東アジア松物語 by 前中久行(GEN代表)
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もうすぐ2025年を迎えます。平和な地球になることを祈ります。
さて、お正月というと頭に浮かぶ植物はまずは松ではないでしょうか。ということで今回は松の話です。しかも気宇壮大に東南アジアに地域を広げて。ただし私がみた極めて狭い範囲の話ですが。
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松の植林
「緑の地球ネットワーク」が中国の黄土高原で植えてきた樹木で最も数が多いのは松です。種類としては油松と樟子松です。油松は活動地の山西省や河北省に自生の松です。樟子松は内蒙古以北の松で、山西省では正常に育っていますが、河北省は夏の高温のためか植えることが少ないです。
樟子松(Pinus sylvestris var. mongolica)とオウシュウアカマツ(Pinus sylvestris var. sylvestris)は変種関係にある近縁です。オウシュウアカマツはシベリアからコーカサス、中・北ヨーロッパの乾燥した岩場から水が溜まる湿地まで広く分布しています。私がオウシュウアカマツを知ったのは、ヨーロッパの湿地植生の構成種としてでした。その文献では小さな灌木として記載されていました。その後内蒙古自治区で、まっすぐ通直に育っている樟子松を実見しそれがオウシュウアカマツの近縁と知り意外に感じました。湿地のオウシュウアカマツとずいぶんちがうという印象をうけました。私はヨーロッパのオウシュウアカマツの自生をみたことがありませんが、ユーラシア大陸に広がりをもつ松の仲間を黄土高原で植樹していると考えると気宇壮大になりますね。
松飾り
我が国では、お正月に門松や若松の生け花など松を飾って、様々な願いを懸けます。比較的身近にあって冬も緑を保つ松の生命力をあがめ、そこに降臨する年神の加護を願いその神秘な力にあやかるのです。
中国の唐代にも松を飾る風習があったとの説もあります。しかし現在の中国では松飾りの風習は一般的ではないようです。松飾りの風習は時代や地域によって様々です。中には松は使わないという地域もあるようです。信仰が実生活上の規範とならなくなった現在において、今後の正月飾りの風習は単純化するか、あるいは規範がなく自由度が高いために何でも有り状態になるかいずれかでしょう。私は「難を転じる」からナンテン、「子孫に順調に譲る」からユズリハを加えるという語呂合わせやだじゃれ風の新説松飾りが増えてくると思います。みんなでワイワイいいながら新しい風習を作っていくのは楽しいと思います。
内蒙古における植物飾り事例
中国では松飾りの風習は一般的ではないとしましたが、内蒙古自治区の現オルドス市の農家で門前に松を祭っている事例がありました。ただ稀な例で実見したのはこれ一つだけです(写真1)。
毛烏沙漠の単独農家で漢民族か蒙古族か聞き取りを忘れてしまいました。住居と中庭がヤナギの枝で作られた柴垣根で囲われています。垣根の開口部の2本の柱頭に針葉樹の茎葉で作った玉が飾られています。植物の種類は写真を拡大すると臭柏(Sabina vulgalis)と思われます。柱間には横木とロープがわたされそれに布が数枚吊り下げられています。前方左右には柴垣で囲まれて樟子松が植えられています。囲まれているのは防風防砂また家畜による喫食防止のためと思われます。この地域は砂地で松は自生していません。ただし近傍の砂漠化防止研究センターには樟子松の試験植林があります。
松や臭柏はなんらかの宗教的意味をもっていると思われます(聞き取りしておくべきだった)。
雲南省の松林
雲南省麗江市および迪庆藏族自治州 2008年
いわゆる里山です。日本で里山というとクヌギやコナラの林が思い浮かぶのでこれが里山?と感じる方も多いと思います。写真2では大小の松だけがめだちます。ツツジ・シャクナゲの類やシイ・カシその他低木も生えていますが、薪として刈り取られています。松が残されているのは重要視されているからでしょう。サイズに大小があるのは、生活に必要な小枝も材木も欲しいということでしょう。枝は切り取るけれども幹は材木として利用するために傷つけずに残されています。小さな松でも枝だけ切り取られ幹は残されています(写真3)。
松の小枝の用途は何なのでしょう。昼食を食べたチベット族の家で判明しました(写真4)。
屋外に小さな炉があり煙突がついています。大きさからして調理用や暖房用ではなく宗教的な意味をもつ炉です。横には切り取った松葉つきの小枝がおかれていました。松葉は宗教的な燻べ物の材料として重要なのです。
江戸時代の日本の近郊林がほぼ禿山だったように写真の松林もほぼ禿山です。しかし人々の生活と密接に結びついていることが確認できます。見かけは荒涼としていますが、人々の生活と密接に結びついている点においてこれが本来の里山の姿だと私は感じました。
もちろん雲南では奥山に入れば亭々とした松林が広がっています。
また雲南省の少数民族彝族が経営する食堂では、床に青松葉が撒かれているところがあります。
今回は僅かの事例の紹介にすぎませんが、東アジアには松の霊力を尊ぶ文化が存在するのでしょう。