ということです。
書かれていないのだから、実現できるわけないだろ。という話なのですが、イメージができていないから書けなかった。とも言えます。
まず、本の内容をおさらいしていきましょう。
1章 デジタルサイネージの基本
1 デジタルサイネージの代表的な展開実例
2 利用目的分類
3 ビジネスモデル
4 システムモデル
5 法規制
2章 デジタルサイネージの実践
1 ロケーションと事業主体
2 実践的な推進手順
3 UI(ユーザーインターフェイス)
4 モバイル連携
5 関連ビジネス
6 国際標準化
7 ピクトグラム
8 モーショングラフィックス
3章 近未来のデジタルサイネージ
1 2020年の市場展望
2 2020年に向けた新トレンド
3 新たなテクノロジー
4 近未来を予感させる実例
書かれていることは大きく分けて2つで、デジタルサイネージ事業を理解するための基礎知識と、2020年の東京五輪を見据えてデジタルサイネージ市場で注力されていく点についてです。
サイネージ事業を理解するための基礎知識
デジタルサイネージの基本、実践の2章にわたり交通広告や屋外広告だけでなく、商業施設での案内表示からプロジェクションマッピングまで、「デジタルサイネージ事業」について網羅的に語られており、こちらは2020年時点でも違和感なく基礎知識として理解できます。
これからサイネージ事業を始めようと考えている人にとっては読んでおいて損はないと思いました。
特に、各サイネージ事業を以下の項目で簡潔に整理している点がわかりやすいです。
サイネージ事業は、以下を整理しておくことで事業のスキームが理解できる。
・ロケーションオーナー
・メディアオーナー
・運営原資
・目的
・コンテンツ
例えばJR東日本のトレインチャンネルの場合、以下のようになります。
(https://www.jeki.co.jp/transit/)
ロケーションオーナー:東日本旅客鉄道
メディアオーナー:ジェイアール東日本企画
運営原資:広告費
目的:広告、情報発信
コンテンツ:広告、情報コンテンツ(ニュース/天気)、路線案内
上記の視点で整理すれば、現代の世の中にあるほぼ全てのサイネージ事業について分類、理解することが可能です。
2020年に向けてのサイネージ市場
第3章の近未来のデジタルサイネージにて、2020年のデジタルサイネージ市場の景色として予測しているポイントはまとめると以下になります。
・サイネージ市場は2014年の1,027億円から8,964億円に
・4K/8Kの拡大
・多言語表示の拡大
・災害情報の提供
・ソーシャルメディア連携
・Web based signage/ADプラットフォーム
・おもてなしICカード構想
デジタルサイネージ市場は、2019年の時点で2,840億円だったようなので、期待値が大き過ぎたのかな?と思ったのと、おもてなしICカード構想は見直されているようですが、それ以外については、その通りになっているのではないでしょうか。
また、Web based signage/ADプラットフォームについては予想以上の成長を感じています。
ここ数年で、多くの代理店/媒体社が独自のADネットワーク作りにチャレンジしています。目的は効果の可視化であり、インターネット広告との連携が主眼に置かれています。
私自身も日本で働いている際、デジタルサイネージとGoogleプラットフォームとの連携を模索し、OOHのADネットワーク化に向けたアクションを行いました。
この、DOOHをADネットワーク化し効果を計測する。という流れは、広告面と視聴者が「1対1」の関係になる。という考えが広がったことで、更に加速しています。
OOHメディアは媒体の特性上1面(1回)の再生で、同時に複数の人に接触させることが一般的ですが、本の出版直後の2016年にローンチされたタクシーサイネージのTokyo primeは、顧客が乗車した時のみ広告を再生することを実現、放映回数と接触人数を限りなく1対1に近づけることを実現させます。
最近は、デジタルガレージの挑戦している美容室のサイネージでも、着座を確認した上での広告配信を行うとしています。
1対1で接触させることで、広告接触前後のトラッキングがより精緻になっていくことになり、インターネット広告との連携がスムーズになるという設計です。
上記に取り組んだ2社はOOH業界の外から参入したプレイヤーだったこともあり、この本の想定以上に前に進んでいます。
さて冒頭の内容に戻りますが、デジタルサイネージの広告ビジネスにおいて、僕自身が感じた、この本に書かれていないので、実現できていないことは2点、「優良コンテンツの開発と統一された媒体評価指標の導入」です。
「優良(オリジナル)コンテンツの開発」
デジタルサイネージが街や駅に一般化しているにもかかわらず、主なコンテンツと言えば天気予報かニュースとなっています。
これはつまり、スマホで取得できる情報以上のものが、OOHで放映されていないのです。
移動の価値が高まるこれからの時代において、あのコンテンツが見たいからこの場所に行きたい、交通手段を使いたい。と思わせ、人を動かすことはメディアの価値の向上に繋がります。
前述のTokyo Primeがワンメディアと協業しオリジナルコンテンツを放映していますが、こうした素晴らしい事例がもっと増えていくべきだと思いますし、大小問わず参入したいクリエイターを増やすための取り組みを急ぐ必要があります。
一方で、コンテンツの開発には投資が必要になるので、業界内のプレイヤーだけでなく業界外と連携するためのアイディアや人脈が必要になると思っています。
「統一された媒体評価指標の導入」
ここ数年で、イギリス・アメリカではそれぞれRoute/Geopathというオーディエンスデータが開発され、OOH広告媒体の視認者数を1面ごとに計測することが当たり前になりました。
詳細はここでは割愛しますが、数十億円規模の費用を各国のOOH広告における主要媒体社/代理店で共同出資し、数年かけて策定をしています。
OOH媒体社は資金が潤沢にあるわけではない(むしろ鉄道本体の規模など考えれば日本の方が圧倒的に大きい)彼らが積極的に投資する理由は、大きな危機感があるからです。
業界統一の基準で定められたデータによって正しく媒体を評価できない状況では、広告主に価値を提供できないと考えています。
この状況はデジタルサイネージだけに限らずですが、このまま各媒体の評価ルールを設けないまま立ち止まってしまうと、広告主からの信頼を勝ち取るのがますます難しくなっていきます。
やらないリスクより、前に進むリスクを取らなければいけない時代が来ていることを、イギリスに来て強く実感しています。
ということでまとめますと、
デジタルサイネージ2020を読んでみた感想は、
・デジタルサイネージの教科書として改めて読んでおいて損はない。
・ADネットワークの広がり、業界外プレイヤーの参入が想定以上に進んでいる。
・コンテンツと媒体の横断的な評価基準の設定については課題意識だけでなく具体的なアクションが必要。
といったところでした!
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